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あいつの人生、終わらせましょう! ~ざまぁ探偵・浅間天音のスッキリ事件簿~  作者: 遠野九重


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9/10

第9話 この世で一番タチが悪いやつ

登場人物


浅間天音:合法的、非合法的な手段でクズの人生を終わらせる女探偵(休業中)

七瀬遊真:歌舞伎町の高級ホストクラブ「グラスシャード」のナンバーワン。変装の名人。

氷室暁:天才的なハッカー。難解ななぞなぞに正解しないと仕事を受けない。

影山:無口な大男。実は甘党。

黒瀬聡一郎:かつての天音の仲間であり、他人をコントロールする(すべ)に長ける。現ノーブルブリッジ総帥。



第9話 「前哨戦」


 正義の話をしよう。


 この世で一番タチが悪い人間は、無自覚な悪人じゃない。


 ――世間的には悪だろうが、自分は正しい。


 そう確信してるヤツ。

 誤用の方の「確信犯」だね。

 正しい意味はインターネットで調べてくれ。


 こういうヤツは止められない。

 確信を燃料にしてどこまでも突っ走る。


 マイナス点は――最後に付けてやるよ。

 地獄への土産にしてやる。




◇◇◇




 八月。


 東京の夏は暴力だ。

 窓の外、アスファルトが陽炎を吐いてる。


 エアコンの室外機だけが律儀に回る真昼のマンション。


 あたしは今、マンションの一室にいる。

 大ノ手探偵事務所じゃない。


 本業はちょいと夏休みを取らせてもらった。

 権田さんには事情を話してある。

 あの人は「そうか」とだけ言って、いつもの濃い茶を淹れた。


 何も聞かなかった。

 何も止めなかった。


 あの沈黙が「行ってこい」だとわかるまで3秒かかった。


 黒瀬からの電話があった日から、あたしは探偵として動いてない。

「元ノーブルブリッジの人間」として動いている。


 依頼人、あたし。

 

 古い看板をわざわざ担ぎ出してきたバカ(黒瀬)をぶちのめすお仕事。 


 依頼料は過去の清算。

 実質無給だけど、別にいい。

 終わった時にはスッキリしてるだろうし、その気持ちだけで十分だよ。

 

 まずはいつものスイーツタイム。


『ロースン 真夏の激辛マンゴープリン』。


 マンゴープリンにハバネロソースを練り込んだらしい。

 商品開発会議で誰も止めなかったのかな。


 一口目。

 うん。マンゴー。

 南国の甘さが口に広がって、ちょっと幸せになる。

 辛さを覚悟してたけど、ちょっとピリッとしたくらい?


 二口目。

 まだ大丈夫。


 三口目。

 ……あっ。

 ヤバいかも。


 四口目。

 辛っ。

 辛い辛い辛い。


 舌が燃えてる。

 一気に火が付いた。


 喉が燃えてる。

 水。水どこ。


 騙し討ちじゃん。

 いや、最初から激辛って書いてあったけどさ。

 後から来るのは予想外だよ。


 マイナス……いや、騙し討ちのエンターテイメントってことで200点はあげよう。


 最初は油断させておいて、後からジワジワ効いてくる。

 まるで黒瀬みたいなスイーツだったね。


 口直しに普通のプリンを食べた。

 甘い。

 うまい。

 やっぱり普通が一番かも。



◇◇◇



 ターゲットの話をしよう。


 黒瀬聡一郎。

 年齢不詳。たぶん30前後。


 あたしが大昔に『復讐代行業ノーブルブリッジ』を立ち上げたときの初期メンバーの1人。

 頭のおかしいボンボンに姉を殺されて、その恨みを晴らす機会をずっと伺ってた。


 当時のあたしは色々と甘かったからね。

 黒瀬の復讐にもちゃんと手を貸した。

 頭のおかしいボンボンは……頭がボンとなって心の病院にいる。

 今もあたしの幻覚に怯えているらしく、二度と出てくることはないだろう。


 やりすぎた、という自覚はある。

 旧ノーブルブリッジであたしが「死んだ方がマシ」な目に遭わせたのは72人。

 全員、裁かれるべき悪だった。

 自分の行いが間違っていたとは思っていない。

 

