百メートル
北門は、僕が思っていたよりずっと大きかった。
門というより、城だった。
厚い壁。
見張り台。
馬を止める場所。
荷を改める場所。
その前に、商人や旅人が列を作っている。
そして、いたるところに兵がいた。
「多いな」
ダルガンが呟いた。
僕もそう思った。
ただ門を守っているだけには見えない。
荷車の中を確認している。
旅人に何かを聞いている。
顔を覗き込んでいる兵までいる。
僕たちは列には入らなかった。
少し離れたところから眺めた。
「アシャン」
ナディラが小さな声で言った。
「知っている人はいない?」
「ここからじゃ……」
そう言いながら門の方を見た。
兵。
兵。
また兵。
その中に、房飾りのついた兜が見えた。
僕は息を止めた。
「……いる」
「誰だ?」
「サラーフ」
ダルガンが目を細めた。
「サラーフって、あのサラーフ将軍か?」
「うん」
北方を預かる王の盾。
この北門は、もともと彼の拠点でもある。
だから、サラーフがここにいること自体はおかしくない。
でも。
あんなところまで出て、自分で兵に指示をしている姿を僕は初めて見た。
「知り合いなの?」
ナディラが聞いた。
「知り合いっていうか……」
僕は少し困った。
「ヴァルダーンのあと、兄と僕の剣術指南役だったんだ」
ダルガンが僕を見た。
「お前、あいつに剣習ってたのか」
「うん」
「向こうはお前の顔を知ってる?」
「もちろん」
「どのくらい近づいたら分かる?」
僕は距離を見た。
僕にはサラーフの顔までは見えない。
房飾りの兜と、立ち姿で分かっただけだ。
「彼なら――」
そう言いかけた。
「百メートル先に僕がいても分かるよ」
そのときだった。
サラーフが動きを止めた。
僕も止まった。
こちらを見た。
――ような気がした。
遠い。
目が合ったかなんて分からない。
けれど、サラーフは隣にいた兵を呼んだ。
短く何かを言った。
兵が走り出した。
「……ダルガン」
「帰るぞ」
「でも、まだ僕だって分かったとは――」
門の脇にいた騎兵が二騎、動いた。
今度は別の兵が、僕たちのいる方を指した。
気がした。
「帰るぞ」
ダルガンがもう一度言った。
「だから今なら帰れる」
「うん」
僕たちは向きを変えた。
走らなかった。
走ったら目立つ。
僕は普通に歩いた。
少なくとも、そのつもりだった。
「アシャン」
ナディラが言った。
「なに?」
「普通に歩きなさい」
「歩いてるよ」
「歩いてないわ」
「じゃあ普通ってどのくらい?」
「いつもの半分」
「そんなに速い?」
「速い」
後ろを見たかった。
でもダルガンに、
「見るな」
と言われた。
「でも――」
「見るな」
今度は従った。
しばらく歩いた。
角を曲がった。
北門が見えなくなった。
それでもダルガンは止まらなかった。
「ダルガン」
「なんだ」
「サラーフ、僕に気づいたと思う?」
「知らん」
「でも――」
「分からねえから帰ったんだ」
ダルガンは前を向いたまま言った。
「分からねえときに、分からねえ門へ突っ込む必要がどこにある」
僕には反論できなかった。
そのまま僕たちは宿へ戻った。




