【第35話 花が咲くとき】
魔王城の北にそびえる魔王山。ハイキングコースともなっている遊歩道もあり、初心者向けの山とも言える。しかしそこは魔王山、コースを外れれば、厳しい自然と野生動植物が生息している。その中には、人にはほとんど知られていないものも多い。
その頂上付近、胸当湖付近の林。朝日がもやを晴らすにつれ、12畳ほどありそうな大きなテントがふたつ姿を現す。テントの周囲には台座付きの赤い円柱が6つ置かれ、白いロープが張られている。たまたまテントを見かけた全長1メートルほどのオオカマキリが数匹近づいたが、ロープが光りだすと驚いて逃げ出した。
テントの入り口がちょっとめくられ
「オオカマキリよ。結界が追い払ったわ」
眼鏡をかけたそばかす顔の女性が外を見たまま答える。入り口から少し離れたテントの隙間から望遠鏡を出して外を覗いたままの中年男は「わかった」と望遠鏡を覗いたまま小さく答えた。
この中年男、名をゼン・シラベールといい人間世界ではちょっと知られた植物学者である。一緒にいるのは彼の娘でやはり植物学者のミーナだ。2人は魔王山の植物の調査・採取のため定期的にやってくる。ちなみにテントを囲む結界は魔王城から借りた物で、魔王ボンキュボン配下には正式な客人であることを示し襲われることはない。魔王とは関係ない野生動植物に対しては、先ほどのように追い払う力がある。調査期間は数日から数十日に及ぶため、設備を借りられ、食料や生活必需品などを手に入れられる魔王城はありがたい存在だった。
彼らの目当ては望遠鏡の先、胸当湖畔に聳えるように生えている黒い黒い針のような樹だ。その先端に真っ白なつぼみ。つぼみと幹とで黒と白を互いに奪い合ったかのような白と黒。
シーマと呼ばれる植物。その希少ぶりからこの植物に関してはほとんど知られず、知られていることのほとんどは学者の推測によって補われたものである。その推測混じりによると、シーマは発芽し成長し、100年の後に花が咲く。花の寿命は1分たらず。咲いた花は一輪の中で受粉を行い、約2000の種子を作り出した後に爆発、半径100キロの範囲に種をばらまく。ばらまかれた種は落ちた先で発芽し、再び成長をはじめる。ただし、実際に発芽に成功するのは10にも満たない。発芽しても花が咲くまで成長できるのは1か2しかない。
これらの推測を少しでも記録という名の事実に変えるため、シラベール達はここにいる。そして他に
「ご飯出来たわよ」
隣のテントからお玉を手にしたエプロン姿の賢者がシチューの匂いと共に顔を出した。そう、毎度おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティである。今回、彼らは魔王との戦いではなく、シラベール博士達の雑用係としてやってきたのだ。もちろんそれだけではない。
「まだ咲かないの? 100年に1度の開花ショー」
そう、ただのシーマの開花見物である。賢者だけに知識欲は人一倍ある。それに荷物持ちとはいえ仕事として雇われている以上、給金が出る。
「つぼみ具合から見て、あと4、5時間ぐらいだな。私も直接見るのは初めてだから多少の誤差はあるだろうが」
「楽しみですね」
同意したのはビンゾコ眼鏡をかけた狼男・ガリベンだ。普段は魔王城の事務員として働く彼は2人の研究に強く引かれ、逗留時には助手と魔王城の連絡役を志願、こうして一緒に過ごすことが多い。また、ガリベンも独自に好きな動植物の観察記録をつけており、シラベール親子にとってもありがたい資料になっている。
「こんなもんでいいか」
戦士がシーマのスケッチをシラベール親子に見せると、2人とも満足げに頷いた。
「しかし戦士にこんな才能があったとはね」
親子の背中越しにスケッチをのぞき込んだ勇者がもらした。以前、勇者達は魔王ボンキュボンを精神的に痛めつけようと城中に落書きをしたことがある。その時、戦士は自由にものを描く楽しさに目覚めたらしく、その後も時間を見つけては画を描き始めた。中身も落書きのように適当なものから動植物や風景、建物と変わっている上、腕前も上達している。今では副職としていくらか稼いでいるぐらいだ。
「花がちゃんと開いたときのも描きたいな」
「咲いているのは1分程度だ。紙に描くよりしっかり目に焼き付けた方が良いぞ」
和気藹々の彼らをよそに、魔法使いはフリフリのエプロンを着けたまま、シーマを見上げている。寄ってきた戦士2に
「シーマの花爆発は、種子を100キロ以上先まで飛ばす力があるわ。当然、殻もその爆発、地面への激突に耐えられるだけの頑丈さがあるから、直撃でもしたらただじゃ済まないわ」
「じゃあ、例えば、この花が魔王城の中で爆発したら」
「飛び散る種子の直撃で魔王城崩壊ね。でも、だからって試してみようなんて思わないでよ」
戦士2が魔戦斧を構えるのを横目で見ながら
