(二)
托塔天王晁蓋は、生来、にぎやかなことが好きであった。
父や祖父、いや、おそらくそのさらに前の代から、晁家には常に、江湖の人々の活気と笑顔が溢れていた。
武芸に汗を流し、好漢の英雄譚に膝を打ち、酒を飲み、肉を食らい、そして常に弱いものに寄り添って生きることこそ、晁蓋のすべてであった。
だから、時にその豪快な性質がいらぬ騒動を引き付けるのだと、何度周りに言われたとて、晁蓋は意に介さなかった。
己の信条に、己の心に従って生きなければ、いったい短い人の一生の、何が楽しいというのだろう?
「……おい、お前。こちらで雷都頭殿のご相伴をしろ。俺は小用に行く」
だから、下男を呼びつけて己の代わりに雷横の隣に座らせ、そそくさと廊下を足早に歩き、彼らが引きずってきた小悪党の様子を見にいく晁蓋の心がはやるのは、仕方のないことだった。
――ちらりとしか姿を見なかったその「小悪党」から、燃えるような豪気を感じ取った気がしたのだ。
人を見る目に自信があるほうではないが、豪傑の風格を見誤るような自分ではない。
雷横は、口では適当なことを言っていても、あれでずいぶん真面目に役目をこなしている。純然たる使命感から、怪しい風体の男を捕らえたのだろう。
「雷都頭が捕らえた男は、ここに吊るされているんだったな?」
「はい、この奥に」
「どんな凶悪な賊か、俺が見定めてやろうじゃないか。お前たち、ここはいいから、都頭たちのお世話を頼んだ」
「わかりました」
主の気まぐれには慣れている下男たちが、口答えをすることはない。
誰もいなくなったのを見計らうと、晁蓋はゆっくりと長屋の扉を押し開けた。
黴と埃の匂いがこもった薄暗い長屋の奥、小さな明り取りの窓から洩れる光の中で、大きな影が天井からぶら下がっている。
「……ほう?」
にやりと笑い、晁蓋はその影に近づいた。
日に焼けた半身を剥き出したまま、縛り上げられ高々と吊るされたその男は、己ほどではないが、なかなかに大柄である。
分厚い体にはそこら中に古傷と思しき跡がうっすらと残っているが、どれも戦で負った刀傷というよりは、喧嘩や乱闘でこさえたものに見える。
「けっ、衙門の犬風情が」
晁蓋の存在に気が付いたらしい男は、すね毛の生えた両足を苛立たし気に揺らし、小さく悪態をつく。
その声が存外に若く、そして小悪党と呼ぶにはずいぶんとまっすぐだったので、ますます興味の沸いた晁蓋は、持ち出した提灯を掲げて男の顔を覗き込んだ。
「おい、何しやがる」
男は、鋭く煌めく狼のような瞳で晁蓋を睨み付ける。
赤銅色に日焼けした荒削りな顔は、思った通り、その表情に凄みを滲ませてなお若々しい。
額と髪の境目あたりにはうっすらと赤い痣があり、赤味の強い髪の中でもその痣の辺りの髪は一段と赤く、まるで炎が一筋走っているようだった。
「はは、威勢がいいな。お前、どこから来た? このあたりの村では見ない顔だ」
「……俺は山東の者じゃない。北の方から来た」
男は眉間に深い溝を刻みながらも、律儀に答える。
「ここへは人を訪ねて来たが、近くの廟で寝ていただけなのに、あのくそ野郎が理由も聞かずに俺を捕まえやがったんだ。衙門に引っ立てられるもんならそうしろ、どっちの話の方が筋が通ってるかなんざ、すぐ知れる」
柄は悪いが、どうやら話していることはまともである。すでに晁蓋は心の中で、この男を助けたいと思い始めていた。
「それで、人を訪ねて来たと言うが、相手は誰だ? この東渓村に住んでいる者なら、俺が知らん者はいない、すぐに連れてきてお前の身元を証明させようじゃないか」
「いや、その人は俺を知らない……と思う。江湖に名を馳せる好漢なんだ」
「その名は何だ」
「晁蓋」
まだ会ったこともない男――今まさに自分の目の前にいる男の名を口にした男の顔に、どこかあどけない笑みが浮かんだ。
「あんたもきっと知っているはずだ、なんたって江湖でその人の名を知らんやつはいねえからな。俺も会ったことはないが、義侠心の篤い大層な豪傑だと何度も聞かされ、ずっと盃を交わして語り合ってみたいと思っていたところ、最近、その人にどうしても聞かせたい話を掴んだんで、こうして遥々会いに来たってわけだ」
男は誰かに聞かれるのを恐れるように、声を潜めた。
「でかい儲け話だ。だが、義の話でもある」
その一言で、十分だった。
「晁蓋に会いたいか」
「ああ」
「では俺を見ろ」
晁蓋は、自分の顔が男からよく見えるように、提灯を高く掲げた。
「お前の目の前にいるのが、お前の探している、晁蓋だ」
「……は?」
あまりにも間の抜けたその声がおかしくて、晁蓋は思わず髭を震わせて大声で笑い、そしてはっとして扉の方を振り返った。幸い、誰も戻って来る気配はない。
「お前、連行されているのに、どこに向かっているかもわかっていなかったのか。まあいい、そうだ、俺が晁蓋だ。こんなふうに面と向かって褒めちぎられるのも、悪い気はせんな」
縛られたままのたくましい体をばしばしと叩くと、あっけにとられていた男の顔に、うっすらと笑みが浮かんだ。
「さて、そういうことなら、いいか、お前は俺の甥っ子のふりをするんだ。もう少ししたら、俺は雷都頭を見送るためにまた表に出てくる。その時になったら、俺のことを伯父さんと呼べ。俺もお前に合わせて甥だと気が付いたふりをする。そうだな、四つか五つの頃に村を出て行ったきり、ということにしよう。それ以来会っていないので顔がわからなかったとでも言えば、怪しまれまい。どうだ、名案だろう?」
「俺を……信じてくれるんですね」
「当たり前だろう! さ、そうとなれば、俺は戻るとしよう。いいか、くれぐれもうまくやるんだぞ」
「……ありがとうございます」
首だけをぐいと下げて、男はほっとしたように肩の力を抜いた。




