静かな夜
ゼルギア帝国領にある貴族街マドリッグ。
「黒の翼」と「毒蝶のラファエラ」の共同作戦の舞台である。オードリック皇帝の両親の殺害と、マドリッグの
ウリヤス公爵率いる軍に壊滅的ダメージを与え、ウリヤス公爵を失脚させる。
この計画がようやく実行される時が来た。この計画を成功させることで、黒の翼と強い関係のある貴族に実権を握らせれば、ダネルとエルリンの勝利となる。
マドリッグへと向かう豪華な装飾の馬車に、エルリン、ファフナロッタ、レミーの3人が乗っていた。
「レミー様、もうすぐマドリッグです、お顔が怖いですよ」
長い沈黙を破ったのはファフナロッタであった。
「手を貸すとはいいましたが、こんなチャラチャラした衣装を着さされて、ヴァンパイアの恥ですわ!」
レミーは衣装が気に入らない様子だ。
「あ、でもとてもお似合いです、やはり、元がよろしいと何着ても様になりますね!」
エルリンは本気で褒めたつもりだったが・・・
「ラ、ラファエラ!おちょくってますの!?」
レミーは顔を真っ赤にして激怒した。
「ま、まさか!そんな!」
エルリンは慌てて取り繕うが、もう遅い。
「このクソエルフ!今すぐその首捩じ切ってやりますわ!」
感情が抑えられないレミーを、ファフナロッタが体を張って止める。
「レミー様、これも作戦の為!どうかお収めください!」
しばらくして、レミーの怒りがようやく収まった。
この3人は、第一段階として、貴族のパーティの余興として呼ばれた、人気の踊り子に扮して潜入しようとしている。
「フン!パーティで高級ワインをガブ飲みですわ!」
エルリンはワインの話題をするレミーを見てホッとしていた。
マドリッグに到着すると、3人は検問を受けた。書類などは全てダネルが手配済みなので、すんなりと通ることができた。
日も暮れて、レミーも屋外に出られるようになった頃、宿に着いた3人は、まず一息ついた。
「あ、私、ワインを買って参ります!レミー様、お飲みになられますよね!?」
ファフナロッタは、レミーの機嫌を取ろうと必死である。
「ファフナロッタ!」
レミーはファフナロッタの名を大声で叫んだ。
「はい!」
ファフナロッタは、萎縮して上ずった声で返事をする。
レミーは目を瞑り、数秒考えてから、ゆっくり口を開く。
「気持ちはうれしいけれど、作戦の再確認をしておきましょう、ワインはパーティでいただくわ・・」
冷静で落ち着いた低いトーンだった。
「では、おさらいしましょう、私達の出番は一番最初です、それが終われば自由に行動出来る」
エルリンはこの空気を変えないように、少し早口で喋った。
三人の表情から笑みが消えた。
ここから先は、一つの失敗がすべてを台無しにする。
打合せが済んだ後、3人は眠りについた。ヴァンパイアはこういう時、すんなり眠れるようだが、エルリンは眠れずにいた。
「ヴァンパイアになると、緊張しなくなるのかなぁ・・・」
エルリンは何度も寝返りを打つ。
戦場では何百もの魔物を殺した後でも眠れた。
なのに今夜は、静寂の中で、自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえた。
次の朝、レミーは日の当たらないところで寝たまま、起きてこない。
「おはよう、リン」
ファフナロッタだけが元気そうな顔をしている。
「あ、おはよう、ファフ」
エルリンは明らかに寝不足である。
「今のうちに下見と、踊りのおさらいだけしておきましょう」
エルリンは自分の頬を両手で叩いた。
今夜のパーティ会場はウリヤス公爵の別宅である。
ウリヤス夫人が主催で、ウリヤス派閥の貴族連中が集まる。別宅の裏には詰所の本陣がある。
作戦の第一段階は情報の収集である。
黒の翼ほどの腕利きでさえ、本陣への侵入は容易ではない。だからこそ、パーティ会場で集められる情報には大きな価値があった。




