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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
隊商の道
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26/65

商売するぞ

次の日。

朝飯を食べ終わると、ダルガンが言った。

「商売するぞ」

僕はパンを持ったまま止まった。

「……商売?」

「そうだ」

「今?」

「今だ」

僕はナディラを見た。

助けてくれるかと思ったけれど、ナディラも頷いた。

「そろそろ始めないとね」

「でも、サルマーンへ急ぐんじゃなかったの?」

「急ぐぞ」

ダルガンはそう言って、残っていたパンを口へ放り込んだ。

「だから商売するんだ」

分からない。

僕はもう一度ナディラを見た。

「サルマーンまで行けば、しばらくいるんでしょう?」

「うん。大図書館に行きたい」

「何日?」

「分からない」

「一月?」

「たぶん、それ以上」

「二月?」

僕は少し考えた。

「……それでも足りないかも」

ナディラが笑った。

「でしょうね」

笑われた理由が分からなかった。

ダルガンが指を折った。

「宿代」

一本。

「飯代」

二本。

「馬の餌」

三本。

「図書館」

四本。

「図書館って、お金がいるの?」

「いるわよ」

「本を読むだけなのに?」

「本を読む場所を維持するのにも、人がいるでしょう」

それはそうだった。

「それから、俺たちの飯。馬の餌。厩。荷物を置く場所。何かあったときの金」

ダルガンが言った。

「お前、サルマーンに着いたら何か月も本読んで、その間、霞でも食って暮らすつもりだったのか?」

「そこまでは考えてなかった」

「だろうな」

ひどい。

でも、本当に考えていなかった。

僕は懐を探った。

小さな袋を出す。

卓の上に銀貨を並べた。

一枚。

二枚。

三枚。

四枚。

五枚。

六枚。

「あるよ」

ダルガンが見た。

ナディラも見た。

「六枚も」

僕は言った。

「……それだけ?」

ナディラが聞いた。

「六枚もだよ」

「大事に持ってなさい」

「でも使えるよ」

「使えるから持っておくの」

銀貨を僕の方へ戻された。

「じゃあ、僕だけ何も出さないことになる」

「働け」

ダルガンが言った。

「え?」

「金がないなら働け」

僕は銀貨を袋へ戻した。

「何をするの?」

「何でもだ。馬を引け。荷を持て。数を数えろ。帳面も手伝え」

「商売したことないよ」

「知ってる」

「値段も分からない」

「知ってる」

「馬もまだそんなに――」

「だから馬の値段はお前が決めるな」

先に言われた。

ナディラが笑っている。

「働いた分はちゃんと帳面につけておくわ」

「帳面?」

「サルマーンで売れたら、利益からあなたの分を出す」

僕は少し驚いた。

「僕にも?」

「働くんでしょう?」

「うん」

「だったら、ただでもらうよりいいでしょう」

それは、いい。

すごくいい。

「やる」

「決まりね」

ナディラが立ち上がった。

ダルガンも立った。

僕も慌てて残りのパンを食べた。

外へ出ると、ナーヴァンはもう動いていた。

山へ向かう馬。

山から下りてきた荷馬。

郵便袋を積んだ騎士団の馬。

店先に布を並べる人。

荷車を押す人。

昨日は全部、知らない町の景色だった。

今日は少し違った。

ダルガンが、店を見る目をしていた。

馬を見る。

荷を見る。

人を見る。

値段を聞く。

でも、すぐには買わない。

別の店へ行く。

また聞く。

戻る。

「何してるの?」

「値段見てる」

「最初の店で買わないの?」

「なんで最初の店が一番安いと思うんだ」

「じゃあ、一番安いところで買うの?」

「安けりゃいいってもんでもねえ」

難しい。

ナディラは別のことをしていた。

宿代を聞き、厩の値段を聞き、荷を預ける倉庫の料金を聞く。

紙に数字を書いていく。

僕はその後ろについて歩いた。

「僕は?」

「まず見てなさい」

「働くんじゃなかったの?」

「見ないで働かれる方が困るの」

それもそうだった。

