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星の降る道ⅰ 死者の星環  作者: 超魔王
遠回りの道
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死んだ王弟

「王弟アシャン殿下も亡くなったんだろ?」


僕は匙を止めた。


宿坊の食堂だった。


夕食どきで、長い卓には旅人や巡礼者、それに何人かの神官が座っている。


僕たちの卓から二つ向こうで、男たちが話していた。


「そう聞いたぞ。王様と一緒に白河宮で」


「でも、王弟殿下も火をつけるのを手伝ったって話じゃないか」


「王様が先だろ。王弟は兄に従ったとか」


「何で王国司祭がそんなことするんだよ」


「知らねえよ。兄弟なんだから何かあったんだろ」


僕は匙を置いた。


目の前には豆と野菜の煮込みがある。


さっきまで普通に食べていたのに、急に味が分からなくなった。


ナディラが僕を見る。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


そう答えた。


ダルガンは食べ続けている。


「王都じゃ、まだ捕まってないやつもいるらしいぞ」


向こうの話は続いていた。


「捕まってない?」


「火事に協力した連中だよ。王宮から逃げたやつがいるとか」


「じゃあ、まだ捜してるのか」


「捜してるどころか、前より厳しくなったらしい」


僕は水を飲んだ。


協力者。


僕はあの夜のことを思い出した。


ヴァルダーン。


僕を逃がした人たち。


僕が知らないところで、ほかにも何が起きたのか。


「でも、変な話があるぞ」


別の男が声を低くした。


「バルサで捕まったって」


「誰が?」


「アシャン殿下」


水を飲みかけて、むせそうになった。


僕はここにいる。


「死んだんじゃなかったのか?」


「だから変なんだよ。偽物だってさ」


「偽物?」


「王弟を名乗ったガキがいたとか」


「俺が聞いたのは、名乗ってないって話だぞ」


「じゃあ、なんで捕まったんだよ」


「服だよ」


その一言で、ナディラの匙が止まった。


僕も彼女を見た。


「服?」


「王弟殿下の服がバルサで見つかったんだと」


「なんでそんなもんがバルサにあるんだ?」


「売られてたらしい」


僕とナディラは見つめ合った。


六枚の銀貨。


「王弟の服だって、どうやって分かったんだ?」


「そりゃあ王族の印でもついてたんだろ」


僕は思った。


ついていない。


少なくとも、分かりやすいものはナディラが外した。


「ものすごく上等な服だったって話だぞ」


「じゃあ、それ着てたガキが偽物だと思われたのか?」


「さあな」


「俺は古着屋の息子だって聞いたけどな」


「古着屋?」


「買った服を着てたんじゃないかって」


「じゃあ、かわいそうじゃねえか」


「だから噂だって言ってるだろ」


話している本人たちも、何が本当なのか分かっていなかった。


僕には少しだけ分かった。


服は本当だ。


バルサで売った。


古着屋も本当だ。


でも、その先は知らない。


王弟を名乗った少年。


偽アシャン。


捕まった古着屋の息子。


話す人によって、少しずつ違う。


僕は初めて、自分についての噂が作られていくところを聞いた。


「アシャン」


小さな声でナディラが呼んだ。


「なに?」


「あとで話しましょう」


「うん」


ダルガンが僕たちを見た。


「なんだよ」


「あとで」


ナディラが言った。


ダルガンは眉を寄せたが、それ以上聞かなかった。


向こうでは、もう別の話になりかけていた。


ところが一人の老人が言った。


「服だけじゃないだろ」


「何が?」


「王宮から、いろいろなくなってるって話だ」


僕は再び耳を傾けた。


「金か?」


「宝だよ。昔から王家に伝わってたもの」


「王様が火をつける前に持ち出したのか?」


「協力者じゃないのか」


「何がなくなったんだ?」


老人は声を潜めた。


僕には十分聞こえた。


「アルダーン王のころからある印鑑だってよ」


僕は眉を寄せた。


印鑑?


