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水滸綺伝  作者: 一條茈
第十四回 赤髪鬼、泥酔して廟に伏し 晁天王、東渓村にて義を結ぶ
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(三)

 「いやぁ雷都頭、失礼した! 少し用事があったもので」

 奥の間に戻ると、下男たちがうまく取り繕ってくれたようで、雷横も彼の部下たちも、何の不審も抱かずにのんびり朝餉を楽しんでいた。

 「いやだなあ、晁蓋殿。やっかいになっているのはこちらですから、どうぞお気になさらず」

 そうしてもう何杯か雷横とともに盃を傾けているうちに、外はすっかり日が昇り、暖かな日差しが広間に差し込んでくる。

 「あ、もうすっかり明るくなりましたね。晁蓋殿、本当に朝早くからありがとうございました。そろそろ衙門へ戻らなければ」

 「雷都頭は仕事熱心で感心だ。引き留めはしないが、またこのあたりに来ることがあったなら、必ず立ち寄ってくれよ。遠慮は何もいらないから」

 「ええ、またお邪魔させてください……あ、どうぞそのままで」

 「いやいや、門のところまで送らせてくれ」

 まだ都頭になる前から、雷横と、その親友である朱仝のことは知っている。

 自分のことを兄のように慕ってくれる二人を欺くのは気が引けたが、あの赤髪の男の言葉には、心惹かれるものがあったのだ。

 ちらりと長屋の方を見れば、下男たちが赤髪の男を後ろ手に縛り、連れ出してきたところだった。

 「……ずいぶんと大柄な男だな」

 「ええ、こいつが霊官廟で捕まえた小悪党ですよ」

 雷横が忌々しげにそう言うがはやいか、赤髪の男は目をかっぴらいて叫んだ。

 「お、叔父貴! 叔父貴、助けてくれ!」

 これはなかなか迫真の演技だ、と内心ほくそ笑んだのを雷横たちに気取られないよう、晁蓋もまた目を見開いてまじまじと男を眺めた。

 「叔父……? 俺を叔父と呼ぶとは、まさかお前、小三? 王小三か?」

 「ああ、そうだよ叔父貴! 頼む、助けてくれ、俺は何も悪いことはしちゃいねえんだ!」

 後ろ手に縛られたまま駆け寄ってきた男と晁蓋を何度も見比べ、雷横が驚きのあまり咳き込む。

 「お、叔父……? 晁蓋殿、この男はいったい……まさか、あなたのご家族なのですか?」

 「ああ、そうだ、間違いない。こいつは俺の甥っ子の王小三だ! まったく、どうして廟の中で寝っこけたりなどしたのか……! こいつは俺の姉の息子で、幼い頃はこちらに住んでいたが、四つか五つの時に姉夫婦ともども南京へと越してな。それから十年くらい後だったか、旅商人に連れられて一度ここへやってきたが、それ以来はとんと顔を見なかった。手紙で姉が、ろくな人間に育たなかったと嘆いていたが、まさか故郷のあたりをうろついて、都頭たちの手を煩わせていたとは! 顔はもう見覚えがないが、ほら、やつの額の赤い痣、あれでわかったというわけだ」

 口から流れるように出まかせを吐きながら、晁蓋は赤髪の男の目の前に仁王立ちになった。

 「おい小三、お前、なぜ俺のところにまっすぐ来ないで、泥棒なんざ働いたんだ」

 「ど、泥棒? 叔父貴、冗談はよしてくれ、俺は何もしちゃいない」

 「じゃあ、なんでこうして縛られているんだ。お前が何かやらかしたに決まっている!」

 近くに立っていた兵から唐突に棒をひったくり、晁蓋は男を真正面から打ちのめした。手加減するなどという細かい芸当は己にはできないが、多少殴られたくらいでは、この男もへこたれまい。

 「ち、晁蓋殿、おやめください!」

 慌てて雷横たちが止めに入ってようやく打つのをやめた晁蓋は、憮然とした表情を取り繕う。

 「そんなに殴らなくても、もういいでしょう。あなたの甥御さんだというなら、話を聞いてあげましょうよ」

 小悪党でも容赦はしないと強気だった雷横も、さすがに相手が保正の甥となれば話が別であるらしい。

 「叔父貴、頼む、話を聞いてくれ……確かに俺は昨夜、酒を飲みすぎた。だが、酔っぱらった姿で十年ぶりに叔父貴に会うなんて気まずすぎる。それで、たまたま近くにあった廟の中に入ったんだよ。一眠りして、酔いを醒ましてから叔父貴に会いに行こうってな。なのにこいつらときたら、有無を言わさず俺を捕まえやがったんだ。ただ寝ていただけなのにだぞ! だから、泥棒なんか働いちゃいねぇんだ、信じてくれよ」

 「言い訳無用!」

 「晁蓋殿、お止めくださいってば!」

 再び棒を振り上げた晁蓋の腕を、雷横が慌てて掴む。

 「まっすぐ俺のところに来ないから、こんなことになるんだ! まったく、どうせ途中で悪い安酒でもひっかけたんだろう、俺のところに来れば上酒がたっぷりあるというのに、この恥知らずが!」

 「おちついてください、保正殿! 俺です、俺が悪いんです、甥御さんは本当に泥棒なんてしたわけじゃないんです。ただ、廟の中で、こんな大きくて見るからに凶悪そうな男が素っ裸で眠っていて、おまけにこの辺りでは見ない顔。怪しく思って引っ立てたまでのことで、あなたの身内と分かればもう衙門には連れて行きませんよ」

 待っていた一言が雷横の口から飛び出したのを聞いて、晁蓋はようやく怒りを鎮めたふりをした。

 「さあ、すぐに縄を解いて、甥御さんを晁蓋殿にお渡ししろ」

 雷横に命じられた兵たちが、慌てて赤髪の男の縄を解く。

 「どうか気を悪くしないでください、保正殿。あなたの甥御さんと知っていれば、こんなことにはならなかったものを……大変な無礼をしてしまいました。俺たちはこれで引きあげます」

 「雷都頭、あんたはただ自分の仕事をしただけだ、そう謝るな……そうだ、少しいいか?」

 いぶかしげな雷横を一人連れて、晁蓋は屋敷の中へと引き返す。

 「雷横、これをお前に渡したい」

 先ほど赤髪の男のところから戻る前に準備していた十両の花銀を目の前に差し出すと、雷横は細い眉をへなりと下げた。

 「晁兄貴……こんなことをされては困る」

 「なんだ、水臭い。それとも、何か気に障ることがあったか? 手ぶらで帰してしまうことになるからな、せめてこれくらいは受け取ってほしい」

 「いや、そんなことはいいんだ……ああもう、わかりましたよ、ではひとまずこれは頂いて帰ります。いずれまた、お礼をしに伺いますからね」

 少しの間逡巡した雷横がしぶしぶ十両を受け取るのを見届けた晁蓋は、彼と共にまた門前へと戻ると、彼の部下たちにも小粒を配り、赤髪の男に何度も礼をさせながら、去っていく彼らの背中を見送った。

 「……いい演技だったな」

 「兄貴こそ」

 密やかな声で囁き合った『叔父』と『甥』は、よく似た笑みを浮かべていた。

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