二つ目の願い
ルビー色の宝石を拾ったがために、それに宿っていた悪魔を視認できるようになった樹希。三つの願い事の内一つが叶い、右足の靴下と引き換えに最新ゲームを手に入れることができた。
母には靴下を外で汚してしまい道中で捨ててきたとごまかし通した。自室に戻るとそこには、畳まれた布団・勉強机・扇風機・小型のテレビ・金魚鉢には先日のお祭りの金魚すくいで取った金魚の〈ピグ〉がいる。いつも通りの部屋だ。ただ一つ違うのは意識を向けると隣にヤギ頭の人型が現れることだけだが。
「この宝石を身に着けている時、つまり服のポケットに入れている時だけ念じればお前が見えるんだったな」
「左様、願いがあれば呼ぶが良いさ」
ふとこの悪魔にも名前はあるのかと気になった。
「お前、名前はあるのか」
「我に名前を聞くとは面白い人間だな。《ギル》とでも名乗ろう」
「ギルか、僕は樹希って言うんだよろしくな!」
何はともあれ欲しかったゲームが手に入ったのだし、リスクがあるとはいえ残り〈二回の願い〉が叶うとなると胸は高鳴った。
日曜日は念願のゲームを朝から晩まで夢中になって遊んだ。夜になると母に注意されしぶしぶ宿題を終わらせなければならないのが悔やまれた。月曜日には毎週恒例の漢字のテストがある。漢字は樹希の得意分野であるのでドリルに一通り目を通して布団に入った。
月曜日、午前中の内に漢字テストが始まった。順調に問題を解いていくが最後の問題で頭を抱えてしまった。――どうやっても正解の漢字がわからない。時間だけがただ過ぎていく。
……ギル
心の中で呼ぶとギルが机の横に現れる。もちろん樹希以外の誰にも視覚できない状態だ。
この問題の答えを教えてくれ
どの道、願いの有効期限は次の土曜日までなのだ。これで一個使ってしまってもまだあと一個残されている。
「よかろう。答えは〇だ」
ギルは間髪入れず答えてくれた。
あー、思い出した。サンキュー
――昼時には雨が強く降り始めてきた。午後には体育があるのだがグラウンドではなく体育館での授業となった。ただ、樹希にとって種目が問題だった。大の苦手な跳び箱になったのである。一年前、跳び箱の授業で手首を捻挫してしまって以来あの時の痛みや恐怖感を引きずってしまっているのだ。やはりこの日も小型の跳び箱さえ上手く飛び越えることはできなかった。
「くそ、跳び箱なんて大嫌いだ」
樹希はボソッと呟いた。クラスの友達はみな順調に跳び箱を飛び越し、大型の高さにまで挑戦している。劣等感と孤独感を感じ、たまらずギルに意識を向けてみた。
「……これは何をしているのだ?」
ギルが興味深そうに聞いてきた
「他の人の見てればわかるだろ。あの跳び箱ってのを飛び越えるスポーツなんだよ」
樹希はぶっきらぼうに答えた。
「ほほう、しかし樹希は飛べぬのか」
ギルは悪意なく疑問を口にしただけであっても今の樹希には涙が出る程に刺さる言葉だった。
「う……うるさい」
外ならいざ知らず体育館の中で叫ぶわけにもいかず、ただうつむくだけだった。結局、一度も跳び箱に成功せず体育の授業が終わった。
――放課後、傘をさし足元を濡らしながら家路を急いだ。体育の時に感じた惨めさはまだ残っていた。無理矢理、家ではゲームが待っていると胸躍らせ気を紛らわせようとした。ふと午前中に願い事をしたこと、その代償で自身の持つ何かを奪われることを思い出した。
「ギル、今度は俺の何を渡せばいいんだ?」
テスト中ではどうしても満点を取りたいがためにギルの力に頼ってしまったが、改めて考えるとリスクのある話だったのだ。前回は右の靴下だったが今回は何だろうか。左の靴下か、集めているトレーディングカードのレアカードだったら嫌だなぁと思う。
「ククク……家に戻ればわかるさ」
不敵な笑いに不気味さを感じつつ、家に着き自分の部屋を開けた。何かが無くなっているのだろうと部屋中を見渡す。水槽の中にいるはずの金魚のピグがいなくなっているのである。咄嗟に母に尋ねようとしたがすぐに気づいた。《願いの代償》だ。震える声でギルに突っかかった。
「お前、まさかピグを……」
「そうだ。そこにいた魚は頂いたぞ」
考えていなかったわけではないのだがこの悪魔は命まで奪うのか。
「安心せよ、死んではおらん。我の異空間での海洋コレクションに加えただけよ」
来年には中学生といっても幼い樹希には、ほんの数日とはいえ可愛がっていたペットが『自分の願いの代償』としてどこかもわからない場所に消えた事実は受け入れがたいことであった。しかも、漢字のテストの答えなんて前日になまけずにしっかり勉強しておけば答えられたかもしれないことなのだ。そう思うと罪悪感がこみあげてきた。
「何もピグじゃなくてもよかっただろう?」
自分でも滅茶苦茶なことを言っているのはわかっていたのだが、涙ぐみながらギルにあたらずにはいられなかった。
「お前の所有物には変わりない」
ギルはあくまで淡白な口調のままだ。
手で目に溜まった涙を拭い、捨て台詞のように言った。
「もう願い事なんか……しない」




