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悪食のエルフ

魔物軍が態勢を立て直している間、人族の兵士たちも交代で休息を取っていた。


傷の手当てを受ける者。泥のように眠る者。震える手で水を飲む者。

誰もが疲れ果てていた。


その中で、エルリンだけは一人、焚き火の前に座っていた。


金の髪は血と泥で固まり、ソフトレザーアーマーも赤黒く染まっている。

その姿は、かつて「ランディルの希望」に憧れた美しいエルフの面影を、わずかに残しているだけだった。


兵士が恐る恐る近づく。

「あ、あの……エルリンさん」


「……なあに?」

エルリンは兵士を見向きもせず返事をした。


「先程は、その……すごかったです」


「……そう」

返事は短い。

焚き火の炎を見つめるエルリンの瞳には、何も映っていないようだった。


「その、あちらで水浴びができます。それに食料もありますので……よかったら」

兵士はエルリンの態度に緊張しながら話をする。


「大丈夫よ。どうせまた汚れるし、食べ物ならあるから」


「食べ物……?」

兵士は、そこでようやく気づいた。


エルリンの傍らに、倒れたオーガの巨体があることに。

そして、その体の一部が切り取られ、焚き火の上で焼かれていることに。


「エ、エルリンさん……それは……」


「オーガよ」


「ま、まさか……それを……」


エルリンはゆっくりと兵士を見た。

その顔には、笑みが浮かんでいた。


けれどそれは、人を安心させる笑みではない。

怒りと憎しみと、底の抜けた悲しみが混ざり合った、壊れた笑みだった。


「そうよ。不味くて食えたもんじゃないけどね」


兵士は言葉を失った。


「それと、わざと見える場所で食べてるの」


「……な、なぜですか」


エルリンは焼けた肉を炎から外し、遠くの闇を見た。

その向こうには、再び攻め寄せてくる魔物軍の気配がある。


「教えてやってるのよ」


その声は、静かだった。


「お前らは、全員私が食ってやるって」


兵士の背筋に冷たいものが走った。


「私から奪ったものの分だけ、恐怖を返してやる。ユーゴーの分も、リュイの分も……全部」


炎が、エルリンの顔を赤く照らす。

血に濡れた金髪。狂気を宿したオッドアイ。

そこにいたのは、もう希望の象徴ではなかった。


「し、失礼しました!」

兵士は逃げるようにその場を離れた。


その夜から、兵士たちはエルリンのことを囁くようになった。


悪食。

赤い戦鬼。


けれど、エルリンは気にしなかった。


「悪食でも、化け物でも、何でもいい」


彼女は焚き火の炎を見つめながら呟いた。


「私から全てを奪った魔物共に、恐怖を植え付けてやる。そして……皆殺しにしてやる」


翌日。


魔物軍は増援を加え、再び人族軍へと進軍してきた。

地鳴りのような足音。獣の咆哮。無数の武器が打ち鳴らされる音。


それを迎え撃つ人族軍の先頭に、エルリンは立っていた。


手にしているのは、負傷した兵士から借り受けたウォーハンマー。

本来の得物であるロングソードではない。

だが、今の彼女にとっては何でもよかった。


斬れなくてもいい。

叩き潰せればいい。


エルリンは一歩前に出る。


兵士たちは、誰も彼女の隣に立とうとしなかった。

畏怖していた。

恐れていた。

それでも、同時に理解していた。


あの戦鬼が前にいる限り、自分たちはまだ戦える。


エルリンはウォーハンマーを肩に担ぎ、迫り来る魔物軍を睨みつけた。


「さあ来い」


その声は、戦場のざわめきの中でも不思議とはっきり響いた。


「私が相手よ」


そして、赤い戦鬼は再び地獄へ踏み出した。

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