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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
隊商の道
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死んだ僕

ナーヴァンで宿を取った。


山を越えて最初の夜だった。


バフラムさんはもういない。


僕たち三人だけに戻った。


宿には食堂があった。


夕方になると、山を越えてきた人や、これからハルザーンへ向かう人たちで席が埋まった。


騎士団の人もいる。


商人もいる。


荷運びらしい人もいる。


話している言葉も少しずつ違った。


ナーヴァンは、いろいろなところから人が来る町らしい。


僕たちは壁際の卓で夕飯を食べていた。


温かい汁物だった。


山小屋の夕飯も悪くなかったけれど、椅子に座って食べられるだけでずいぶん違う。


「明日はどうするの?」


僕が聞くと、ダルガンは肉を噛みながら言った。


「町を見る」


「サルマーンへ急がないの?」


「急ぐ」


「じゃあ――」


「おい」


急にダルガンの声が小さくなった。


「聞け」


顎で、少し離れた卓を示した。


男たちが酒を飲みながら話していた。


「――カルバーブは、まだ北門がひどいらしい」


僕は匙を止めた。


「東門もだろ。兵を増やしたって聞いたぞ」


「まだ捕まってないんだから仕方ねえよ」


「誰が?」


「ほら、王様をそそのかした奴だよ」


僕はダルガンを見た。


ダルガンは食べ続けている。


ナディラも僕を見なかった。


僕も汁を一口飲んだ。


「若い王だったんだろ?」


「ああ。ラシャン王。それと弟の神官」


「アシャンだっけ」


自分の名前が聞こえた。


思わず振り返りそうになった。


でも、しなかった。


僕はここにいる。


なのに、あの人たちが話しているアシャンは、僕ではない人みたいだった。


「二人で宮殿に火をつけたんだと」


「兄弟二人で?」


「誰かにそそのかされたらしい」


僕は匙を置いた。


話が、また変わっていた。


いや。


変わったというより、形が整ってきている。


ラシャン王と、王弟アシャン。


二人は何者かに教唆され、宮殿に火を放った。


そして――。


「二人とも、そのあと自害したそうだ」


僕は自分の手を見た。


指を動かしてみた。


ちゃんと動いた。


「……僕、生きてる」


小さな声で言うと、ナディラが、


「知ってるわ」


と言った。


「一応確認した」


「静かに食べなさい」


少しだけ、おかしくなった。


でも笑えなかった。


兄上は。


僕は生きている。


兄上については、まだ分からない。


僕は、兄上が死ぬところを見ていない。


火をつけるところも見ていない。


自害するところなんて、もちろん見ていない。


あの夜、僕が最後に見た兄上は。


僕に耳飾りを渡して。


「アシャン、行け」


と言った兄上だった。


それよりあとのことを、僕は知らない。


「で、そそのかした奴は?」


隣の卓の話は続いていた。


「逃げた」


「どこへ?」


「それが分からんから門を固めてるんだろ」


「何か盗ったんだろ?」


「王家の宝だってよ」


また、それだ。


僕は顔を上げた。


「何の宝だ?」


「知らん」


「知らんのかよ」


「王家の印だって話もある」


「俺はアルダーンの印だって聞いたぞ」


「騎士団の印じゃなかったか?」


「なんでカルバーブの宮殿に騎士団の印があるんだよ」


「知らねえよ」


笑い声が起きた。


話している本人たちも、よく分かっていない。


でも。


王家の宝が持ち出された。


そこだけは同じだった。


バルサでも。


ザフラ婆のところでも。


そして、カルバーブを出たナーヴァンでも。


何を盗んだのかは誰も知らない。


誰が盗んだのかも分からない。


それなのに。


何かが宮殿から持ち出されたことだけは、最初から決まっているみたいだった。


僕は考えた。


火事だったのなら。


