八人
「荷だけない」
ハミドさんはそう言って、自分たちの馬を見た。
五人。
馬も五頭以上いる。
旅の道具もある。
でも、商人なのに運ぶものがほとんどない。
僕には、それがずいぶんもったいなく見えた。
隣では、ダルガンが少し笑っていた。
「で、どこまで行く」
いきなり聞いた。
ハミドさんも笑った。
「お前、相変わらず話が早いな」
「荷がない奴と世間話してどうする」
「ひどい言い方だ」
「どこまでだ」
「サルマーン」
僕はダルガンを見た。
ダルガンはナディラを見た。
ナディラはハミドさんたちの馬を見た。
誰も驚かなかった。
「僕たちもサルマーンだよ」
僕が言った。
「だろうな」
ハミドさんが答えた。
「そっちの荷を見りゃ分かる」
「分かるの?」
「ナーヴァンの絨毯を積んで、東へ来てるんだ。メルヴァーンで全部売るんじゃなきゃ、その先だろ」
そういうものらしい。
僕は十三枚の絨毯を見た。
僕には絨毯にしか見えない。
商人が見ると、行き先まで見えるらしい。
「で」
ダルガンが言った。
「何が欲しい」
ハミドさんが笑った。
「仕事」
「やっぱりか」
「北門で時間を食った。仕入れもろくにできなかった。ここから空荷で帰ったら、旅しただけだ」
「旅は楽しいよ」
僕が言うと、ハミドさんが笑った。
「坊主はいいこと言うな」
「金にならねえ旅は商人には仕事じゃねえ」
ダルガンが言った。
「お前は黙って食い歩いてろ」
「今日はもう食べたよ」
「そういう意味じゃねえ」
ナディラが五人を見た。
「自分の馬は?」
「ある」
「飼葉は?」
「こっち持ち」
「道中の宿は?」
「自分たちで払う」
「サルマーンまで?」
「ああ」
「荷を見る?」
ハミドさんは少し考えた。
「物による」
ナディラも笑った。
「そう言うと思った」
「宝石百箱なら断る」
「そんなに持ってたら、私だって断るわよ」
僕はナディラを見た。
「宝石って百箱もあるの?」
「例えよ」
「そもそも百箱積んだら目立ちすぎる」
ダルガンが言った。
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
話が戻った。
ハミドさんたちは、ただ一緒に歩きたいわけではなかった。
自分たちの馬でサルマーンへ向かう。
その途中で、僕たちの荷も見る。
夜番もする。
町では積み下ろしを手伝う。
何かあれば人手になる。
その代わり、ダルガンとナディラが護衛と荷役の分の金を払う。
「護衛?」
僕は五人を見た。
剣は持っている。
でも、騎士には見えない。
「この人たち、強いの?」
「普通」
ダルガンが答えた。
ハミドさんが嫌な顔をした。
「もう少し言い方があるだろ」
「五人で軍隊と戦えるか?」
「逃げる」
「盗賊二人なら?」
「追い払う」
「十人なら?」
「荷を捨てる準備をする」
「ほら、普通だ」
僕は納得した。
「普通だね」
「坊主まで納得するな」
でも、それでいいらしい。
ダルガンが言った。
「隊商で必要なのは、戦争する奴じゃねえ」
「じゃあ何するの?」
「見張る。気づく。声を出す。荷を守る。危なきゃ逃げる」
ハミドさんが頷いた。
「それと、寝る」
「寝るの?」
「交代でな。八人いれば、ちゃんと寝られる」
それは分かった。
三人のときは、野営するといつも誰かが起きていた。
僕も番をすると言ったことがある。
最初のころは断られた。
最近は少しだけやらせてもらえる。
でも僕が一人で全部を任されたことはない。
八人なら。
夜がずいぶん楽になるのかもしれない。
「八人か」
口に出した。
「そうなるわね」
ナディラが言った。
三人だった。
僕とダルガンとナディラ。
そこへ五人。
八人。
急に多く感じる。
「大きな隊商だ」
僕が言うと。
全員が黙った。
「……違うの?」
ハミドさんが吹き出した。
「かわいいな」
「何が?」
「サルマーンへ行けば分かる」
ダルガンも笑っている。
「八人なんて小さい方だ」
「でも三人より多いよ」
「そりゃそうだ」
「じゃあ僕にとっては大きい」
誰も反論しなかった。
ナディラが話を戻した。
「料金を決めましょう」
そこから先は長かった。
僕はすぐ終わると思っていた。
一緒に行く。
荷物を見る。
お金を払う。
それだけだ。
全然違った。
何日分なのか。
町に滞在している日はどうするのか。
夜番は仕事に入るのか。
積み下ろしはどこまでやるのか。
馬が怪我をしたら誰が払うのか。
荷が壊れたら。
盗まれたら。
道が閉じたら。
予定より日数が延びたら。
途中で別れることになったら。
「そんなことまで決めるの?」
僕が聞いた。
ナディラが僕を見た。
「決めてないところで揉めるのよ」
「決めたところでは?」
「決めた通りにするの」
簡単だった。
ハミドさんも慣れている。
ナディラが条件を出す。
ハミドさんが変える。
ダルガンが口を挟む。
また変える。
残りの四人も、ときどき何か言った。
僕は途中から分からなくなった。
「まだ?」
「まだ」
「長いね」
「お金の話は長くていいのよ」
やっと決まった。
