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あいつの人生、終わらせましょう! ~ざまぁ探偵・浅間天音のスッキリ事件簿~  作者: 遠野九重


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7/10

第7話 どこに金を使ってるんだい

登場人物


浅間天音:合法的、非合法的な手段でクズの人生を終わらせる女探偵。

佐伯香織:パート事務員。経済的DV被害者。

佐伯隆志:会社員、経済的DV男だが、さらに……

村上絵里:香織の友人だが最近よそよそしい



 結婚と金の話をする。


「養ってやってる」


 この台詞を聞くたび虫唾が走る。


 夫婦の稼ぎは法律上、共有財産だ。

 片方が外で稼ぐ。

 片方が家を守る。

 どっちが偉いもクソもない。


 なのに夫が一方的に「感謝しろ」と迫る。


 図々しすぎるね。


 マイナス4000億点。


 七月中旬。

 梅雨明け宣言が出て、東京は一気に焼けた。

 ビルの隙間を抜ける風までぬるい。


 こんな日はスイーツで涼みたいところ。


『星降る夜のレアチーズ』


 パッケージは夜空に星が散らばるデザイン。

 蓋を開けると、青と紫のマーブル模様に銀色のラメがちりばめてある。


 映える。

 これはSNSに載せたい見た目だ。


 けどロースンだからね。

 

 きっとオチがあるはず。


 ひと口。


 あれ?


 普通においしい。


 どうしたロースン開発部。


 いつもの狂気はどこにいった。


 むしろ次の新作に向けてチャージしてるのか?


 いや、スイーツはまっとうに美味しいのが一番だけどさ。


 ちょっと残念な気がするのはなぜ?


 首を傾げていると、ドアの向こうに人の気配がした。


 ノックが来ない。


 5秒。


 10秒。


 ようやくドアが控えめに叩かれた。


 1回だけ。


「あの……こちら、大ノ手探偵事務所でしょうか」


 声が薄い。


「そうだね、歓迎するよ」


 入ってきたのは女性。


 顔色が悪い。

 

 服は清潔だけど色褪せてる。


 何年も同じものを着回してるね。


 化粧は最低限。


 自分に金を使えてない。


「佐伯香織と申します。

 夫のことで……ご相談が」


 語尾が沈んだ。




◇◇◇




 関係者を整理しておこう。


 相談者。

 佐伯香織、33歳。

 パート事務員。

 5歳の娘と夫の三人暮らし。


 結婚6年。

 夫に金を完全に握られてる。


 月の生活費、3万円。

 食費と娘の用品、込みで3万。


 自分のパート収入も全額没収。


「私に持たせておくと破産するから、って言われて……」


 香織ちゃんはギャンブルやアプリゲーに嵌ってるわけじゃない。


 ごくごくまっとうな主婦だ。


 過去にどこかでお金を借りた履歴もない。

 