燃えたかもしれない。


瓦礫の下に埋まったかもしれない。


どこかへなくなったかもしれない。


なのに、どうして。


「持ち出された」と分かるんだろう。


誰かが、それを知っている。


少なくとも、そういう話を最初に作った人は。


「それより、次の王はどうなった?」


別の男が聞いた。


僕はまた耳を澄ませた。


「ナジャール殿下だろ」


叔父上。


「もう即位したのか?」


「いや。まだだ」


「南方の諸侯が推してるんじゃないのか」


「推してるよ。次の王はナジャール殿下だって」


南方。


叔父上の力が強いところだ。


「じゃあ何でまだなんだ?」


「西だよ」


「西?」


「ヴァルダーン公が認めてない」


僕の心臓が、一度だけ強く鳴った。


先生。


「即位を?」


「それもあるが、その前だ。ラシャン王とアシャン王弟が死んだって話そのものを認めてないらしい」


今度は、僕はダルガンを見た。


ダルガンも僕を見た。


何も言わなかった。


「生きてるって言ってるのか?」


「そこまでは知らん」


「じゃあ何なんだ」


「遺体もろくに確認できてないのに、死んだことにして次の王を決めるのはおかしい、とか何とか」


「面倒だな」


「王様を決めるんだから、そりゃ面倒だろ」


男たちは笑った。


僕は笑えなかった。


先生が。


僕たちの死を認めていない。


胸の奥が、少しだけ軽くなった。


先生は、あの夜。


僕を逃がしてくれた。


自分は宮殿に残った。


だから。


先生なら。


そこまで考えて、やめた。


ザフラ婆の顔が浮かんだ。


怪しいのと、犯人なのは別。


それなら逆も同じだ。


助けてくれた。


それは、僕が見た。


僕たちの死亡を認めていない。


それは、今ここで聞いた。


先生が今も僕の味方でいる。


それは――まだ分からない。


僕は汁を飲んだ。


少し冷めていた。


しばらくして、男たちの話は別の国の話になった。


僕たちも食事を終えた。


部屋へ戻ると、ダルガンが扉を閉めた。


「さて」


地図を広げた。


ナディラが椅子を寄せる。


僕も近づいた。


ダルガンの指が、カルバーブの北側を叩いた。


「北門」


次に東側。


「東門」


「兵を増やしてる」


僕が言った。


「ああ」


「僕たちを探してるのかな」


「分からん」


ダルガンはすぐに答えた。


「お前が生きてるって知って探してるのかもしれん。宝を持った誰かを探してるだけかもしれん。両方かもしれん」


「分からないんだ」


「分からん」


それから、地図の上を指が動いた。


山を越えた。


ナーヴァン。


僕たちのいる場所。


「ただ、一つ分かる」


「何?」


「俺たちは、もうここだ」


僕は地図を見た。


北門も。


東門も。


僕たちの後ろにある。


「あ」


「分かったか」


ダルガンが笑った。


「向こうが門に兵を集めてる間に、俺たちはもう抜けてる」


ナディラが言った。


「捜索がこちらまで広がる前に、距離を取った方がいいわね」


「サルマーン?」


僕が聞いた。


「ああ」


ダルガンが答えた。


「行くぞ」


胸の中に、いろいろなものが残っていた。


兄上は本当に死んだのか。


僕たちをそそのかしたという誰かは何者なのか。


王家から持ち出されたものは何なのか。


なぜ、それが持ち出されたと分かるのか。


叔父上は王になるのか。


先生は何を知っているのか。


分からないことばかりだった。


でも。


今すぐカルバーブへ戻っても、答えが分かるわけではない。


僕は地図の東側を見た。


サルマーン。


大図書館。


そこへ行く。


まず、もっと知らなければならない。


「じゃあ、明日出る?」


僕が聞いた。


ダルガンは少し考えた。


「いや」


「急ぐんじゃないの?」


「急ぐぞ」


「じゃあ何するの?」


ダルガンは地図を畳んだ。


「その話は明日だ」


なんだろう。


嫌な予感がした。

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