トゥラン王喜寿の祝い
朝から、人が多かった。
馬も多い。
ラクダも多い。
荷車もある。
畑の間を水路が走っていた。
麦。
豆。
果樹。
村を一つ過ぎたと思ったら、また家がある。
その先には工房があった。
煙が上がっている。
道端で荷を積み替えている人たちもいた。
「町みたい」
僕が言った。
「まだ外だぞ」
ダルガンが言った。
「これで?」
「これで」
もう少し進んだ。
道が合流した。
さらに太くなった。
また別の道が合流した。
僕たちの前を大きな隊商が進んでいた。
後ろにもいる。
八人になったとき、僕は僕たちを大きな隊商だと思った。
今は思わない。
「僕たち、小さいね」
「やっと分かったか」
ダルガンが言った。
やがて前の方が開けた。
僕は馬の上で体を起こした。
城壁が見えた。
その後ろにも建物がある。
塔がある。
屋根がある。
さらに向こうにも何かが見える。
右にも続いている。
左にも続いている。
僕はしばらく見た。
「どれがサルマンド?」
ナディラが笑った。
「あれ全部」
「……全部?」
サルマーン王国の王都、サルマンド。
僕たちはようやく着いた。
でも、着いたから終わりではなかった。
商人は、着いたら売る。
その日のうちにナディラは宝石商のところへ行った。
僕も行った。
僕の商品があるからだ。
店では赤い石と青い石を見せた。
ナディラは値段を聞いた。
僕は黙っていた。
思っていたより高かった。
ナディラも少しだけ眉を上げた。
交渉が始まった。
僕には途中から何をやっているのか分からなくなった。
高い。
安い。
この石はいい。
これはそこまでではない。
まとめるならいくら。
これは別。
最後に紙へ数字が書かれた。
ナディラはそれを見て、頷いた。
売れた。
店を出てから、僕は聞いた。
「高かったよね?」
「高かったわね」
「予想通り?」
「予想より高い」
「なんで?」
それも、その日のうちに分かった。
トゥランだった。
少し前。
トゥランの老王が七十七歳になった。
その祝いのために、大きな買いつけの一団がサルマンドへ来たという。
王家の使い。
役人。
商人。
護衛。
通訳。
馬丁。
荷を扱う人。
宝石を見る人。
馬。
ラクダ。
それだけではなく、途中から民間の商人まで加わった。
「本当に街みたいだったよ」
店の主人が笑った。
「宿が足りなくなったくらいだ」
その人たちが、サルマンドの宝飾品を大量に買った。
王への祝いだけではない。
王族や貴族への品。
祝いの下賜に使う品。
いろいろ必要だったらしい。
だから、サルマンドの工房は次に使う石を欲しがった。
そこへカルバーブから来る石が減った。
赤い石も。
青い石も。
欲しい人は増えた。
来る石は減った。
だから高くなった。
僕はナディラを見た。
「じゃあ予想が当たったんだ」
「半分ね」
「半分?」
「カルバーブから石が減るとは思ったわ。でも、トゥランの王様が七十七歳になるところまでは知らなかったもの」
「知らなかったの?」
「知らないわよ」
「宝石商なのに?」
「宝石商は未来を見る仕事じゃないの」
僕はちょっと安心した。
ナディラでも知らないことはある。
そして、僕の青い石も売った。
六枚の銀貨で買える範囲から、自分で選んだ石。
ナディラなら買わなかった石。
色が少し抜けている石。
それでも売れた。
銀貨を数えた。
十枚あった。
「十枚」
「そうね」
「増えた」
「増えたわね」
僕はもう一度数えた。
やっぱり十枚ある。
「僕、才能ある?」
「ないわ」
早かった。
「まだ最後まで言ってないよ」
「相場に助けられたの」
「でも増えたよ」
「今回はね」
僕は銀貨十枚をしまった。
今回は、でいい。
六枚が十枚になった。
それからダルガンのところへ戻ると、今度は何かが飛んできた。
僕は慌てて両手で受けた。
金貨だった。
「何?」
「分け前」
「僕の?」
「ほかに誰がいる」
僕は金貨を見た。
「これ、もらっていいの?」
「働いただろ」
馬を見た。
荷を運んだ。
見張りもした。
言われたことばかりだったけれど、確かに働いた。
「僕、銀貨十枚もあるよ」
「そっちはお前の商売だ」
ダルガンは荷の方を顎で示した。
「こっちは仕事だ」
僕は金貨を握った。
王宮でも金貨は見たことがある。
でも、自分が働いてもらった金貨は初めてだった。
少し重い気がした。
「これで何が買える?」
「まず使うことを考えない」
ナディラに言われた。
その夜。
八人で同じ卓を囲んだ。
兎の串焼きが山ほど出てきた。
サルマーンでは、めでたい日に兎を食べるらしい。
香草と塩の匂いがした。
脂が炭へ落ちるたび、火が鳴った。
「今日は俺が出す」
ダルガンが言った。
ハミドさんが顔を上げた。
「どうした。熱でもあるのか」
「儲かった」
「それだけか」
「十分だろ。食え」
僕は兎の串を取った。
熱い。
でも、うまい。
果物を絞った甘い飲み物もあった。
僕はそれを飲みながら、昼間に聞いた話を思い出した。
トゥランの王様。
七十七歳。
僕はその人を知らない。
名前もちゃんと聞いていない。
顔も知らない。
でも、その人が七十七歳になったので、トゥランから街みたいな隊商が来た。
宝飾品を買った。
石が足りなくなった。
僕の青い石が高く売れた。
僕は杯を持ち上げた。
「トゥランの老王に!」
みんなが僕を見た。
「何だ?」
ダルガンが聞いた。
「誕生日のお祝い」
ナディラが呆れた顔をした。
「もう終わってるわよ」
「僕は今日知ったから」
僕は杯をもう少し高くした。
「七十七歳、おめでとうございます!」
ハミドさんが笑った。
「会ったことあるのか?」
「ないよ」
「名前は?」
「知らない」
もっと笑われた。
でも、ハミドさんも杯を上げた。
一人。
もう一人。
最後には八人とも上げていた。
「長生きしてください!」
僕が言った。
ダルガンが兎を食べながら言った。
「もう一回でかい祝いをやってくれりゃ、石がまた上がるかもな」
「じゃあ、もっと長生きしてもらわないと」
「お前ら、祝い方が商人になってるぞ」
またみんなで笑った。
僕も笑った。
兎をもう一本取った。
カルバーブを出たときは三人だった。
今は八人いる。
馬もいる。
ラクダもいる。
荷物は売れた。
僕の銀貨は十枚になった。
金貨も一枚ある。
そして僕たちは、誰も欠けずにサルマンドまで来た。
明日。
僕は大図書館へ行く。
ずっと行きたかった場所だった。