 旦那の言葉はただの言いがかりだね。



 悪役。

 旦那の佐伯隆志、36歳。

 商社の中間管理職。


 会社じゃ「理想の夫」で通ってるらしい。

 学校行事には皆勤。

 同僚から慕われるナイスガイ。


 家では妻の支出を100円単位で監視。

 4桁の買い物には罵倒と説教。


 外面と中身の落差がすさまじい。


 マイナス8000万点。



 ここまで説明した時点で変なところがある。


 旦那は商社の中間管理職。

 年収はそれなりのはずだ。


 なのに妻に月3万しか渡さない。


 自分の遊びに使ったとしても、差額が大きすぎる。


 余った金、どこに消えてるんだろうね。




◇◇◇




 香織さんの話を聞いた。

 曰く――


 結婚して6年。

 隆志との出会いは職場の先輩後輩。


 交際中から金銭管理がきっちりしてた。

 当時は「堅実な人だな」と思ったらしい。


 それが罠の入口だった。


 結婚して半年。


「レシート、全部出して」


 買い物のたびにレシートの提出を求められる。

 食材の値段。

 日用品の銘柄。

 1枚1枚チェックされる。


 几帳面なだけ、と思ってた。


 違うと気付いたのは、すぐだった。


 ある日、ドラッグストアで化粧水を買った。

 1200円。


 夜、隆志の説教が始まった。


「なんで相談しなかった?」

「もっと安いのあるだろ」

「おまえは金の使い方を分かってない」


 2時間。


 たった1200円で2時間の説教。

 同じ時間でコンビニのバイトをしてるほうが儲かるよ。



 次。


 娘さんの5歳の誕生日。


 香織さんは3000円のぬいぐるみを買った。

 娘が好きなキャラクターのやつ。


 隆志が帰宅して、開口一番。


「返品しろ」


 3000円。

 5歳の誕生日プレゼント。


「贅沢するなって言ってるだろ。こういう甘やかしが子供をダメにする」


 甘やかし?


 5歳の子にぬいぐるみ1個買ったのが?


 あたしなら蹴ってるね。ヒールで。


 ぬいぐるみは返品させられた。


 ありえないでしょ。


 まだ続く。


 香織さんはパートで月8万ほど稼いでた。


「共通口座に入れろ。家族の金なんだから」


 もっともらしいね。


 でも「共通口座」の管理者は隆志だけ。


 暗証番号は教えない。


 通帳も見せない。


「お前に任せたら何に使うか分からない」


 その根拠はどこにあるんだろうね。


 ここまでの話を振り返ってほしい。


 香織さんのお金の使い道、問題あった?


 ないよね。


 月3万。

 食費と5歳の娘の用品。

 それだけで1か月を回す。


 むしろ上手にやりくりしまくってる。


 あたしが旦那なら1000京点あげてるよ。



 夏。

 娘さんが熱を出した。

 病院代が足りない。


 隆志にLINEで頼んだ。

 既読がつくまで40分。

 返事は「寝かせとけば治る」。


 香織さんは自分の昼食を3日抜いて、病院代を捻出した。


 子供の病院代のために、母親がご飯を食べられない。


 怒りの向こう側に行きそうだよ。


 追い詰められた香織さんは、友人の村上絵里に相談しようとした。


 学生時代からの唯一の友人。


 でも最近、絵里の態度がよそよそしくなっていた。

 LINEの返事が遅くなり、会う約束もはぐらかされる。


 頼れる相手がいない。


 そして決定打。


 正月。

 親戚から娘さんへのお年玉。

 合計15万円。


 隆志はそれを回収して、こう言った。


「俺が家のために使ってやる」


 は?


 子供の病院代さえ出さなかった男が「家のため」?


 その「家」とやら、どこの家なのやら。

 


 ――語り終えた香織さんの左手が、薬指の白い跡を静かになぞっていた。


 ずっと耐えてきたんだろう。

「仕方ない」って自分に言い聞かせて。


「香織さん」


 声を落とした。


「さすがにそれは耐えられないよ。

 あんたが受けてるのは経済的DVだ。

 ……ただ、うちよりは弁護士に相談する案件かもね」


「分かってます。

 実は、最初に法律事務所に行きました。

 そのときにいくつか訊かれたんです」


 夫の隆志はお金を家から取り上げて、いったい何に使っているのか。

 経済的DVを行っているヤツの大半は浪費癖やギャンブル依存症があったりする。


「でも、そういう様子もなくって……。

 家には夫のものがほとんどないんです」


 妙だね。

 もしかしたら貯金そのものが好きすぎる変人って可能性もあるけど、確率としては低そうだ。


 裏があるかもしれないね。

 

 香織さんからの相談を受けた弁護士も、それを感じてうちを紹介したんだろう。


「オーケー、あんたの夫について徹底的に調べてやる。

 けど、どんな事実が出てくるか分からないから、心の準備だけはしておきなよ」


 奥のデスクで、権田の赤ペンが指先でくるりと一回転した。


 調査開始だね。




◇◇◇




 最初はあたしのソロ。


 3日間、佐伯隆志を尾行した。


 1日目。

 定時退社後。

 新宿三丁目の居酒屋。

 同僚4人との飲み会。


 隆志が財布を開いた。


「今日は俺が出すよ」


 会計、3万2千円。

 