やがてダルガンが一軒の店の前で止まった。

厚い絨毯が何枚も積んであった。

きれいな模様のものもある。

でもダルガンが最初に触ったのは、もっと地味で、ごわごわしたものだった。

「これ、何?」

「ヤクの毛」

店の人が答えた。

僕も触ってみた。

硬い。

「こっちは?」

「ラクダ毛だ」

今度は少し感触が違う。

ダルガンは端をめくった。

裏を見る。

縫い目を見る。

折る。

匂いまで嗅いだ。

「絨毯って、匂いで分かるの?」

「分かることもある」

「何が?」

「濡れてたか」

なるほど。

今度はダルガンが店の人と値段の話を始めた。

急に口数が減った。

さっきまで僕に適当なことを言っていた人と同じとは思えない。

何枚ならいくら。

この厚さならどうだ。

まとめて買うなら。

運びやすいように巻けるか。

次々と話が進んでいく。

僕は途中から分からなくなった。

ナディラは横で全部聞いていた。

数字だけは僕よりずっと早い。

「その値段なら、十二枚まで」

「十五」

「十二」

「十四」

「十二」

店の人がダルガンを見た。

ダルガンが肩をすくめた。

「俺に聞くな。金はこいつが見てる」

ナディラが微笑んだ。

店の人は困った顔をした。

結局、十三枚になった。

「十二じゃなかったの?」

店を出てから聞いた。

「十三枚目を安くしたから」

「いつ?」

「最後」

全然分からなかった。

でも、面白かった。

次は馬だった。

こっちはダルガンが長かった。

脚を見る。

歯を見る。

背を見る。

歩かせる。

少し走らせる。

僕にも一頭の手綱を渡した。

「歩かせろ」

「僕が?」

「歩くだけだ」

僕は馬を引いた。

前よりはできる。

たぶん。

戻ってくると、ダルガンが馬の脚を見ていた。

「もう一回」

「なんで?」

「いいから」

もう一度歩いた。

今度は少し速く。

「どう?」

僕が聞いた。

「お前は?」

逆に聞かれた。

困った。

「……普通?」

「そうか」

ダルガンは馬を買わなかった。

「普通じゃなかったの?」

「普通じゃなかった」

「どこが?」

「右後ろ」

僕は振り返った。

もう馬は店の奥へ戻されていた。

全然分からなかった。

「次は分かるようになる?」

「何十頭も見りゃな」

何十頭。

先は長そうだった。

その日のうちに、荷物は増えた。

ヤク毛の絨毯。

ラクダ毛の絨毯。

馬も増えた。

三人で山を越えてきたときとは、明らかに違う。

僕は絨毯を巻くのを手伝った。

紐を結んだ。

やり直された。

もう一度結んだ。

また少し直された。

荷を運んだ。

数を数えた。

「十三」

「ヤクは?」

「七」

「ラクダは?」

「六」

「合ってる」

それだけなのに、少し嬉しかった。

夕方。

宿へ戻るころには腕が重かった。

「疲れた」

「働いたからな」

ダルガンが言った。

「旅より疲れたかも」

「旅も仕事だ」

「じゃあ、ずっと仕事じゃない?」

「そうだぞ」

知らなかった。

ナディラが帳面を開いた。

今日使った金。

買ったもの。

馬。

絨毯。

厩。

餌。

細かな数字が並んでいる。

「これでサルマーンへ行くの?」

僕が聞いた。

「まだよ」

「まだ買うの?」

「ここでは、これくらい」

ナディラが帳面を閉じた。

「次の町でもう少し大きくする」

「何を?」

ダルガンが答えた。

「隊商だ」

僕は外を見た。

今日買った馬が厩にいる。

倉庫には、僕が数えた十三枚の絨毯がある。

昨日まで僕たちは、追われていた。

門を避けた。

古い道を歩いた。

山を越えた。

ずっと、逃げるために進んできた。

でも今日、初めて。

進むための荷物を買った。

「これ、サルマーンで売れるの?」

僕が聞いた。

ダルガンは言った。

「売るんだよ」

「売れなかったら?」

「困る」

「困るの?」

「商売だからな」

ナディラが笑った。

「死なない程度の損なら、今しておいた方が安いわ」

僕は二人を見た。

やっぱり、僕の知らない世界だった。

でも。

明日も手伝おうと思った。

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