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水滸綺伝  作者: 一條茈
第十三回 急先鋒、東郭門に功を競い 青面獣、北京に武もて闘う
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(四)

 演武庁での宴が終わるころにはすでに日は傾き、まだらに解けゆく雪道を、橙色の夕陽がまばゆく照らしていた。

 酒が入って笑いが止まらないらしい梁中書は、楊志と索超を呼び寄せ、手に持った赤い花を二人の頭に挿した。

 「なんともめでたい日だ! さあ、各々、馬に乗りなさい。私の屋敷まで先導してくれ」

 馬鹿げた大きな花をつけて街を歩くなどまっぴらだったが、ここで彼の気を損ねては元も子もない。

 微妙な表情を浮かべる索超とともに、千鳥足の梁中書をなんとか馬に乗せると、楊志もまた馬上の人となり、演武庁を出立して東郭門から外へと出る。

 すると驚いたことに、沿道には北京の民が続々と詰めかけ、興奮した面持ちでこちらに手を振っていた。

 「閣下、おめでとうございます」

 「索超殿、楊志殿、おめでとうございます!」

 次々に祝辞を口にする民の浮かれた様子に、梁中書が思わず民の一人をつかまえて問いただす。

 「お前たち、いったい何をそんなに喜んでいるのだ?」

 「いやあ、だって、閣下殿」

 その老人は、皺に沈みそうになるほど目を細めた。

 「わしらは北京で生まれ、大名府のお膝元で育ってきましたが、今日のお二人の試合、あのようなものすごい打ち合いは、一度も見たことがありません。わしら、練兵場の外から様子をうかがっておりましたが、いやはや、豪傑二人の技の競い合い、このような武人がわが北京に二人もおるのだと思うと、嬉しくてなりません」

 老人の言葉に、梁中書はまるで自分が武術を誉められたかのような勢いで笑う。

 「わははは、それはよかった! 私もこのような部下を持って、幸せ者だ」

 梁中書の屋敷に到るまで、沿道には騒ぎを聞きつけた民がびっしりと集まり、はたして楊志は、青痣の顔には似合わぬであろう赤い花を頭から咲かせた姿を北京中の民に見られるはめになったのであった。

 「なんとも……すごい騒ぎになってしまったな」

 屋敷に帰りつき、使用人が梁中書を寝室まで連れて行くのを見守っていた索超が、手合わせのときの雷鳴のような声と正反対に、おかしそうな、面映ゆそうな声で呟く。

 「楊志殿、改めて礼を言わせてくれ。貴殿との手合わせ、実に爽快だった。貴殿が俺の提案を受け入れてくれたおかげで、周謹は任を解かれることなく、また俺まで新たな役職を得、閣下はまた一人優秀な部下を得たと上機嫌だ」

 「礼は無用。俺こそ、こんなに手合わせで高揚したのは久しぶりだ。あんたの斧のすごさには敬服したぞ。ところで、ひとつ、聞きたいことがあるんだが」

 「なんだ?」

 索超と打ち合い彼の斧の業を見たとき、心にひとつの問いが浮かんだことをふと思い出し、楊志は索超が馬に積んだ斧をちらりと見た。

 「あんたの斧の技には、覚えがある。もしやあんたの本籍は、済州東阿(とうあ)県にあるんじゃないか?」

 「……楊志殿」

 戦場では鬼神の如き形相で馬を駆る急先鋒が困ったように笑うと、急に目尻が下がり、親しみのある顔になる。

 「訳あって、そのことは自ら言わぬようにしているんだ。見る者が見れば、貴殿のようにわかってしまうのだろうが」

 「なぜ黙る? 何も恥じることはない、貴殿は祖先に負けぬほど……」

 「恥じているわけではない。だが……そうだな、確かにこの斧も、そして斧の技も、祖先から受け継いだものだと聞いている。けれど、その名に頼ってしまっては、俺はそれを超えられぬ。貴殿ほどの強さがあれば、名に押しつぶされることもないだろうが……笑ってくれ、こう見えて、気が小さいのだ」

