第8話 恩着せがましいにもほどがある
登場人物
浅間天音:合法的、非合法的な手段でクズの人生を終わらせる女探偵。
沢村杏:コンビニ店員。途方に暮れていたところで、謎の人物に大ノ手探偵事務所を紹介される。
沢村翔太:杏の弟。よくない世界に足を踏み入れる。
金城達樹:半グレの頭。表の顔は建設関連の人材派遣。
恩。
誰かに助けてもらったこと。
恩返し。
今度は自分があの人を助けよう。
人間として自然なことだよね。
お互いに支え合う。
いい話。
けれど、一方で「恩」で他人をコントロールしたがるクズもいる。
「面倒を見てやったんだから恩を返せ」
転んだところに手を差し伸べてやったんだから、オマエは一生奴隷になれ。
とんでもない暴利だよ。
そういうやつが、今の世の中やたら多い。
マイナス一兆点。
八月上旬。
梅雨明けから東京は猛暑続きで、ビルの谷間に陽炎が立ち上る。
日陰に逃げても空気ごと熱い。
『無限プリン』
プリンの層とカラメルソースの層が無数に重なってる。
まるでミルフィーユだね。
甘さとほろ苦さが交互に来るから止まらない……って触れ込み。
スプーンですくって、一口。
うん。
普通のプリンだね。
もうちょっと詳しく述べると、プリンの終わりぎわだけ集めました、みたいな。
プリンって最後は本体とカラメルソースが混じるでしょ。
それが最初っから始まってる。
カラメルソースを上から掛けたプリンと大差ないとも言う。
なんというか。
手間に対して成果が見合ってないね。
プリンとカラメルソースのミルフィーユを作ったけど、同じことは別の方法でカンタンにできちゃう。
惜しい。
38点。
心の中でレビューを終えた直後、
事務所のドアがバンと開いた。
ノックなし。
若い女性が飛び込んできた。
息が荒い。
目の下にクマ。
ファンデで隠してるけど追いついてない。
小刻みに震える指で、バッグの持ち手を握りしめている。
「沢村杏と申します。弟を……助けてほしいんです」
声がかすれていた。
◇◇◇
登場人物を紹介しよう。
相談者。
沢村杏、26歳。
コンビニ店員。
3年前に母親を病気で亡くして、19歳の弟・翔太と二人暮らし。
母親の代わりに弟を支えてきたお姉ちゃん。
プラス3億点。
悪役。
金城達樹、34歳。
半グレの頭。
表の顔は建設関連の人材派遣。
裏では特殊詐欺の実行部隊を組織してる。
居場所のない若者を拾って恩を着せ、犯罪の駒にして使い潰す。
過去に捨てられたメンバー、判明してるだけで3人。
3人とも逮捕されてる。
金城本人には捜査の手がまったく届いてない。
マイナス8億点。
◇◇◇
杏ちゃんの話を聞いた。曰く——
1年前。
翔太の帰りが不規則になった。
「新しいバイトの先輩と飲んでて」
態度が荒くなり、目を合わせなくなった。
杏ちゃんは気づいてた。
けど踏み込めなかった。
「わたしのせいで……お母さんがいなくて、窮屈だったんじゃないかって」
初手から自分を責めてる。
あんたに責任はないのにね。
やがて翔太は帰ってこなくなった。
LINEに既読はつかない。
翔太の「先輩」に電話しても繋がらない。
杏ちゃんは交番に行った。
「成人されてますので、ご本人の意思であれば」
門前払い。
正しい手順を踏んだのに、助けは来なかった。
昔なら19歳は未成年だけど、今はもう成年扱いだ。
まあ、そうは言っても姉からすれば弟ってのは弟だよ。
翔太から一行だけLINEが来た。
「もう会わないほうがいい」
杏ちゃんは諦めなかった。
翔太のバイト先を回り、友人に連絡し、SNSの痕跡を辿り――
金城達樹の集団に行き当たった。
いわゆる半グレってことも分かったけれど、姉は強いね。
杏ちゃんは金城たちの拠点に乗り込んだ。
幸い、翔太と会うことはできたよ。
けれども目を合わせてくれなかった。
顔の左側が腫れてる。
唇が切れてる。
「大丈夫だから。姉ちゃんは関係ないから」
追い帰された。