 ああ、そうさ。

 この世で一番タチが悪いのは、あたしのようなヤツだ。

 

 そして黒瀬も同類だ。


 第2、第3の姉が出ないように。

 暗い瞳で呟きながら、その頭脳で次々にターゲットを破滅させていった。

 データ分析で人間の行動を予測して、チェスでも指すみたいに相手を追い詰める。


 当時は頼もしかった。

 最高の相棒だと思ってた。


 けど、アイツの心の闇までは見抜けなかった。


 黒瀬はあたしの知らないところで勝手に動いて、まだ何も悪事をなしていない人間を「予防的に処理」していた。


 それが分かったのは――報復で仲間のひとりが命を落とした時だった。

 久留間蓮。

 大人気Vtuber《Ren》の中の人……だったヤツ。

 チームの諜報担当で、潜入調査みたいなことをしていた。

 今の仲間だと七瀬みたいなポジションだ。


 ちなみに久留間蓮が亡くなったあとは、双子の弟がこっそりと《Ren》を継いだらしい。

 声も話し方も同じだから誰にもバレてないとか。

 ここ最近、《Ren》はあたしが解決した事件のことを取り上げてくれているけど、どんな気持ちでやってるんだろうね。


 ……話がズレた。


 ともあれ、ノーブルブリッジという名前はあたしにとって仲間の墓標だ。

 黒瀬にもそうだと思っていたけど、勘違いだったらしいね。


 いいさ。


 その看板を担ぎ出すなら、くれてやるさ。

 ただし、あんたの墓標としてね。




◇◇◇




 今回は大仕事だ。

 

