第6話 いじめはありません
登場人物
浅間天音:今回はかなりお怒り
片桐有紀:子供を守ろうと頑張るお母さん。
片桐凪:健気な娘さん。
押尾さくら:いじめの首謀者、自分の手は汚さず取り巻きに指示を出す12歳。
押尾弥生:さくらの母親、PTA会長
押尾祐樹:さくらの父親、市会議員。
いじめの話をする。
加害者がいて、被害者がいる。
傍観者がいる。
ここまでは子供の世界の話だ。
でもその外側に、もう一枚ある。
隠蔽する教師。
圧力をかける権力者。
口を封じる「良識ある保護者」。
大人が全力で、子供のSOSを握り潰す構造。
あんたら全員、共犯者だ。
マイナス2500億点。
子供を育てる資格はないよ。
六月下旬。
梅雨のど真ん中。朝から雨が降ったり止んだりで、湿気が服にまとわりつく。
せめてもの気晴らしにスイーツを食べよう。
『帰ってきた! 和風ティラミス(白味噌味)』
名前からしてヤバそう。
本来、ティラミスというのは中にマスカルポーネチーズのクリームが入っている。
それをすべて白味噌に置き換えた。
おいしいかって?
以前に発売されたときは『ロースンの狂気シリーズ最悪の一品』と言われた。
どうしてこんなものを復刻したのやら。
帰ってこなくていい。
むしろお帰りください。
じゃあなんで買ったのかといえば……。
ほら、今回を逃したらもう2度と食べられないかもしれないし。
恐いもの見たさというか、まずいもの食べたさというか。
そんな感じ。
ぱくっ。
もぐもぐ。
……やめときゃよかった。
誰だい、こんな企画にGOサインを出したのは。
商品、企画者、責任者、ついでに買っちゃったあたしも一緒にまとめてマイナス5億点。
ため息をつきながら食べたところで、事務所のドアがノックされた。
三回。丁寧で等間隔。
「失礼します」
入ってきたのは女性。30代半ば。
ベージュのブラウスにグレーのスカート。
派手じゃない。清潔で、アイロンのかかり方に手を抜いてない。
口元に笑い皺の名残がある。
昔はよく笑ってた顔だ。今は笑えてないだけ。
「片桐有紀と申します。
娘の学校のことで、相談させてください」
声は落ち着いてる。けど語尾がほんの少し沈んだ。
◇◇◇
今回の顔ぶれを整理する。
相談者。
片桐有紀、35歳。
パート事務員。
娘の凪ちゃんは12歳、中学1年生。
被害者でもある。
凪ちゃんは入学して2か月でいじめのターゲットにされた。
有紀さんは学校に何度も訴えて、校長にも直談判した。
正しい手順。正しい行動。
プラス2000万点。
けれど返ってきたのは「正しくない結果」だった。
詳細はあとで話そう。
加害者。
こいつらは層が厚い。
一層目。
押尾さくら、中1。
いじめの首謀者。
自分の手は汚さず取り巻きに指示を出すタイプ。
12歳にしてその冷たさ。
将来が恐ろしいね。
二層目。
担任の長谷川と、校長の猿井。
見て見ぬふりのクズ。
三層目。本丸。
押尾弥生、43歳。
PTA会長。
いじめの首謀者、押尾さくらの母親。
夫は押尾祐樹。
地元市議会議員。
家族ごといろいろご配慮してもらえるご身分ってことだ。
弥生は周囲から「教育熱心で頼りになるお母さん」と言われている。
裏ではいじめの隠蔽に全力投球。
マイナス8000万点。
◇◇◇
有紀さんの話を聞いた。
曰く――
4月。
娘の凪ちゃんが中学校に入った。
小学校までは明るい子だったそうだ。
友達も多くて、絵を描くのが好きで。
入学式の写真を見せてもらった。
あどけなくて、まっすぐ笑ってる。
2か月で、その笑顔が消えた。
始まりは持ち物。
体操着が消えた。
筆箱がゴミ箱から見つかった。
凪ちゃんは「落とした」と言った。
子供が「落とした」と言うとき、落としてないことのほうが多い。
次にグループLINE。
クラスのグループからある日外された。
クラスメイトの押尾さくらが
「間違えて消しちゃった」
と笑って済ませた。
再招待はなかった。
翌週。
「あの子、なんか不潔じゃない?」
根拠のない噂。
押尾さくらが蒔いて取り巻きが広げた。
それだけじゃない。
凪ちゃんが話しかけても無視されることが多くなっていく。
家でもどんどん表情が暗くなる。
有紀さんは凪ちゃんにまっすぐ向き合って、根気強く話を聞き出した。
「どう考えてもいじめじゃないですか。
だから担任の長谷川先生に相談したんです。
そうしたら『お母様の考えすぎですよ。雨降って地固まるっていうじゃないですか』」
はあ?
