表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/42

生きる希望の為に

空は灰色だった。


三万の合同軍が進軍するたび、大地は鈍く震える。鎧が擦れる音、車輪を引く音、魔導士たちが呪文を確認する低い声。それらが混ざり合い、静かな緊張を生み出していた。


魔物王国ディッザールまで、あと5キロ。


誰もが武器を握り直す。


ユーゴーが小さく笑った。


「リン姉、そろそろ仕掛けてきますかね」


エルリンは前方を見据えたまま答える。


「そうね、気を抜いちゃダメよ……って、リン姉?」


思わず苦笑する。


「いつからそんなあだ名を?」


「エルリンって言いにくいじゃないですか」


そのやり取りに、隣を歩くリュイも少しだけ口元を緩めた。


しかし、その空気は斥候の到着で一瞬にして消える。


「報告! 二方向より魔物軍接近! 総数約一万八千! 飛行幻獣多数!」


将軍は即座に命令を飛ばした。


「進軍速度を維持! カタパルト前進! 魔導士隊、迎撃準備!」


止まれば包囲される。


だから突破するしかない。


やがて地平線が黒く染まった。


ゴブリン、オーガ、オーク、トロール。


その上空をレッサードラゴンの群れが旋回し、咆哮が戦場全体を震わせる。


次の瞬間。


空気を裂くような轟音。


巨大な火球が空を裂き、ドラゴンブレスが大地を焼いた。


炎に包まれた兵士が叫びながら倒れ、魔導士の放つ氷槍が飛行幻獣を貫く。


投石機から放たれた巨岩が魔物の集団を押し潰し、その衝撃で地面が揺れた。


ランドール史上最大級の戦いが始まった。


エルリンは両手剣を握り直す。


エルフらしい細身の身体に似合わない巨大なロングソード。


しかし、その剣は彼女の手の中で羽のように軽かった。


身体強化術。


妖精魔法。


そして、長年の実戦で磨いた剣技。


一体。


二体。


五体。


魔物が次々と倒れていく。


返り血が金色の髪を赤く染める。


傷が腕を裂く。


肩を爪がかすめる。


それでも止まらない。


止まれば死ぬ。


止まれば仲間が死ぬ。


巨大なトロールが棍棒を振り下ろした。


地面が砕ける。


エルリンは横へ跳び、その勢いのまま剣を振り抜いた。


身体強化術で加速した一撃。


銀色の軌跡が走る。


トロールの巨体が静かに崩れ落ちた。


しかし、その向こうにはさらに数十の魔物。


終わりが見えない。


ふと、一瞬だけ家族の顔が浮かぶ。


安全な地方へ送り出した、小さな家。


食卓を囲む笑顔。


「おかえりなさい」


帰ると誓った約束。


昔の自分なら違った。


「ランディルの希望になる」


そう誓い、自分の命すら惜しまなかった。


だが今は違う。


守りたいものがある。


帰る場所がある。


だから、生きなければならない。


エルリンは剣を構え直し、大声で叫んだ。


「生きて、生きて帰るんだ!」


その声は周囲の兵士たちにも届いた。


立ち止まりかけた兵士が再び槍を構え、


傷ついた剣士が立ち上がり、


魔導士が最後の魔力を振り絞る。


希望とは、奇跡ではない。


絶望の中でなお前へ進もうとする意志だった。


血と炎に包まれた戦場で、金髪のエルフは巨大な剣を振るい続ける。


「ランディルの希望」を目指した一人の戦士は、


世界を救うためではなく、


もう一度、大切な人たちと笑って会うために、


終わりの見えない戦場を駆け抜けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