ナディラが紙を出した。
「書くの?」
「書くわよ」
「知り合いなのに?」
今度はハミドさんが笑った。
「知り合いだから書くんだ」
「どうして?」
「あとで嫌いにならないためだ」
それは、少し分かった。
ナディラが条件を書いていく。
ハミドさんが読む。
ほかの四人も確認する。
最後に印をつけた。
僕も横から読んだ。
読める。
でも、こういう文書を自分で作れと言われたら、たぶん作れない。
僕が神官として習った文書とは違った。
誓いでもない。
儀礼でもない。
ただ、人と人が一緒に仕事をするための約束だった。
「これで?」
僕が聞いた。
ナディラが紙を畳んだ。
「契約成立」
「じゃあ八人?」
「まだだ」
ダルガンが言った。
「まだ何かあるの?」
「ラクダ買うぞ」
そうだった。
僕たちは市場へ向かった。
ハミドさんたちもついてきた。
さっきまで三人だったのに、後ろから五人分の足音がする。
変な感じだった。
家畜市場には馬もいた。
牛もいた。
そしてラクダがいた。
たくさんいた。
座っているもの。
立っているもの。
鳴いているもの。
ものすごく機嫌の悪そうな顔をしているもの。
「ラクダって、みんな怒ってるみたいな顔するね」
「偏見だ」
ダルガンが言った。
「じゃあ、あれは?」
一頭がこちらを見ていた。
明らかに機嫌が悪そうだった。
「……あれは怒ってる」
近づかなかった。
ダルガンは一頭ずつ見た。
歯。
脚。
蹄。
背。
荷を載せるところ。
歩かせる。
止める。
また歩かせる。
僕には全部同じラクダに見えた。
「これは?」
「いらん」
「なんで?」
「右前」
見ても分からない。
別のラクダ。
「これは?」
「悪くない」
「何が違うの?」
「歩き方」
また分からない。
ハミドさんが僕の横に来た。
「諦めろ」
「ハミドさんは分かる?」
「少し」
「ダルガンは?」
「気持ち悪いくらい分かる」
本人に聞こえた。
「誰が気持ち悪い」
「褒めてるんだよ」
何頭かを見て。
値段を聞いて。
また戻って。
別の店へ行って。
また最初の店へ戻った。
「さっきのでいいじゃん」
「よくねえ」
「何が?」
「値段」
僕はもう黙った。
ナディラはその間、ラクダをほとんど見ていなかった。
人を見ていた。
荷を見ていた。
市場の奥に並ぶ店を見ていた。
ときどき誰かと話す。
値段を聞く。
産地を聞く。
また別の人と話す。
「ナディラはラクダ選ばないの?」
「選ばないわよ」
「分からない?」
「分からないものはダルガンに任せるの」
「ダルガンは商品を選ばないの?」
「物による」
二人とも何でもできるわけじゃない。
できる方がやる。
それだけだった。
やがてダルガンが決めた。
ラクダが加わった。
僕たちの荷馬もいる。
ハミドさんたちは自分の馬を持っている。
厩へ戻るころには、朝よりずっと人数も動物も増えていた。
僕は門のところで立ち止まった。
数える。
「一、二、三……」
「何数えてんだ?」
「人」
「見りゃ分かるだろ」
「確認」
僕。
ダルガン。
ナディラ。
ハミドさん。
それから四人。
八人。
本当に八人だった。
「よし」
「何がよしなんだ」
「八人いる」
「そりゃいるだろ」
僕は少し嬉しかった。
理由はよく分からない。
三人の旅が嫌だったわけではない。
むしろ好きだった。
でも、ナーヴァンを出たときより。
何かが始まっている感じがした。
逃げるために集まった人たちではない。
一緒にサルマーンへ行くために集まった。
その日の夕方。
ナディラが宿の部屋へ戻ってきた。
何枚かの紙を持っていた。
市場で書き留めた値段らしい。
床に広げる。
僕も覗き込んだ。
「何買うか決まった?」
「だいたいね」
「何?」
ナディラは一枚を指で叩いた。
「カルバーブのもの」
僕は顔を上げた。
「カルバーブ?」
「ええ」
少しだけ笑った。
「ルビーとサファイア」
ダルガンが壁にもたれた。
「高いぞ」
「今はね」
「もっと上がると思ってんのか」
「分からない」
ナディラはすぐに答えた。
「でも、北門であれだけ荷を止めてる。東門も厳しい。これからカルバーブの品が外へ出にくくなるなら――」
紙を指で弾いた。
「今の値段が、あとで安かったことになるかもしれない」
「外れたら?」
僕が聞いた。
ナディラは僕を見た。
「損するわ」
あっさりしていた。
「いいの?」
「よくはないわよ」
「じゃあ、どうして買うの?」
「商売だから」
ダルガンが笑った。
「図書館代、稼ぐんだろ」
僕は紙の上の数字を見た。
急に大図書館が遠くなった気がした。
「……ちゃんと選んでね」
ナディラが眉を上げた。
「誰に言ってるの?」
「ごめんなさい」
すぐ謝った。
ダルガンが笑った。
外から声がした。
ハミドさんたちだった。
厩で馬を見ているらしい。
五人の声がする。
僕たち三人。
合わせて八人。
その八人で。
今度は、サルマーンへ行く。
僕はもう一度、床の紙を見た。
赤い宝石。
青い宝石。
まだ買ってもいないのに。
それが大図書館へ続く道に見えた。