その雨、凪ちゃんの涙だよね。
いじめられた子が泣いて、いじめたやつらは笑いながら「結束」を固める。
これが学校での「雨降って地固まる」だ。
何の解決にもならない。
有紀さんも同じことを感じたらしく、校長の猿井のところで直訴した。
「お母さんの気持ちは分かりました。調査しましょう」
そして実行されたのは、全校アンケートを実施。
設問はひとつ。
――いじめを見たことがありますか?
ナメてんのか。
有紀さんの気持ち、何にも分かってない。
せいぜい「娘がいじめられて辛いんですね」くらいの浅い理解なんだろう。
自分の子供が同じことををやられて平気なのかね。
アンケートの話に戻ろう。
加害グループの監視下で「はい」に丸をつけられる子供がどれだけいる?
結果。
「見たことがない」が大多数。
「ある」の少数回答は「ふざけて丸をつけただけ」という扱いで切り捨て。
結論。
いじめはありません。
出来レースだよ。
このタイミングで動いたのが、押尾さくらの母親だ。
押尾弥生。
PTAの保護者LINEグループにこう投稿した。
『片桐さん、よく分からない理由で学校に怒鳴り込んでます。
先生方もかなり困ってるって。
ちょっとモンペ気質かも……
深入りしないほうがいいかもです』
嘘だよ。
有紀さんは怒鳴ってなんかいない。
でもPTA会長の弥生が書けば、コミュニティの「事実」になる。
有紀さんは保護者の輪からも切り離された。
学校に訴えたら揉み消される。
親同士に訴えたら排除される。
SNSで声を上げようかとも思った。
けれど、わずかに繋がっていたママ友からこう「アドバイス」された。
――ネットで騒いだら名誉毀損になるらしいわよ。凪ちゃんの進路にも影響するかも。
嘘だね。
弁護士に相談すれば分かる話を、相談させない空気で封じてる。
そのママ友、フレネミーだよ。
フレンドの顔をしたエネミー。
他人とのLINE会話を他のグループで晒したりしてるタイプ。
有紀さんも味方がいない。
孤立。
凪ちゃんはそのあいだにも追い詰められていく。
ごはんをほとんど食べない。
朝、学校に行く前に吐く。
「体重が、2か月で3キロ落ちました」
12歳の子の3キロは重い。
有紀さんは最後の手段に出た。
押尾弥生に会いに行った。
強いね。
登校拒否にならない凪ちゃんもだけど、直接対決できる有紀さんもすごい。
精神力にプラス10兆点。
「お子さんのことで、お話しさせてください」
有紀さんの言葉に、弥生は笑った。
「子供同士のことでしょう? 大人が首を突っ込むことじゃないわ」
どの口で言うのやら。
首どころか全身ずぶずぶで、娘を庇いまくってるくせに。
――話を終えると有紀さんはしばらく瞼を伏せ、呼吸を整えた。
それからあたしのほうを見て、言った。
「有馬はるかさんってご存知ですか」
「もちろん」
懐かしい名前だね。
3年くらい前、あたしのところに相談に来た女性だ。
ホスト狂いの姑に通帳を取り上げられて、500万円を使い込まれてた。
今は離婚も成立して、たっぷり慰謝料と賠償金をふんだくってる。
娘さんがいて――ああ、そういや凪ちゃんの通ってる中学と同じだね。
話を聞いてみると、どうやら有馬はるかの娘は、凪ちゃんの部活の先輩らしい。
「凪がいじめられていることを知って、はるかさんが教えてくれたんです。
本当にどうしようもないなら、全部壊してくれる人がいる、って」
えっ。
全部壊してくれる人?
