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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
隊商の道
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29/65

宝石商人

翌朝。

ナディラは僕を宝石市場へ連れていった。

「ダルガンは?」

「ラクダを見てるわ」

「ハミドさんたちは?」

「荷と馬の準備」

「僕は?」

「宝石」

そう言って、ナディラは歩いていく。

僕は慌てて追いかけた。

メルヴァーンの宝石市場は、思っていたより静かだった。

昨日の屋台通りみたいに、大声で客を呼ぶ人はいない。

小さな店が並んでいる。

箱。

布。

秤。

紙。

その上に、小さな石が置かれていた。

赤。

青。

緑。

白。

きれいだった。

でも、ナディラはほとんど見向きもしない。

「見ないの?」

「見てるわよ」

「歩いてるじゃないか」

「店を見てるの」

また僕には分からないものを見ているらしい。

三軒ほど通り過ぎて、ようやく一軒に入った。

店主はナディラを見ると顔を上げた。

知り合いらしい。

少し話をしたあと、ナディラが言った。

「カルバーブの石を見せて」

箱が出てきた。

布の上に赤と青の石が並べられる。

「ルビー」

僕が言った。

「それとサファイアね」

ナディラが座った。

一つ取る。

光へ向ける。

戻す。

次。

また見る。

戻す。

「これは?」

「いらない」

「きれいだよ」

「きれいね」

「じゃあ、なんで?」

「高い」

次の石を取った。

「これは?」

「いらない」

「高い?」

「これは石がよくない」

「どこが?」

ナディラが僕に渡した。

「見て」

見た。

赤い。

きれいだった。

「分からない」

「でしょうね」

取り返された。

十個以上見て、ナディラが買ったのは二つだった。

次の店でも同じだった。

見る。

戻す。

値段を聞く。

また戻す。

三軒目では、一つも買わなかった。

店を出てから僕は聞いた。

「もっと買わないの?」

「どうして?」

「カルバーブの宝石が上がると思ってるんでしょう?」

昨日そう言っていた。

北門も東門も厳しくなっている。

カルバーブから外へ出る荷が減れば、サルマーンではカルバーブ産のルビーやサファイアが高くなるかもしれない。

ナディラはそう考えていた。

「上がると思うわ」

「じゃあ、いっぱい買えばいいじゃないか」

「本当に上がる?」

僕は止まった。

「……ナディラが言ったんだよ」

「私は、たぶんって言ったの」

「たぶん?」

「たぶん」

ナディラは指を一本立てた。

「カルバーブがこのまま国を閉ざすなら、石は外へ出にくくなる」

二本目。

「でもサルマーンには、カルバーブのルビーやサファイアを欲しがる人がいる」

三本目。

「入ってくる量が減って、欲しい人が同じなら、値段は?」

「上がる」

「そう」

「やっぱり買えばいいじゃない」

ナディラが笑った。

「私がそう思うなら、ほかの商人は?」

「あ」

「たぶん、このあとみんな同じように動くわ」

僕は市場を振り返った。

さっきまで、ただ宝石を売っている人たちにしか見えなかった。

「じゃあ急がないと」

「だから急がないの」

「え?」

反対じゃないか。

「ここで買い漁れば目立つでしょう。店だって気づく。値段を上げるわ」

「じゃあ、どうするの?」

「サルマンドまで町はいくつもある」

ナディラは東を指した。

「一つの町で全部買わない。寄れる町で値段を見る。石を見る。その中から良いものだけ買う」

「その間に値上がりしたら?」

「高すぎたら買わない」

「もっと上がるかもしれないよ」

「もっと下がるかもしれないわよ」

僕は黙った。

「未来が分かるなら商売なんて簡単よ」

そう言ってから、ナディラが僕を見た。

「ところで」

嫌な予感がした。

「銀貨六枚は?」

「あるよ」

「持ってきて」

「どうして?」

「いいから」

僕は服の内側から小さな袋を出した。

バルサで僕が出した六枚。

あのときは、これで旅の足しになると思っていた。

二人には取っておけと言われた。

まだ全部残っている。

ナディラが言った。

「それで一つ選びなさい」

「何を?」

「宝石」

僕は銀貨を見た。

ナディラを見る。

もう一度、銀貨を見る。

「僕が?」

「あなたが」

「無理だよ」

「でしょうね」

「じゃあ、なんでやらせるの?」

「できないから」

ひどい。

「失敗したら?」

「損するわ」