 仲間全員に連絡を取って、マンションに来てもらった。


 最初に来たのは七瀬。


「天音ちゃん、夏休みのお泊まり会? 僕ワクワクしちゃう」


「仕事だよ。今回はデカい」


 七瀬がいつもの笑顔で部屋を見回した。


 ミニキッチン。

 折りたたみテーブル。

 ホワイトボード。

 生活感ゼロのセーフハウス。


「殺風景。天音ちゃんの趣味とは思えないね」


「あたしの趣味は関係ない。座って」


 七瀬が椅子に腰を下ろしたところで、あたしは言葉を二つ出した。


「ノーブルブリッジ。黒瀬聡一郎」


 七瀬の顔が変わった。

 一瞬だけ。

 ホストの笑顔が剥がれて、歌舞伎町の裏を知ってる男の目が出る。


「黒瀬? それってもしかして……」


「知ってるんだ」


「名前だけ。歌舞伎町じゃ都市伝説みたいなもんだよ。

『裏の何でも屋を束ねてる影の支配者がいる』ってね」


 七瀬がこの顔をするのは珍しい。

 軽口が出てこない七瀬は、ちょっと怖い。


「……ヤバいヤマってことだね」


「七瀬、恐いなら降りてもかまわないよ」


「冗談。最後まで乗るよ。吊り橋効果で天音ちゃんの気を惹けるかもしれないからね」




◇◇◇




 次に——というか、気づいたらいた。


 ソファの端に、小さな人影が座ってる。


 フード付きのパーカー。

 身体が埋まるくらいのオーバーサイズ。

 フードの下から覗く顔は白い。蛍光灯の下にいても日光を知らないような白さだ。


 年齢不詳。十代後半にも二十代前半にも見える。

 大きな目がこっちを向いてるけど、焦点がどこに合ってるのかよくわからない。

 現実の人間より画面を見慣れてる目。


「氷室?」


「天音。こんにちは」


 声は電話で何度も聞いた通り。

 でも目の前にいるのは初めてだ。


「来てくれたんだ」


「うん。今回は、画面の向こうじゃ足りない」


 氷室暁。

 この世にいるのかも怪しいと思ってたけど、ちゃんと物理的な体があった。

 想像よりずっと小さい。

 パーカーのポケットに両手を突っ込んで、膝を抱えるように座ってる。


「なぞなぞ」


「……今?」


「綿が死んだらどんなお菓子になるでしょう」


「わたがし?」


「正解。今回も頑張る」


「……氷室くんだっけ。それ、間違えさせる気ないっしょ」


 七瀬が苦笑する。


「氷室暁。

 激ムズのなぞなぞに答えないと仕事を受けてくれない天才ハッカー。

 ……天音ちゃんへの出題が甘いのは、最初から受ける気だからじゃない?」


「ノーコメント」


 ふるふる、と氷室は首を振る。

 七瀬は肩を竦めた。


「まあ、天音ちゃんの味方ならそれでいいよ。よろしく」

「うん」


 初顔合わせとしては順調といったところだろうか。

 ケンカにならなくてよかった。


 呼んでいる仲間はあと1人。

 影山。

 あいつのことだから、いつのまにか部屋にいるかもしれない。


 ……と思ったら、普通にドアをノックして入ってきた。


「こっそり来るかと思ったよ」

「礼儀は弁えている」


 スッと大きな箱を差し出してくる。

 東京バナナだ。


「手土産だ」

「あんた、意外に気が利くね」


 嬉しいけど、普段と違うことをされると死亡フラグの気がするよ。

 まあ、こいつは死んでも死なないイメージだけど。


 