あたし、そんなふうに思われてたんだ。
……間違ってないのが痛いところだね。
「夫とも相談しましたが、我が家はもう限界です。
……このまま潰されるなんて、嫌。
どうか、助けてください」
有紀さんは両手をギュッと膝の上で握った。
「いいよ」
あたしは告げる。
いじめにはいろいろと思うところがあるし、他の所員にパスするって選択肢もあった。
けど、過去に助けた相談者からの紹介だからね。
引き受けようじゃないか。
「あんたがやられたことを100倍にして、関係者全員に返してあげる。
いじめにはいじめをぶつけるのが一番だからね」
事務所の奥に視線を向ければ、権田がペン先を宙でゆっくり一度回した。
所長からのOKサインも出てる。
ここからはあたしの時間だ。
◇◇◇
初動はいつもどおり。
あたしのソロ活動。
押尾家を調べた。
弥生のSNS。
模範的な「教育ママ」のアカウント。
行事の写真。
手作り弁当。
PTA活動の報告。
お綺麗だこと。
作り物めいてる。
マイナス50点。
夫の祐樹。市議会議員。
公約は「子育て支援」と「教育環境の充実」。
地元の広報紙に家族の集合写真が載ってる。
揃った笑顔。
プロが撮った表情。
「完璧なパパ」。
こっちもお綺麗な作り物。
次は学校の状況を知りたいところ。
幸い、近いうちに中学の文化祭がある。
いざ潜入……と言いたいけど、あたしには不向きだ。
感情的なタイプだからね。
いじめに加担してる連中とお喋りなんかできるか。
ここはアウトソーシング。
七瀬遊真に連絡した。
歌舞伎町のホストクラブ「グラスシャード」のナンバーワン。
変装と潜入のプロフェッショナル。
イギリスならトップホストならぬトップスパイになれてたんじゃないかね。
007みたいにさ。
「もしもし、七瀬?」
「天音ちゃん。今度は何? どっか行く?」
「中学の文化祭、覗いてみない?」
「へえ、デートにしては変わってるね。けどいいよ。
天音ちゃんが一緒なら、どこだってパラダイスだ」
「そりゃどうも。けど、あたしはパス。いじめ関係の依頼だからね」
「あー、そりゃ天音ちゃんにゃキツいな」
七瀬が少し口籠る。
「いいよ。分かった。俺に任せとけ」
普段の軽さがスッと抜け落ち、やけに強い口調で言った。
「どんな情報を抜き出しゃいい。
今回に限っちゃ、ハニトラも引き受けるぜ。
いじめをするガキの母親なんて、頭の中がお花畑だからな。
ちょっと演出してやりゃ、倫理観なんて吹き飛んじまう」
「落ち着きな。あんまり興奮してるようなら、別のヤツに頼むことになるよ」
「おっと、悪い。
いつもの七瀬くんに戻りますよ、っと。
とりあえずターゲット教えてよ」
文化祭の日。
七瀬の潜入には、以前に助けた有馬はるかが手を貸してくれた。
彼女の親戚だってことにして、校内に潜入。
「演出」で弥生グループの保護者数名に接近、LINEで繋がった。
本来なら歌舞伎町でウン十万払ってようやく受けられる七瀬のサービスを至近距離で浴びせられたんだから、もう目がハートだ。
放っておいてもガンガン情報が入ってくる。
掴んだこと。
凪ちゃんの前にも、押尾さくらのいじめ被害に遭った子がいた。
小学校のころで、3家族。
3家族。
全員、母親の押尾弥生に口を封じられていた。
そのうち1家族は、夫の押尾祐樹まで出しゃばっている。
市議会議員という権威で黙らせた。
夫婦で押尾さくらを守ってるわけだ。
親のつとめをきっちり果たしてる?
いやいや、子供がいじめをやってるなら止めなよ。
親としての責任を放棄してる。
ダメダメだよ。
マイナス100万点。
さて。
ここで別の角度から調査をしてみよう。
実は有紀さんからこんな話も聞いてる。
「最近、変な電話やメッセージが増えたんです。
怪しいセールスとか、変なメッセージとか……」
タイミングとしては、押尾家に直談判に行った前後から。
頭をよぎるのは柊一真の事件、集団ストーカー。
氷室に連絡する。
「パン」
「えっ?」
いきなり食べ物の名前を言われて面食らう。
いつものなぞなぞとは雰囲気が違うね。
「パンが答えになるなぞなぞ、出して」
「フライパンの後ろに隠れている食べ物はなに? とか」
「後ろ2文字でパン。天音、じょうず」
「なかなか歯応えがあったよ。98点」
「最高得点。ハッピー」
どうやら今回も上機嫌、いや、超機嫌になってくれたらしい。
おかげで想像もしなかった事実を突き止めてくれた。
宮沢紗那ちゃんの事件って覚えてる?
加害者でDVストーカー彼氏の伏脇航が利用してた闇バイトグループ――『名簿屋』。
警察に摘発されたんだけど、その残党がまだ動いてた。
名前は『名簿屋2号店』。
もうちょっと捻りなよ。
ネーミング10点。
犯罪組織だから減点してマイナス2500億点。
その『2号店』に有紀さんの個人情報が流れてた。
誰がやったのか?