 そうして、この話は終わったとばかりに、索超は軽く楊志の肩を叩いた。

 「実はこのあと、俺の兄弟たちが祝宴を開いてくれることになっているんだ。よかったら、楊志殿も一緒に酒を酌み交わさないか?」

 「……いや、今日のところはやめておこう。今日の花は、あんただけで十分だ」

 梁中書に刺された赤い花を抜き取り、索超の髪に突き立っている花のとなりに挿してやれば、怪訝そうに太い眉をしかめる様子がおかしくて、楊志は肩を震わせた。

 「俺はここでの仕事の勝手がわからないから、あんたを頼るとしよう。明日からよろしく頼む」

 「ああ、任せてくれ」

 最後にもう一度、かつて盧国公と呼ばれた豪傑が振るっていたのであろう斧を一瞥し、楊志は梁中書の屋敷へと踵を返した。

 

 水晶の暖簾の向こうで、美しい女官たちが鈴のような笑い声をあげながら酒杯を運んでいる。

 舞姫たちの袖が揺れるたびに馨しい香が漂い、清らかな歌声とともに宴席まで届く。

 盆栽の緑はますます青く、花瓶に刺された柘榴は赤く、宝玉の如き輝きを放つ菖蒲の深紫を引き立てる。

 「まったく今日という日は、佳き日だなあ」

 その日、梁中書は、妻の蔡氏とともに、端午節を祝う宴を開いていた。

 二月に楊志がこの北京に来てからというもの、何もかもが順調に進んでいる。

 留守司は豪傑を得てますます血気盛んで、楊志と索超の素晴らしい試合を見た民は、あのような武人を抱える梁中書をますます崇め、そして役人たちは己の権勢が登り龍のように高まるのを見て、ますます付け届けを増やしている。

 とりたてて美しくはないが、蔡京という今生において何にも替え難い後ろ盾をもって生まれた妻と美酒を愛で、旨い料理に舌鼓を打ち、美々しい景色に目を細める、今日この日が幸福でなくて、なんであろう。

 「……ねえ、あなた」

 空になった梁中書の盃に酒を注ぎ足しながら、妻がつとめてさりげない風を装った声を出す。

 (ああ、またあの話か)

 昨年も、その話が出たのは端午節の日であった。

 「この頃、ずいぶんご機嫌が麗しいようで、なによりですわ。ねえ、でもね、あなたがこうして国家の大事を担う大官に出世されたその功名と、こうして豪華な宴席を設けられる富は、いったいどうして得られたか、ご存じ?」

 人でも食べたように赤い唇が、く、と弧を描く。

 「妻よ、私は若いころから書を読み習い、学問を身につけ、道理もわきまえておるつもりだ。道端の草木でもあるまいに、どうして舅殿にいただいた大恩を忘れたことがあろうか」

 「ふふ、それはそうよね。でも、その恩を忘れたことがないとおっしゃるなら、どうしてお父様の誕生日をお忘れに?」

 「冗談はよせ、忘れてなどいるものか。私が六月十五日を忘れた年があったか? 今年とて、すでに一月も前から十万貫を費やして、金銀財宝を買い整え、祝いの品を都へと送る算段を付けているところだ。もう準備はほとんど整っているようだから、ここ数日で完全に品を揃え、使いの者をたてようとしていたのだよ」

 その言葉に満足そうにしなだれかかってくる妻の髪を撫でながら、梁中書はひとつ、咳ばらいをする。ここからが、妻が、そして己が一番気にかけているところだ。

 「だが……お前も知っての通り、昨年もそうして一生懸命準備した財宝を、都へ向かう道中、半分も行かぬうちにすっかり賊に盗まれてしまった。もちろん賊の行方は厳しく詮議しているが、いまだに見つからぬ始末。今年はこの財宝の護衛に、いったい誰をつければよいものか」

 妻の細い眉がぴくりとはねあがるのをなるべく見ないようにしながら、もう一杯、酒を口に含む。

 「いやだわ、あなた。あなたの部下にはたくさんの優秀な兵がいるのでしょう? その中から、一番信頼できる者を選べばよいではないですか」

 優秀な兵、という言葉とともに、脳裏に浮かぶ顔はあった。

 あの日以来、働きぶりを見ていても、決して彼にその大役を負わせることに不安はない。

 「……まあ、出立の日まであと四十日はゆうにある。その間に支度をすませ、人選にかかるとしよう。大丈夫だ、万事私が整え、今年こそは舅殿にすべての宝物を送り届けるぞ」

 「そうね、お父様もきっと楽しみにしていらっしゃるわ」

 喉を鳴らして酒を飲み干しながら、梁中書は、いつこのことを彼に切り出すか、じっと思案していた。

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