三つ目の願い
二つ目の願い事の代償はペットの金魚の〈ピグ〉だった。代わりのいない唯一無二の〈命〉を奪われたことに激しく動揺する樹希。あと一つ願いの権利は残されているが……
続く火曜日、水曜日と木曜日も天気は優れなかった。曇り空の下、雨が突然降りだすこともあった。宝石は月曜以降持ち歩く気にはなれず勉強机の引き出しにしまったままにした。
気づけば金曜日の朝を迎えた。母が朝食に焼き魚をだしてくれたがふいにピグを思い出してしまい口をつけることはできなかった。
「魚食べていないじゃない。最近、元気もないみたいだけれど」
母は心配しているようだがその理由が〈悪魔との契約のせい〉なんて言える訳がない。
「きょ、今日は食欲無いだけだよ。学校に行っちゃえばお昼には給食食べられるって」
取り繕うように答えた。
「そう。それならいいけど。お母さんね、今日はお父さんのお仕事の手伝いに行ってくるからね。夜には帰ってくるから」
わかったと軽く返事をして家を出た。外は久々に晴れていた。
学校に着くといつもの教室、校庭、担任の先生、クラスの友達となんてことない日常が待っていた。月曜日以来ギルとは会っていない。朝食をあまり食べなかったからか給食もいつも以上においしく感じた。
しかし、午後になりしばらくすると雨が強く降り始めてきた。さらに放課後のホームルームで気分を落ち込ませることが起きた。先生が翌週の月曜は体育の授業で跳び箱をやるというのだ。
ホームルームを終え降りしきる雨の中を帰る。憂鬱な気持ちはただ増すばかりだった。家につくと中から近所に住んでいる叔母がひどく慌てた様子で迎えてくれた。樹希は驚いて尋ねた。
「どうしたの?」
聞くと両親は山中にあるトンネルの修繕業務に向かったらしいのだが、突然の土砂崩れに巻き込まれトンネル内に従業員たちと一緒に閉じ込められてしまったというのだ。ここ数日の雨模様と午後の突発的な強い雨が原因ではないかとニュースでは言っている。
「お父さん、お母さん……大丈夫かなぁ」
心配と不安でいっぱいになり涙を流しながらニュースを見ているしかできなかった。トンネル内に閉じ込められているだけだからきっと無事だよと叔母は励ましてくれるがこの救出作業はいつまで続くのかわからなかった。時間だけが過ぎていく。
神様、お願い。お父さんとお母さんを助けて
手を組み合わせひたすら念じた。
神様、神さ……そうだ、願い事だ
自室に駆けて入り机の引き出しを開け宝石を取り出した。
「ギル。ギル!いるか?」
部屋の中央に意識を向けるとそこにヤギ頭の悪魔が現れる。
「ここに」
変わらず感情などこもっていない返事が返ってくるがこの際、その存在が神様でも悪魔でもなんでも良いのだ。
「三つ目の願いを叶えてくれ。お父さんとお母さんを無事に家に帰してくれ」
「よかろう。その願い叶えようぞ」
「お父さんもお母さんもトンネルの中に閉じ込められているみたいなんだ。大丈夫か?」
それでも樹希は心配でならない。顔は涙にまみれている。
「問題ない。明日の朝にはお前の願いは叶えられる」
今回はその淡々とした口調が自信に満ちたように聞こえる。それは樹希を励ます効果が十分にあった。
「そうか……」
その言葉を信じ一安心したことと泣き疲れたこともあって、いつの間にか寝てしまっていた。
「た……つき……樹希!」
母の声だった。飛び起きると目の前には両親二人。ギルの言った通り帰ってきたのだ。どうやら深夜には無事に救出され病院で軽傷の手当てを受け、朝方に帰宅したようだった。樹希は二人に抱きつき今度は安堵の涙を流した。
夕方、樹希は宝石を拾ったあの神社に来ていた。なぜか行ってみようと思えたのだ。宝石を握りギルを呼ぶ。契約を忘れてなどいなかった。
「ギル、今回は僕の何を奪うんだ」
思考を巡らせるが両親の無事を願ったんだ、二人の命を取るなんてことはないだろうと思う。お気に入りのレアカードでも何でも取れと覚悟は決まっていた。ギルは口元を若干緩め言った。
「今回、お前からは《恐れ》をもらおう」
樹希にはまるで意味がわからなかった。
「は?おそれ?」
ギルは微笑を浮かべながら続ける。
「フォフォフォ、恐怖心とも言うのか。人間とは本当に面白きものよ。何の変哲もない木箱に恐れを抱いてしまうとは興味深い」
それを聞いて跳び箱のことだとわかった。
「お前、馬鹿にしているだろう」
樹希はむくれた表情をして見せた。
「フォフォ、樹希。中々ひま潰しとしては良かったぞ。さらばだ」
今、目の前からゆっくりと足から半透明になり姿を消そうとしている悪魔はピグを奪った、けれど言わなければならないことがある。
「ギル、お父さんとお母さん助けてくれてありがとう」
体全体がすでに消え、頭のみとなったギルは最後に言った。
「お前が願っただけよ。それとなピグのエサやりの心配は無用だ。我は樹希と違うのでな」
こうしてギルは樹希の前から完全に姿を消した。最後の一言は悪魔としては余計なことだとお互いにわかっていた。
「あいつ、ピグって名前を覚えていたんだな」
そして月曜日。
「じゃあ、行ってきます」
週末とは打って変わって雲一つない青空の下、学校に向かった。気づけば気分も晴れ晴れとしていた、跳び箱の授業があるにも関わらずだ。
――そして迎えた体育の時間、樹希は見事に跳び箱を飛んでみせたのであった。
胸を張ってガッツポーズした時に咄嗟にギルの姿が頭に浮かんだ。誰に話すわけでもなく小さく言った。
「わかっているよ、勉強も頑張るって」
樹希のランドセルにはあのルビー色の宝石を入れたお守り巾着袋が下げられていた。