相手が半グレってことを考えると、よくも無事に帰してもらえたね……というのが正直なところだけど、杏ちゃんとしちゃ納得できるわけがない。
日を改めて翔太に会おうとしたけれど、金城たちは行方を晦ませていた。
あらためて警察に相談しようと思った矢先――
知らない番号から着信があった。
男の声。
「翔太くんの姉ちゃんだよね。
弟には明日の夕方、大きな仕事をやってもらうんだ。
だから今は預かってる。心配しないで」
声のトーンが落ちた。
「あとひとつ。
警察に話したら弟さん、東京湾でずっと潜水バカンスかもね」
切れた。
大きな仕事。
相手が半グレだってことを考えりゃ、翔太はヤバい役割を押し付けられたんだろう。
最悪、逮捕されて人生が終わるかもしれない。
タイムリミットは明日の夕方。
「警察には言えません。でも翔太が……わたしのせいで……」
声が消えた。
話し終えた杏ちゃんの肩が細かく揺れていた。
泣いてない。
涙はとっくに枯れたんだろう。
これで杏ちゃんの事情は分かったけれど、ひとつ疑問が残る。
どうしてうちに来たんだろう。
弁護士事務所とかに相談して、そこから紹介されて……ってラインでもなさそうだし。
「実は――」
杏ちゃんの話によると、八方塞がりの中で公園のベンチに座り込んでいたら、穏やかそうな男に声を掛けられたそうだ。
40代くらい。
杏ちゃんの事情を聞くわけではなく、深刻そうな表情を見てうちの名刺を差し出したとか。
「本当に困っているなら、ここにいる浅間天音という女性を訪ねなさい」
そう言ったとか。
昔、あたしが助けた相談者の誰かだろうか。
まあいい。
状況は把握した。
「あんたの依頼は弟の救出。それでいいね?」
「受けてくださるんですか」
「当たり前だよ。あたしは追い詰められてるヤツの味方だからね」
奥のデスクに視線を向ける。
権田が赤ペンの軸をくる、と指先で弾いた。
OKサインだ。
相手は半グレ、法の眼が行き届かない連中。
そういうやつらをぶちのめすのが――あたしの出発点だったね。
ひさしぶりに初心に戻ろうじゃないか。
◇◇◇
まずは事前調査。
いつものように氷室に電話して、調査を頼んだ――のだけれど。
「これ、変」
「どうしたんだい?」
「情報が消されてる。綺麗すぎ」
「……前にも同じような言葉を聞いたね」
「ノーブルブリッジ。たぶん」
あいつらか。
人生支援サービスなんて胡散臭い看板を掲げてる、裏の連中。
さらに気に食わないのは、あたしが大昔に作ったチームと同じ名前を使ってることだ。
「情報の復元はできるかい?」
「可能。けど、時間は必要」
「どれだけ?」
「早くても3日。入念に消してる」
「オーケー、分かったらまた教えて」
電話を終える。
タイムリミットは明日の夕方だから、氷室の調査は間に合わない。
参ったね。
ただの半グレが、どうして自分たちの痕跡を徹底的に消してるのやら。
大きな仕事を終えたら、そのまま逃げるつもりだから?
それとも――
あたしが介入してくることを予想していたとか。
答えは分からない。
確かなのは、今回は歯応えのある仕事になりそうってこと。
◇◇◇
杏ちゃんを事務所に残して、外に出た。
まずは金城たちが以前にたむろしていた場所――郊外の廃工場に行ってみよう。
探偵は足で稼ぐ。
困った時ほど基本に立ち返るってもんだよ。
裏通りに入ったところで、大柄な男がスッと音もなく横に並んだ。
あたしの仲間のひとり――影山だ。
事前に声を掛けてはいたけれど、普段なら少し離れたところで見守っているはず。
わざわざ姿を現したということは――。
「あたし、狙われてる?」
「……」
コクリ。
影山がうなずく。
直後。
路地の曲がり角から、へらへらとした若い男たちが姿を現した。
3人。
「あんた、あの姉ちゃんから泣き付かれたんだろ?」
先頭のやつがへらへら笑った。
杏ちゃんを見張ってたのか。
うちに来たことまで掴んでる。
対応が速い。
速すぎる。
「探偵さんなんだっけ?