「僕のお金だよ?」

「そうね」

「六枚しかないんだよ?」

「知ってるわ」

急に六枚がものすごい大金に思えてきた。

「やめてもいい?」

「もちろん」

あっさりしていた。

「買わないのも判断よ」

それを言われると、やめるのも悔しい。

「……見る」

「そうしなさい」

次の店に入った。

今度は僕が座らされた。

店主が僕を見た。

僕も店主を見た。

「六枚までのものを」

ナディラが言った。

小さな石がいくつか出てきた。

さっきナディラが見ていたものより小さい。

僕は青い石を取った。

光へ向けた。

ナディラがやっていたように、少し傾ける。

分からない。

「これ、どう?」

「自分で選びなさい」

「良いか悪いかだけ」

「駄目」

「どうして?」

「それを考えるために座ってるんでしょう」

僕は石に戻った。

赤いものも見た。

青いものも見た。

一番きれいなものを取る。

でも高い。

別のものを見る。

安い。

でも少し濁っている。

だんだん何がいいのか分からなくなった。

「ナディラ」

「なに?」

「分からない」

「でしょうね」

「さっきからそればっかり」

「今日初めて見た人が分かったら、私が困るわ」

それはそうかもしれない。

僕はまた石を見た。

最後に、一つの青い石を取った。

一番鮮やかではなかった。

でも光へ向けたとき、奥の方まで青く見えた。

気がした。

たぶん。

「これ」

店主が値段を言った。

銀貨五枚。

高い。

「四枚」

言ってみた。

「五枚だ」

「じゃあ四枚と半分」

店主が僕を見た。

「銀貨を割るのか?」

ナディラが吹き出した。

「笑わないでよ」

「ごめんなさい」

絶対に謝っていない。

それでも少しやり取りして。

最初より、ほんの少しだけ安くなった。

僕は銀貨を渡した。

青い石を受け取った。

手のひらに載せる。

小さい。

僕の銀貨のほとんどが、こんな小さなものになってしまった。

急に怖くなった。

「ナディラ」

「なに?」

「見て」

ようやく渡した。

ナディラは石を光へ向けた。

角度を変える。

黙っている。

長い。

「どう?」

「六枚全部使わなかったのは合格」

「石は?」

「売れるわ」

息を吐いた。

「よかった……」

「でも、私なら買わない」

「えっ」

石を取り返した。

「なんで!」

ナディラが指で示した。

「ここ。色が少し抜けてる」

見た。

分からない。

「全然分からない」

「あとで教えるわ」

僕の青い石が、急に悪いものに見えてきた。

「損した?」

「サルマンドで売ってみないと分からない」

「損したら?」

「覚えるの」

「銀貨何枚も払って?」

「だから六枚でやらせたのよ」

ナディラは笑った。

「死なない程度の損なら、今しておいた方が安いわ」

前にも聞いた言葉だった。

僕は石を握った。

王宮では、こんな授業はなかった。

間違えれば先生が直してくれた。

本なら読み直せた。

でも。

この石の答えは、ここにはないらしい。

「ナディラの荷物と一緒にしていい?」

「駄目」

「なんで?」

「それはあなたの商品でしょう」

僕の商品。

もう一度、手を開いた。

青い石が一つ。

さっきより。

ほんの少しだけ、きれいに見えた。

その日の午後。

ナディラは自分の石を買った。

赤と青。

でも、僕が思っていたよりずっと少ない。

「これだけ?」

「今日はね」

「明日も買う?」

「明日はメルヴァーンを出るわよ」

「じゃあ終わり?」

「だから言ったでしょう」

ナディラは買った石を丁寧にしまった。

「サルマンドまで、町はいくつもある」

一つの町で買い漁らない。

値段を見る。

良い石だけを選ぶ。

高くなりすぎたら追わない。

その話を聞いていると。

商売は、買うことより。

買わないことの方が難しいのかもしれないと思った。

夕方、八人が宿に集まった。

ダルガンはラクダの話をした。

ハミドさんたちは道の話をした。

ナディラは宝石の包みを確認した。

僕も自分の青い石を確認した。

「何だそれ」

ハミドさんが聞いた。

僕は少しだけ胸を張った。

「僕の商品」

「へえ」

「サルマンドで売る」

ダルガンが僕を見た。

「儲かるのか?」

僕はナディラを見た。

ナディラは何も言わない。

「……たぶん」

みんなが笑った。

翌朝。

八人でメルヴァーンを出る。

目指すのは。

サルマーンの王都、サルマンド。

僕の青い石がいくらになるのか。

それはまだ。

誰にも分からなかった。

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