ナーヴァン
ナーヴァンを出たとき、僕たちはもう三頭ではなかった。
馬が増えていた。
荷物も増えていた。
いちばん目立つのは、太く巻いて荷馬の背に括りつけた絨毯だった。
ヤク毛とラクダ毛。
全部で十三枚。
僕が数えたから間違いない。
「なんだか急に商人みたいになったね」
ダルガンが振り返った。
「最初から商人だ」
「あ、そうだった」
「忘れるな」
忘れていた。
僕が二人に会ってから、ずっと逃げてばかりだったからだ。
ダルガンは馬を見て、道を選んで、僕を馬に乗せた。
ナディラはお金を数えて、荷物を減らして、追っ手から逃げる方法を考えた。
僕には二人とも、旅をするのがとても上手な人に見えていた。
でも本当は。
旅をしながら物を買って、運んで、売る。
それが二人の仕事だった。
「メルヴァーンまで、どのくらい?」
「数日ね」
ナディラが答えた。
「ナーヴァンより大きい?」
「ずっと大きいわ」
「サルマーンより?」
「比べる相手が悪い」
ダルガンが言った。
「じゃあ、何があるの?」
「商人」
「ナーヴァンにもいたよ」
「もっといる」
「馬?」
「いる」
「ラクダ?」
「いる」
「図書館?」
「知らん」
ナディラが笑った。
「あなた、本当に図書館が好きね」
「そんなことないよ」
少し考えた。
「食べ物も気になる」
「そっちは俺も気になる」
ダルガンが頷いた。
ナーヴァンを離れるにつれて、山は少しずつ後ろへ遠ざかっていった。
道も変わった。
石段がなくなった。
鐘もなくなった。
馬が二頭並んでも余裕がある。
荷車ともすれ違う。
大きな牛が、荷を積んだ車をゆっくり引いていた。
僕は道の脇を眺めた。
何かが違う。
村がある。
畑がある。
人が働いている。
なのに、カルバーブとは違って見えた。
しばらく考えて、ようやく気づいた。
「田んぼが少ない」
ナディラも畑を見た。
「ここまで来るとね」
水を張った田は、ときどきしか見えない。
代わりに乾いた畑が広がっている。
「麦?」
「そう」
「じゃあ、あっちは?」
「陸稲よ」
僕はもう一度見た。
米はある。
でも、水の中ではなく畑から生えている。
「米なのに、田んぼじゃないんだ」
「どこでも同じ作り方をするわけじゃないもの」
山を一つ越えただけなのに。
食べるものまで少しずつ変わっていた。
昼に立ち寄った村では、それがもっとよく分かった。
出てきたのは、米ではなく平たい麦のパンだった。
それと羊の肉。
豆。
焼いた鳥。
「また羊だ」
「嫌いか?」
「好きだけど。こっちは多いね」
道でも何度も羊の群れを見た。
乾いた草地にもいる。
斜面にもいる。
子供が棒を持って追っている。
牛もたくさんいた。
でも牛は食べられているより、畑を耕したり、荷車を引いたりしているところの方をよく見た。
「牛は食べないの?」
「食わないわけじゃねえ」
ダルガンは羊肉をちぎった。
「あいつは働くからな。食ったら明日から誰が荷車を引くんだ」
「羊は?」
「草食わせときゃ育つ。毛も取れる」
なるほど。
「豚は?」
「いるところにはいるわよ」
ナディラが答えた。
「でも、この辺りでは少ないわね」
ダルガンが僕のパンを指した。
「人間の飯まで食うからな」
僕はパンを見た。
「僕と豚で麦を取り合うの?」
「そういう言い方すると、お前と豚が同格みてえだな」
「僕が勝つよ」
「そういう話じゃねえ」
ナディラが笑った。
それから何日か歩いた。
田んぼが減った。
麦畑が増えた。
羊の群れが増えた。
昨日まであったものが、国境を越えた途端になくなるわけではない。
米だってある。
でも少しずつ。
本当に少しずつ、景色が変わっていく。
地図には線が引いてある。
歩いてみると、そんな線はどこにも見えなかった。
数日後。
街道の先に長い壁が見えた。
そのずっと手前から、人が増えた。
馬。
牛車。
ラクダ。
羊。
大きな荷を積んだ隊商。
僕たちよりずっと長い列もある。
「メルヴァーン?」
「そうよ」
ナディラが答えた。
門には天空騎士団の印があった。
でも、ここでも鎧を着た騎士より、荷物を運んでいる人の方がずっと多かった。
門を抜ける。
僕はすぐに立ち止まった。
「……いい匂い」
「町に入って最初がそれか」
ダルガンが呆れた。
肉を焼く匂いがした。
道の両側に屋台が並んでいる。
その一軒で、丸い鉄板の上へ白い液体が流された。
店の人が棒で薄く広げる。
すぐに焼けた。
「何あれ?」
「小麦よ」
「水みたいだけど」
「水で溶いてるの」
焼けた薄い生地の上に、羊肉をのせる。
刻んだ香草をたっぷり。
白い、少しとろっとしたものもかける。
それをくるりと巻いた。
僕は立ち止まった。
「食べたい」
「厩が先だ」
「一個だけ」
「倉庫も決めてねえ」
「歩きながら食べられるよ」
「そういうところだけ頭回るな、お前」