浮気調査とか犬探しとかしてろよ。
じゃないと怪我するぜ」
「するだろうね。あんたらが」
ハイキック。
あたしは先頭のへらへらの口に、ヒールの踵をぶちこんだ。
なにが半グレだ。
こっちはもともと真っ黒な世界の住人だよ。
影山も動いた。
左の男の頭を掴んで、電柱に叩きつける。
「なっ……」
右の男が目を見開いた。
遅いよ。
鉄板入りのバッグで頭を横からぶんなぐる。
脳震盪でノックアウト。
地面に倒れていた、先頭のヘラヘラを睨みつけて問いかける。
「翔太くんはどこ」
「ひ、ひらねえよ」
さっきのキックで歯が折れたらしく、呂律が回ってない。
「そっか。さよなら」
喉をヒールで軽く踏みつける。
「ひぃっ! ひょ、倉庫! 港の七番倉庫だよ!」
「何人?」
「ひ、知らねえ! 翔太もそこにいる!」
OK。
あたしは男のこめかみを蹴りつけて意識を奪うと、その場を離れた。
調査(?)は順調。
プラス2000万点。
◇◇◇
倉庫街に辿り着いた時にはもう夜だった。
いいね。
あたしみたいに後ろ暗い人間にとっちゃ、夜は故郷みたいなもんだ。
街灯はまばらで、人の気配がない。
7番倉庫。
入り口の前に見張り2人。
影山を見た。
「いくよ」
「気を付けろ」
久しぶりに声を聞いた。
それだけ心配してくれてるのだろう。
まずは1人。
視界の外から駆け寄って、首を絞めた。
人間は頸動脈を遮断すればいとも簡単に意識が落ちる。
相手がずるりと崩れた。
もう1人が異変に気づく前に、背後から影山の腕が伸びた。
あたしと同じように、絞め落す。
音、なし。
上出来。
プラス4000億点。
中に入る。
鉄骨の柱。積み上がったコンテナ。
奥に小部屋。ドアの隙間から蛍光灯の白い光が漏れてる。
蹴り開けた。
パイプ椅子に座らされた少年。
左頬が腫れてる。唇が切れてる。
手首をガムテープでぐるぐる巻きにされてる。
翔太くん。
その後ろに長身の男が立っていた。
写真で見た顔。写真よりずっと目がすわってる。
金城達樹。
ちょいワル系で、そういうのが好きなお姉さんにはモテそう。
「テメエが翔太を取り戻しにきた探偵か」
「へえ、連絡入ってたんだ」
やっぱり杏ちゃんは見張られてたんだろうね。
当然、金城にも連絡が言っていたわけだ。
「翔太くん、返してくれる?
そうしたら痛い目にも合わずに済むんだがな。
翔太も、おまえも」
金城が翔太の肩を掴んだ。
翔太の体がびくりと跳ねた。
「俺が翔太に居場所をやったんだ。
親に死なれて姉貴のバイト代で飯食ってたガキに、仲間と仕事と金を全部やった。
なのにこいつは出ていきたいなんて恩知らずなことを抜かしやがった。
裏切りにはそれなりの代償がつくんだよ」
気に食わないね。
恩着せがましさが全身から滲んでる。
マイナス50億点。
「今なら見逃してやるぜ。どうする」
「お断り――」
あたしの言葉の途中で、いくつものことが起こった。
まず金城がポケットに隠し持っていた銃を影山に向けて撃った。
一瞬遅れて、物陰に隠れていた手下があたしに発砲。
影山は両手に防弾グローブを付けていて――金城の銃弾を掴んで止めた。
あたしは身を低くして回避。
同時に、鉄板入りのバッグを投げつけた。
ブーメランみたいにグルグルと飛んで行って、手下の頭に直撃。
ノックアウト。
「なっ……!」
金城の顔が強張った。
翔太くんを人質に取ろうとしたらしく、銃をそのこめかみに押し当て――るよりも先に、影山の拳が放たれていた。
「ぐぇっ……」
カエルが潰れるような声と一緒に、金城のチョイ悪イケメンな顔がぐちゃりと歪む。
整形手術おめでとう。
ただ、意識はまだ飛んでいないらしい。
なのであたしがオマケで頭をひと蹴り。
気絶。
他に隠れている連中は……いないね。
終わりだ。
影山があたしを見た。
「無事か」
「うん。ありがと。翔太くんのロープ、外してあげて」
あたしはそう伝えてから周囲を漁る。
特殊詐欺の指示書。
ターゲットの名簿。
金城が手下に送った音声指示の入ったスマホ。
過去に使い捨てにしたメンバーの記録。
全部出てきた。
匿名で110番。
これにて解決、ってね。
プラス1000億点。
◇◇◇
翔太くんを連れて倉庫街を離れる。
影山はいつのまにか音もなく姿を消していた。
身体は大きいのに、あたしですら気付けない。
すごいよね。
