古い宿場
川を遡るにつれて、道は山の中へ入っていった。
ところどころ石が崩れている。
草に半分埋もれた道標もあった。
それでもダルガンは迷わなかった。
分かれ道では立ち止まり、地面を見たり、近くに人がいれば道を聞いたりした。
「知ってる道じゃないの?」
僕が聞くと、
「道は変わる」
と言った。
「前に通ったのは何年も前だ。地図は歩かねえからな」
夕方近く。
山の間に家々が見えてきた。
道の両側に古い建物が並んでいる。
二階建ての宿。
馬を入れる大きな厩。
倉庫。
昔はもっと大勢の旅人が泊まったのだろう。
でも今は、人より空いている建物の方が目についた。
「宿場?」
「ああ」
ダルガンが答えた。
「昔はこの辺じゃ大きかった」
ナディラは懐かしそうに町並みを見ていた。
「変わってないわね」
「来たことあるの?」
「あるわ」
「ここで死にかけてたな」
ダルガンが言った。
ナディラが睨んだ。
「死にかけてはいないわよ」
「三日くらい熱で起き上がれなかっただろ」
「それを死にかけてるって言うんじゃないの?」
僕が聞くと、ナディラは少し考えた。
「……少しだけ死にかけてたかもしれないわね」
宿場で一番大きな旅籠に入った。
主人はナディラを見ると、すぐに気づいたらしい。
「あれまあ。久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰してます」
馬と荷物を預ける。
僕は当然、全部ここに置くのだと思った。
ところがダルガンはヴァルシャの手綱だけ僕に渡した。
「こいつは連れてくぞ」
「三人で一頭?」
「ああ」
「他の馬は?」
「ここだ」
「なんで?」
「これから行く家に馬を何頭も連れてったら目立つだろ」
ますます分からない。
「誰の家?」
ダルガンとナディラが顔を見合わせた。
ナディラが少し笑った。
「会えば分かるわ」
宿場の中心から外れ、坂を上った。
家が減っていく。
最後には道の片側が森になった。
その森を背負うように、一軒だけ家が建っていた。
軒先には、僕には名前の分からない草が束になって吊るされている。
妙な匂いがした。
薬のようでもあり、料理のようでもある。
ダルガンが戸を叩いた。
「婆さん。生きてるか」
中から声がした。
「死んどるよ!」
「元気じゃねえか」
しばらくして戸が開いた。
小柄な婆さんが顔を出した。
最初にダルガンを見る。
次にナディラを見る。
目を細めた。
「なんだ」
「久しぶり」
ナディラが笑った。
婆さんも笑った。
「とうとう結婚の報告か」
「違うわよ」
「まだしてないのかい」
「その話はいいでしょ」
婆さんの視線が、今度は僕へ移った。
僕を見る。
ダルガンを見る。
ナディラを見る。
もう一度、僕を見る。
「……なんだ」
嫌な予感がした。
「結婚より先に子供作ったのか」
「違う!」
ダルガンとナディラの声が重なった。
僕も慌てて言った。
「僕、十六歳です!」
婆さんは僕を上から下まで眺めた。
「ずいぶん育ったねえ」
「だから違うって!」
婆さんは、けけけけ、と笑った。
ダルガンがため息をついた。
「相変わらずだな、婆さん」
「お前もな、クソ息子」
僕はヴァルシャの手綱を握ったまま思った。
どうやら僕たちは、ずいぶん変なところへ来てしまったらしい。