ナディラが笑った。
「一つくらいいいでしょう」
羊と鳥があった。
迷った。
「どっちだ」
「両方」
「一つだ」
「じゃあ羊」
焼きたてを受け取った。
熱い。
端からかじる。
薄い生地は柔らかいのに、焼けたところだけ少しぱりっとしていた。
羊の脂。
香草。
白いたれは少し酸っぱい。
「おいしい」
「よかったな」
もう一口食べた。
「鳥も食べたい」
「明日にしろ」
通りを見ると、同じものを売る屋台が何軒もあった。
羊を巻く店。
鳥を巻く店。
香草を山ほど置いた店。
赤い辛そうなたれを塗っている店もある。
「明日はあっち」
「もう決めてんのか」
僕が食べている間も、二人は周りを見ていた。
いや。
僕とは見ているものが違った。
ナディラは行き交う人の荷を見ていた。
ダルガンは道端につながれた馬とラクダを見ている。
「知ってる人?」
僕がナディラに聞いた。
「知らないわ」
「じゃあ何見てるの?」
「荷」
ダルガンにも聞いた。
「ダルガンは?」
「ラクダ」
二人とも、僕より町を見ていなかった。
商売を見ていた。
大きな倉庫が並んでいる。
厩もナーヴァンよりずっと大きい。
荷を積んだラクダが道端に座っている。
知らない言葉が聞こえる。
値段を言い合う声がする。
荷車が軋む。
肉と香草と家畜の匂いが混ざっている。
ナーヴァンが、山を越える人のための町なら。
メルヴァーンは、物が集まって、また別の場所へ出ていく町だった。
「ここで隊商を大きくするの?」
「ああ」
ダルガンはまだラクダを見ていた。
「馬も見る。ラクダも見る」
ナディラは市場の方を見た。
「私は商品ね」
「また絨毯?」
「同じものばかり積んでも仕方ないでしょう」
「じゃあ何を買うの?」
「市場を見てから」
「決めてないの?」
「見てもいないものを買うって決める方がおかしいでしょう」
また言われた。
僕なら、本を買うと決めてから本屋へ行く。
たぶん違う話なので、黙っておいた。
まず厩を決めた。
次に倉庫。
宿。
僕は荷を数えた。
十三枚。
ちゃんとある。
馬もいる。
まだ僕の仕事は、数えたり、運んだりするくらいだった。
それでも、何もしないで二人について歩いていたころとは少し違う。
倉庫を出たところで。
ナディラが急に止まった。
僕は危うく背中にぶつかりそうになった。
「どうしたの?」
返事がない。
道の反対側を見ている。
男たちが五人いた。
旅装だった。
そばには馬がいる。
商人らしい。
なのに、妙に身軽だった。
荷が少ない。
五人のうち一人がこちらを見た。
目を細める。
それから、大きく手を上げた。
「ナディラ!」
ナディラも笑った。
「ハミド!」
ダルガンがそちらを見る。
「知り合いか?」
「ええ。何度か一緒に仕事をしてる人たち」
五人がこちらへやってきた。
先頭の男は四十歳くらいだった。
日に焼けた顔でナディラを見て、それからダルガンを見た。
「ダルガンもいるじゃないか」
「久しぶりだな」
「本当に久しぶりだ」
僕は少し後ろに立っていた。
五人とも馬を連れている。
旅の道具もある。
なのに。
やっぱり荷が少ない。
ナディラも気づいたらしい。
「どこから来たの?」
「カルバーブ」
僕の手が止まった。
ダルガンもハミドさんを見る。
「北門か?」
「ああ」
「通れたのか」
ハミドさんは嫌そうな顔をした。
後ろの男が笑った。
「通れたってだけだけどな」
「どういうこと?」
僕が聞いてしまった。
ハミドさんが初めて僕を見た。
ナディラは何でもないことのように言った。
「私たちと一緒に旅をしてる子よ」
それだけだった。
ハミドさんも、それ以上は聞かなかった。
「荷を開けられた」
彼は言った。
「人を調べられた。馬も調べられた。待たされた。やっと終わったと思ったら、また止められた」
後ろから一人が口を挟んだ。
「俺なんか荷を三回開けられたぞ」
「二回だろ」
「俺のは三回だ」
「お前が怪しいからだよ」
五人が笑った。
でも、ハミドさんは笑わなかった。
ナディラが聞いた。
「普段と比べて?」
「ああ」
ハミドさんは即答した。
「厳しいってだけじゃない。あれは異常だ」
昨日ナーヴァンで聞いた話を思い出した。
北門。
東門。
増えた兵。
逃げたという教唆犯。
持ち出されたという王家の宝。
「それで、その荷か」
ダルガンが言った。
ハミドさんは、自分たちの馬を振り返った。
荷が少ない。
「そういうことだ」
苦笑した。
「人は五人。馬もいる」
両手を広げる。
「荷だけない」
「おかげで、ろくに稼げなかったよ」
後ろの男が言った。
僕は五人を見た。
五人もいる。
馬もいる。
旅の道具もある。
なのに、荷だけがない。
僕には、それがずいぶんもったいなく見えた。
隣を見る。
ダルガンが、少し笑っていた。
たぶん。
僕とは違うものが見えている。