大ノ手探偵事務所に戻ってドアを開けると、杏ちゃんが椅子から立ち上がった。
翔太くんの姿に気付いて、駆け寄ってくる。
「翔太! 無事でよかった……!」
「ごめん……姉ちゃん、ごめん……」
翔太くんが泣いた。
声を殺そうとして、失敗して、ぐしゃぐしゃに崩れた。
19歳の体がひどく小さく見えた。
杏ちゃんの口が開いた。
「いいよ、もう。帰ろう、翔太」
あー、ちょい待ち。
犯罪がらみの案件だし、2人には弁護士を紹介しておこう。
大河原さん。
いつもの腕利き。
今日はまだやっているそうなので、タクシーを捕まえて送りだした。
警察への連絡や対応も大河原さんに任せておけば大丈夫だ。
翔太くんが巻き込まれた経緯をまとめ、犯罪被害者として保護されるかたちにしてくれるだろう。
最終的な結果を述べよう。
金城達樹。
監禁。恐喝。詐欺教唆。
逮捕。
こいつのお仲間も芋づる式に捕まっているらしいけれど――
根っこにいるやつは、またも姿を晦ましたらしい。
◇◇◇
事件が解決してからしばらくたったころ――
あたしはボンヤリと外を歩いていた。
たまに背後を振り返って、尾行けているヤツがいないかチェックしたり。
別に狙われてるわけじゃないんだけどね。
昔からのクセだよ、クセ。
ちなみに、今あたしが歩いているのは金城の事件で手下3人に襲われた現場でもある。
人通りの少ない裏路地。
金城の事件そのものは終わった。
けれど引っ掛かることが多い。
あいつらのデジタル対策は完璧だった。
完璧すぎた。
警察の取り調べを「盗み聞き」させてもらったが、連中は足取りを消すにあたって別のプロを外注していたらしい。
このあたりにノーブルブリッジが噛んでいそうだ。
金城の口からは名前は出てこなかったけれど。
……ん?
ポケットでスマートフォンが震えた。
画面を見る。
非通知。
普段ならスルー一択だけど――
出た方がいい。
そんな気がした。
「あたしだよ」
「さすがですね、天音さん。
出てくれると思ってましたよ」
抑揚の薄い、氷のような声。
あたしはこの声を知っている。
「黒瀬。あんたか」
「正解です。プラス1000億点……といったところでしょうか」
「モノマネにしちゃ微妙だね。マイナス2000億点」
黒瀬聡一郎。
あたしのチーム、旧ノーブルブリッジのメンバー。
データに基づいてターゲットの動きを予測する……だけじゃなく、時には自分から干渉し、操り人形に変えてしまう。
敵に回すと恐ろしいヤツだ。
「わざわざ電話してきたのは何のためだい。
新しいチームを作ったからお誘いってところかね」
「さすが、お見通しでしたか。名前はすでにご存知ですよね」
「ノーブルブリッジ、昔のチームの使い回しかい」
「私はネーミングセンスがありませんからね。再利用させていただきました。
名前の使用料が必要でしたらお支払いいますが」
「いらないよ。あんたから物を受け取るくらいなら、悪魔と仲良くした方がマシさ」
「手厳しいですね」
電話の向こうで黒瀬が苦笑した。
「ですが、相変わらずで安心しました。
先日の事件でも素晴らしい活躍だったようですね」
「金城の事件、あんたが関わってたのかい」
「いえ、私は何も」
「けれど手下か子分がやったかもしれない、ってところだろ」
「ええ、よくお分かりだ。
やはり貴女が相手だと話が早いですね。心地いい」
「そりゃどうも」
「ところで先程の話、いかがですか。
今は探偵をやっているようですが、あなたの適性には合っていない。
昔のように暴れませんか、一緒に」
「バカ言うんじゃないよ。
闇バイトの集団を操ったり、一般人に犯罪を唆したり――。
昔のあたしたちがぶちのめしていた連中そのまんまじゃないか」
「そう仰ると思ってましたよ。
ぜひ私をぶちのめしに来てください。辿り着けるものでしたら」
プツッ。
ツー、ツー。
通話が終わった。
勧誘、兼、挑発ってところだろうか。
黒瀬のことだから他にもいろいろと思惑はあるんだろう。
そうじゃなきゃ、わざわざ自分が新しいノーブルブリッジに関与しているなんて言わなくていい。
「……しばらく探偵は休職かね」
さすがに過去の清算もせずに大ノ手に顔は出せない。
夏休みにはまだ早いが、ひと夏のバカンスといこうじゃないか。
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