それも氷室が突き止めてくれた。
押尾弥生だ。
夫が市議会議員ってこともあって、小学校のころからずっとPTA会長。
立場を生かして個人情報を手に入れては、気に入らない相手の情報を売りまくってた。
しかも――
最近は『2号店』経由で他人名義のクレジットカードを不正利用している。
使い道はアプリゲームだ。
課金すればするほど強くなれるやつ。
よく広告出てるでしょ。
実際のゲームと全然違うパズルやらせる系の。
他人のカードでアイテム勝ってサーバー1位とか取ってた。
犯罪チート無双とか、さすがに最悪すぎるでしょ。
最後にもういっちょ。
押尾弥生の旦那のPCにもハッキングを掛けてもらって、メールをゲット。
内容は、中学の校長に宛てたもの。
『さくらの件は穏便にお願いします。
次の予算審議で教育予算の増額を推しているのはご承知の通りです。
お互い余計な波風は不要かと。』
予算を人質に取った口封じ。
わー。
完璧なパパだこと。
◇◇◇
手札は揃った。
どこから崩す?
当然、相手が予想してない方向からだ。
まずは以前と同じく、「良心の呵責に耐えかねた『名簿屋2号店』メンバーによるリーク」を装って情報を警視庁に流す。
警察としちゃ、摘発した連中の残党がいるなんて許せるわけがない。
自分たちの威信にかかわるからね。
こうなると市議会議員ごときの権力は役に立たない。
押尾弥生、逮捕。
罪状は個人情報の売買および他人名義のクレジットカードの不正利用。
さらにこのタイミングでたまたま夫の押尾祐樹の不正献金受け取りが発覚。
インターネットから帳簿が流出したらしい。
怖いね。
こうなるともう、誰も押尾家には味方しない。
『社会の敵』認定でひたすら叩かれるばかり。
周囲としては巻き込まれないために距離を取るか、一緒になって叩きまくるか。
今がチャンス。
教育委員会にいじめの通報。
これまで被害にあった3家族の証言付き。
ついでに押尾祐樹市議から校長への圧力メールも添える。
当然、調査に乗り出した。
ここでヘタを打つと押尾家に巻き込まれて教育委員会まで世間からバッシングを食らう。
なので前向きに動くしかない。
結果報告は――
いじめはありました。
猿井校長、担任の長谷川。
どっちも懲戒処分。
ああ、そうそう。
押尾祐樹から校長への圧力メールだけど、地元紙の記者のもとにリークされてた。
これはあたしじゃない。
教育委員会の人間がやったんだろうね。
逆に言えば、彼らも押尾祐樹にいろいろ無理を言われてたのかもしれない。
その恨みが噴出したんだろうね。
――『子育て支援』公約の市議、犯罪者の妻とともに学校いじめ隠蔽に加担。
Xのトレンドにはそんな見出しが載った。
もう終わりだねこの家。
有紀さんのリクエスト通り、完全にぶっ壊した。
加害者にも人生がある?
更生の余地を残すべき?
やったもん勝ちの人生を送ってきた連中に、そんなのいらないでしょ。
やられたもん負け。
因果応報だよ。
――あたしもいつかズタズタにやられてぶっ壊されるんだろうけど、今はまだその時じゃない。
◇◇◇
2週間後。
事務所に小さなお客さんが来た。
凪ちゃん。12歳。有紀さんと一緒に。
前髪が長くて、まだ少し俯きがち。
でも頬に色が戻ってた。
「あの」
小さい声。
消えてはいない。
「ありがとう、ございました」
一言ずつ区切って。
目を上げて、あたしの顔を見て。
プラス1億点。
有紀さんが隣で目を赤くしてた。
声は出さずに笑ってる。
「浅間さん。ほんとうに、ありがとうございました」
「やめなよ、泣くの」
引き出しからティッシュを出して渡した。
「泣いてないです」
「目、真っ赤だよ」
あたしはクスッと笑う。
有紀さん、凪ちゃん。
これからは楽しく生きなよ。
加害者のその後なんて気にしなくていい。
そういう因果はぜんぶあたしが引き受けるからさ。
◇◇◇
ところで――
『名簿屋2号店』だけど、驚いたことにメンバーは見事に警察の捜査から逃れたらしい。
「何も追えない。まるで幽霊」
電話口からは氷室の淡々とした、けれど少し自信ありげな声が聞こえる。
「でも、痕跡はある。情報、少しだけ復元できた」
それによると、パクりイラストレーター桐谷の事件で加害者が使っていた画像生成AIは『名簿屋2号店』が扱っていたらしい。
予想外のところで繋がってきたね。
そういや桐谷にそのAIを教えたDiscord友達も消息不明だったけど、もしかすると『2号店』のメンバーだったりしてね。
背後にデカい犯罪組織がある……ってのは、さすがに考えすぎかな。
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