 妻のひと月分の生活費を、一晩で飛ばした。


 同僚たちにとっちゃ太っ腹な先輩。

 家じゃ1200円の化粧水に2時間キレる男。


 二面性ここに極まれり。


 2日目。

 退勤後、横浜のゴルフ練習場。

 打ちっぱなし。月額会員。


 3日目。

 ここで本命が出た。


 表参道のフレンチレストラン。

 女性と2人で入店。


 2時間半後。

 腕を組んで出てきた。

 そのままホテルへレッツゴー。


 撮った。


 女の顔に見覚えがあった。


 香織さんのスマホに残ってた、数少ない友人の写真。

 村上絵里。


 最近よそよそしくなった、唯一の友達。


 つながった。


 距離を置かれたんじゃない。

 最初から隆志側だった。


 香織さんが打ち明けた悩みは全部、筒抜けだったわけだ。


 唯一の味方だと思ってた相手が、夫の不倫相手。


 最悪すぎる。


 マイナス80億点。


 ここまでが足で掴んだ情報。



 あたしの場合、ここにプラスアルファがある。


 氷室に電話した。


「お父さんが嫌いなくだもの。わかる?」


「パパイヤだね」


「正解」


「捻りが訊いてるじゃないか。99点」


「どうやったら100点?」


「あたしが答えられなくて、答えを聞いてなるほど、ってなるやつかね」


「難しい」


「あんたの頭脳なら楽勝じゃないのかい?」


「不正解だと、仕事を受けられない。困る」


 氷室はいつもなぞなぞを投げて、答えられない相手は弾いている。

 そのルールに縛られている、ってところかね。

 

「あんたもなかなかややこしいね」


「困ってる」


 だったらルールをやめりゃいいのに。

 まあ、氷室なりに譲れないものがあるんだろう。


「雑談はここまで。仕事の話をするよ」


 ターゲットは佐伯隆志。

 貯金はどれくらいで、何に使っているか。

 全部洗ってもらうことにした。




 翌日、氷室から着信。


「天音。びっくり」


 たしかに驚きの結果だった。


 佐伯隆志の年収は820万。

 妻の香織さんには450万と伝えて、3万しか渡さないことを正当化してた。


 それだけじゃない。

 別の銀行にも口座を作っていて、そっちには2500万円。


 妻が昼飯を抜いて娘の病院代を工面してるそばで、ものすごい額を溜め込んでた。

 

 けど、なんだか年収と不釣り合いな貯金額だ。

 もうちょっと叩けばホコリが出そうだね。


 ……そう思って調べてみたら、ホコリどころの騒ぎじゃなかった。


 ドブ川だ。


 勤務先の経費精算。

 架空出張と架空接待の請求。


 さらに――

 社員や顧客の個人情報、ついでに会社の機密なんかを売りさばいてた。

 どこに?


 聞いて驚いたよ。


『名簿屋』だ。

 連中が警察に摘発されてからは隆志もおとなしくしていたみたいだけど、『名簿屋2号店』が出来てからはまた情報の横流しをやっていたらしい。


 とんでもないクズだね。

 家から金を奪うだけじゃなく、会社からも吸い上げて、さらに裏で小遣い稼ぎ。


 日本はいつからこんなに治安が悪くなったのやら。

 

 ああ、いや。

 前からか。

 これまでは表面に出ていなかっただけ。




◇◇◇




 手札は揃った。


 佐伯隆志の悪行、並べるよ。


 一、妻に年収を偽る。

 二、月3万の生活費で妻と娘を支配。

 三、妻のパート収入を全額没収。

 四、娘のお年玉15万を自分の口座に移動。

 五、会社の金を横領。

 六、妻の唯一の友人と不倫。


 それじゃあ崩していこう。


 まずは隆志の勤務先のコンプライアンス窓口に、匿名の通報。

 社員のフリをして、経費精算に不審な点がある、と証拠付きでメールした。

 ここは氷室の手を借りたよ。

 

 相当な額を横領してるっぽいからね。

 会社としても放置できるわけがない。

 即座に内部調査が入った。


 同時に、香織さんには弁護士を紹介した。

 いつもの腕利き。

 