「何の印だ?」


「騎士団の銀行印だ」


今度こそ意味が分からなかった。


騎士団。


銀行。


印。


それぞれの言葉は知っている。


けれど、それをつなげたものに心当たりがない。


「そんなものが王宮にあるの?」


僕は思わず呟いた。


ダルガンがこちらを見る。


「俺に聞くなよ」


「でも、騎士団の銀行ならダルガンの方が使うでしょう?」


「使うけど、王宮の印鑑なんか知らねえよ」


ナディラが少し考える。


「騎士団の古い証文や預かり物に使う印のことかしら」


「そんなもの、あったかな」


僕は考えた。


王宮に保管されていた古い聖具なら知っている。


王国司祭として扱い方を教わったものもある。


アルダーンに由来するとされる品もある。


でも、銀行印という名前のものはない。


「おい」


ダルガンが僕を見る。


「なんでおまえが王宮にあるもんを知ってるみたいな顔してんだ?」


「え?」


「さっきからだよ」


僕は黙った。


ナディラがダルガンを見る。


「ダルガン」


「なんだよ」


「今はいいわ」


「何がいいんだよ」


「今は」


ダルガンは僕を見る。


僕は煮込みを見る。


しばらくして、


「……まあ、いいけどよ」


と言った。


聞かなかった。


それが余計に困った。


僕たちは食事を終えた。


部屋へ戻る途中、ナディラが僕を呼び止めた。


廊下には誰もいなかった。


「アシャン」


「うん」


「バルサで売った服」


「僕もそう思う」


「やっぱり?」


「たぶん」


ナディラは額に手を当てた。


「まずいわね」


「服を売ったことが?」


「売ったこと自体じゃないわ」


ナディラは少し考えてから言った。


「つながることよ」


「つながる?」


「あなたがあの服を着てバルサへ来た。私たちと一緒にいた。服を売った。それが今、王宮の火事とつながり始めてる」


僕は黙った。


「まだ私たちまで来てない。でも、古着屋まで調べられたなら、その前に誰が着ていたのかを聞くでしょう」


「男と女の商人と一緒にいた子供」


「そう」


それは僕たちだ。


「じゃあ、急いだ方がいい?」


「たぶんね」


ナディラはそう言った。


それから、僕の顔を見る。


何かを聞きたそうだった。


「なに?」


「……いいえ」


「聞かないの?」


「聞いてほしい?」


僕は答えられなかった。


ナディラは小さく笑った。


「だったら、今は聞かない」


それだけ言って部屋へ戻った。


僕も戻った。


ダルガンはもう寝る準備をしていた。


「話終わったか?」


「うん」


「明日は早めに出るぞ」


「分かった」


それだけだった。


宿坊には屋根があった。


寝床もあった。


温かい湯も使えた。


虫もほとんどいなかった。


ナディラの言った通り、野営よりずっと快適だった。


でも、なかなか眠れなかった。


僕は暗い天井を見ていた。


王弟アシャンは死んだ。


王弟アシャンは兄と一緒に宮殿へ火をつけた。


王弟アシャンの協力者が逃げている。


王弟アシャンの服がバルサで売られた。


偽の王弟アシャンが捕まった。


王宮から宝が持ち出された。


アルダーンの銀行印が盗まれた。


本当のことがある。


間違っていることもある。


僕にも分からないことがある。


でも、それらが一つの話として広がっていた。


僕はふと思った。


ラシャンのことも同じなのではないか。


兄は宮殿へ火をつけた。


兄は狂った。


兄は死んだ。


みんなそう言っている。


紙にもそう書かれていた。


でも。


僕も死んだと、同じ紙に書かれている。


僕は生きている。


なら、兄について書かれていることだけを、どうして信じられるのだろう。


僕は目を閉じた。


眠れなかった。


明日、ダルガンとナディラに話そう。


全部はまだ話せないかもしれない。


僕自身、何が起きたのか分かっていない。


それでも。


少なくとも、自分が誰なのかは話そう。


二人が何も聞かなかったからこそ、僕の方から話したいと思った。


そう決めてから、ようやく少しだけ眠れた。

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