◇◇◇




「氷室、これまでの調査結果を聞かせて」


「うん」


 氷室がパーカーのポケットからタブレットを取り出した。

 小さな手でスワイプする。


「ノーブルブリッジ。犯罪支援プラットフォーム」


 報告は短い。

 でも中身が重い。


 提供サービス。


 デジタル痕跡の消去。

 個人情報の売買インフラ。


 人員の斡旋。

 集団ストーカー要員とか。


 AI画像生成ツールの開発と提供。


 法的対抗措置の妨害。


 犯罪のAmazonかよ。

 品揃えが良すぎて吐き気がする。


「クライアントは全国に数十件。

 金で犯罪のインフラが買える」


 数十件。

 あたしが潰してきた数件なんて、氷山の一角だったわけだ。


「中枢にハッカーが一人。

 レベルは高い」


「氷室と比べて?」


「わからない。

 まだ戦ってない」


 ここで「勝てる」と即答しない。

 それが氷室だ。


「黒瀬の拠点候補。

 都内のオフィスビル。

 表向きはコンサルティング会社」


「社名は?」


「ノーブルコンサルティング」


 ひねりがゼロ。

 舐めてるのか、挑発なのか。

 たぶん両方だね。




◇◇◇




 作戦はシンプル。

 物理と電子の二面攻撃。


 七瀬がノーブルコンサルティングに潜入して、中のデータを物理的に引っ張り出す。

 同時に氷室がサーバーに仕掛ける。


 七瀬の変装はいつも通り完璧。

 今回は掃除のおばちゃん。

 いったいどうやって化けたのか、身長まで縮んでる。


「我ながら天才的な変装だね。天音ちゃん、帰ったらデートね」


「成果次第」


「ひどい。僕の顔面に免じて前払いとかないの?」


「おばちゃんじゃん」


「そうだったね」


 七瀬が出て行く。

 影山は部屋に残った。

 あたしの横で微動だにしない。


 氷室はタブレット3台とノートPC2台に囲まれて、もうキーボードを叩き始めている。


 ……待つ時間は苦手だ。

 何もしてない自分が一番キライ。




◇◇◇




 2時間後。

 七瀬から連絡が入った。

 スマホじゃなく、専用の通信機から。


「ヤバいの出てきたよ」


 声のトーンが違う。

 軽口じゃない。報告の声だ。


「天音ちゃんが解決した事件あるじゃん。全部、監視されてる」


「……全部?」


「全部。

 被害者のプロフィール。

 加害者の行動パターン。

 天音ちゃんの介入タイミング。

 結果の記録。

 まるで観察日記みたいに整理されてる」


 背筋が冷えた。

 夏なのに。

 エアコンのせいじゃなく。


「それだけじゃない。

 結構な部分でノーブルブリッジの連中が介入してるね」


「どんなふうに?」


「天音ちゃん、半グレの()連中とやり()合ってた()でしょ。

 あの時の依頼人、覚えてる?」


 もちろん。

 沢村杏。

 弟想いのお姉ちゃんだ。


 公園で打ちひしがれてたら、知らない男からうちの名刺を渡されたらしいけど――


「依頼人を天音ちゃんのところに紹介したの、ノーブルブリッジのメンバーみたいだね」

 

 それだけじゃない。

 

 桐谷莉子(第5話の加害者)にAIを使ったパクり技術を吹き込んだ「お友達」はやっぱりノーブルブリッジのメンバーだった。

 

 あるいは伏脇航(第3話の加害者)押尾弥生(第6話の加害者)佐伯隆志(第7話の加害者)に『名簿屋』の存在を教えたり――

 柊一真(第4話の加害者)の犯罪履歴を消すだけじゃなく、集団ストーカーの人員を手配したり――。

 

 他にもある。

 あたしが探偵業を始めてからの2年間、受けた依頼のほとんどにノーブルブリッジが噛んでいた。

 多くの場合、クズに近付いて自分たちの『サービス』を利用するようにそれとなく誘導していた。

 がっつりと介入を始めたのは最近半年くらいみたいだけどね。


「僕からの報告は以上だね。

 なんだかあっけなく潜入出来て驚――」


 ブツン。

 突然のことだった。

 通信が途切れた。


「七瀬? 無事かい?」


 返事はない。

 参ったね。

 あたしが七瀬に渡した通信機は特別性だ。

 ちょっとやそっとの電波障害なんてものともしない。

 

 可能性としては……七瀬本人が捕まったか。

 あいつがそんなドジを踏むとは思いたくないけど、最悪の事態は想定した方がいい。


 気付くと奥歯を噛み締めていた。

 嫌な感覚だ。

 

 旧ノーブルブリッジで、久留間蓮を失った時に似てる。

 あいつも潜入担当だったね。

 嫌な一致だ。


「天音、まずい」

 

 すぐ横に座っていた氷室が声を漏らした。


「負ける」


「あんたが?」


 現在、氷室はノーブルコンサルティングのシステムに侵入してもらっている。

 こいつは世界一の天才ハッカーだ。

 なのに、負ける?

 

「向こうの対応、早い。人間じゃないかも」


「AIとか?」


「ありうる」


 氷室のタブレットを覗き込む。

 画面の文字列が目まぐるしく切り替わっていた。

 あたしには読めない世界だ。

 

 有線接続されたキーボードの上で、氷室の指が激しく踊っていた。


「無理。撤退」


 氷室の顔に、初めて感情らしいものが浮かんだ。

 悔しさ、かな。


「ごめん、天音」

「謝らなくていいよ。今回の相手はヤバい。それが分かっただけで十分」


 あたしはポンポンと氷室の頭を撫でてやる。

 おっと。

 馴れ馴れしすぎたかね。


「天音」


「嫌だったかい?」


「ううん。もっと」


 甘えられてるのかね。

 まあ、氷室にしてみれば初めての敗北だ。

 傷心してるのかもしれない。


「ちょっと休んだら、またがんばる」




◇◇◇




 整理しよう。


 七瀬との通信は回復しない。

 捕まった可能性が高い。


 氷室のハッキングはブロックされた。

 リトライは後になりそうだ。


 こうなると、後は――


「あたしの出陣しかないね」


 スッと影山がソファから立ち上がった。

 俺のことを忘れるな。

 そう言いたげな視線を向けてくる。


「もちろん、あんたも一緒だよ。

 きっと鉄火場になるだろうからね」


 それじゃ、久しぶりに感動の対面といこうか。


 黒瀬。

 あんたのことだから、あたしが来ることだって分かってるだろう?



次回、(ひとまずの)完結です。


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