 隠し口座。

 給与明細の改ざん。

 不倫の写真。


 全部渡してある。


「養ってやってる」の大前提が、数字と写真の前で跡形もなく砕けた。


 結果だけ並べよう。


 佐伯隆志。


 社内調査で横領が確定。

 懲戒解雇。

 業務上横領容疑で被害届が出された。


 同時期に、経済DVによる離婚訴訟もスタート。

 

 不倫相手の村上絵里も逃がさない。

 一緒に慰謝料請求だ。


「家計を管理するのは当然だろ? 養ってやってるのに感謝がない」


 管理してたのは家計じゃなくて、妻の人生だよ。


 養ってた?

 会社の金を横領して不倫相手と豪遊してたくせに。


 感謝がないのはこっちの台詞だ。


 香織さんには弁護士を通じて、財産分与と婚姻費用の請求を進めてもらってる。

 娘さんのお年玉も、当然返させる。




◇◇◇




 3週間後。


 香織さんから連絡があった。


 事務所を訪れた彼女は、初めて会ったときとは違って見えた。


 肌に色が戻ってる。

 目の下のクマが薄くなった。


「浅間さん。自分の口座、作りました」


「おめでとう」


「それと——」


 小さな紙袋を差し出された。


 中身は化粧水。

 1200円。


「自分のお金で買いました。初めて」


 6年ぶりの、自分のための買い物。


 1200円。


 金額の問題じゃないんだよね。

 自分で選んで、自分の財布から出した。

 その一歩がどれだけ遠かったか。


 プラス100億点。




◇◇◇




 その晩。

 氷室から別件で連絡が入った。


 声の調子がいつもと違う。


「天音。すごいこと、分かった」


 前から追ってたやつ。


 名簿屋(第3話)

 集団ストーカー(第4話)

 |パクり絵師御用達の画像生成AI《第5話》。

 名簿屋2号店(第6話と今回)


 ここ数か月であたしが叩いてきた事件の、裏側。

 氷室はひとりでデータの横断分析を続けてたらしい。


「名簿屋、再開が早すぎる。それがきっかけ」


 気になったら仕事じゃなくても調べる。

 氷室らしい行動だ。


「背後に黒幕。全部繋がってる」


 そいつは名簿屋の背後にいた。

 警察の摘発が入った時も、すぐに中枢メンバーを逃して、2号店をスタートさせた。


 それだけじゃない。


 伏脇(第4話の加害者)の犯罪履歴の消去。

 あまりに綺麗すぎる手口も、黒幕によるものだった。

 集団ストーカーの人員の斡旋もやってたみたいだね。


 パクり絵師御用達の画像生成AIを運営してたのも、同じ黒幕。

 それを桐谷(第5話の加害者)に紹介した連中はキレイに消息不明になったらしいけど、もしかしたら連中の一員だったのかもしれないね。


 黒幕の名前。

 それは――


「人生支援サービス・ノーブルブリッジ。裏で、そう名乗ってる」


 なにが人生だ。

 犯罪支援サービスじゃないか。


 ノーブル(高貴な)ブリッジ()って名前もいろいろ気に食わない。


 やってることは下衆そのものじゃないか。


 マイナス9999兆点。

 


「天音。……だいじょうぶ?」


「ああ、まあね」


「嘘。動揺してる」


 まあ、分かるか。

 氷室とは長い付き合いだからね。


 ノーブルブリッジ。

 その名前には覚えがあった。


 あたしが大ノ手探偵事務所に拾われる前――


 この世のすべてにイライラして、なにもかもぶち壊してやりたかったころ。

 似たような連中を集めてスタートした、法で裁けない連中をどうにかするチーム。


 名前はノーブルブリッジ。

 今はもう解散してる。

 些細な事故からメンバーに「永久欠番」が出て、仲違いで分裂。


 二度と会うことはないと思っていたけれど――


 あたし以外のメンバーの誰かが、動いているのだろうか。


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


「スカッとした!」「スッキリした!」と少しでも思ってくださいましたら、【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。

 リアクションも大歓迎、よろしくお願いいたします~!

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