「博士達が黙ってないわよ。それに魔王城のすぐそばに生えているならともかく、ここからつぼみが魔王城に転がるよう切り倒すなんてよほど計算した上でないと無理よ。倒れたら数分で爆発力がなくなってショボいもんになるし、現実的な攻撃方法とは言えないわね」
自分たちも食事にしようかと振り返る2人が、厳しい目で身構える。
その様子に勇者達も緩んだ空気を引き締め、武器を手に彼女たちの向いた方を見る。
事態が飲み込めていないシラベール親子をかばうように勇者と戦士が立つ。
彼らの向いた方、森の中から武装した人間達が現れた。
ガリベンが震えながらも彼らに対峙し、鼻をひくつかせる。
「この人達、この前の連中と同じ匂いがする」
「この前の?」
「魔王さまが倒れたとき、お城を襲撃した人達」
その言葉に、現れた人間達の中心に立つ1人だけ違う色の鎧を着た男が口元を緩ませた。
30分後、城の外堀を掃除する下準備をしていたエリザベス達清掃班の前に、ボロボロの魔法使いが堀の上流から流れてきた。
✕ ✕ ✕
「あんたなんかに頭を下げるなんてゴメンよ。でも、今はみんなを助けるのにあんたの力が必要なのよ!」
魔王城正面玄関。魔法使いが悔し涙に暮れながら土下座していた。全身ずぶ濡れ、顔や手足は痣だらけで擦り傷から血がにじんでいる。魔王城内、彼女の前には魔王ボンキュボンの他、ピーたち警備隊をはじめ、野菜人や果実人達が静かに彼女の話を聞いている。
「状況を整理します」キンさんが「人間トップの会が、シーマが種子を拡散するための爆発を利用して魔王城を攻撃しようとしている。博士と勇者さんたち、ガリベンさんは連中に捕まり動けない。相手の数は魔法使いさんの感じでは30人ぐらい」
野菜人、果実人達やメイが「ガリベンさん、大丈夫かなぁ」と心配そうにしている。
「もう殺されているかもね。あいつらにとっちゃ魔物の命なんぞゴミ以下だから。でも、あたしら人間は邪魔さえしなければ命を奪うことはしない。開花のタイミングをつかむためにシラベール博士達は無事なはずよ。でも、勇者達は……」
「なぜ勇者達は違うと言う?」ボンキュボンが「お前達の目的は私の命だ。そして私を弱体化するためにこの城に被害を与えるという戦法を、何度もしている。むしろお前達はトップの会と協力して、城の攻撃を行う側だろう。もしかしたら、今頃トップの会と協力してシーマを切り倒す準備をしているのかもしれない」
魔法使いが悔しげに口をつぐむ。確かにその通りだ。自分たちの仕事を考えれば、むしろトップの会は仲間と言って良い。でも、
「そんなことしないわよ」
今までとは打って変わって、小さな声で魔法使いが答える。
「だって、あたしら……」
言いかけた魔法使いの唇をボンキュボンはそっと押さえ
「案内を頼む」キンさんに向き直り「動ける警備隊と荒事に挑もうという連中をすぐに集めろ。悠長に準備を整える時間はない」
✕ ✕ ✕
「そんな成功率の低い攻撃を本当にする気か?!」
縛られたシラベールの怒声まじりの問いに、この場を仕切っているトップの会部隊長・ヒューマンは
「開花で射出される種子2000のうち数個が城にぶち当たればそれなりの成果が出る。あなたが思っているほど成功率は低くない」
自信満々で胸を張る。
「ぶち当たるのは城にだけではない。射種の角度が変われば魔王山の動植物にも被害が出る」
「良いことだ。人間社会の被害を抑え、魔王城に被害をもたらす」
「生き物が命をつなぐには必ず他の生き物の命を奪う。だがそこに感情はない。命をつなぐ行いに憎悪を持ち込むな」
「憎悪ではない。正義だ。正義は常に人間の下にある。人間は偉大だ、人間は正義だ!」
胸を張るヒューマンの目に、一点の曇りもなかった。
「人間以外のものが人間より上の存在になろうとすること自体間違っている! そうだろう」
突然同意を求められた魔法使いをのぞく勇者パーティ。彼らも武装解除され、縛られて転がされている。ガリベンは全身血まみれで動くことも出来ず、心配するミーナにただ抱きしめられている。
「そりゃあ、俺達もよほどのことがない限り人間の側につく」勇者が困った顔で「でも、それは俺達も人間だからで、正義だからじゃない」
勇者から真っ直ぐ見つめ返され。ヒューマンの睨みに力が入る。
「魔王は力で世界を支配しようとしている。我々は示さなければならない。力が正義ではない! 人間が正義なのだと!」
力説するヒューマンに、仲間の1人が駆け寄り
「ボンキュボンを含む50体ほどの魔物がこちらに向かっています」
その報告に魔王城への道を見下ろすと、魔物の集団が黒い塊のように登ってくるのが見える。
「シーマの射種まで2時間ほどかかる。その前にボンキュボンたちがここに来るさ。残念だったな」
シラベールの口調には小馬鹿にするものがある。だがヒューマンの笑みは変わらず
「順番が逆になったがまあいい。本隊に連絡、魔王城の攻撃を開始させろ」
「本隊?」
「我々だけだと思っていたのか。射種によってダメージを受けた魔王城にとどめを刺すための兵器を用意してある」
会の仲間が光の狼煙を上げると、魔王城の遙か向こう側から、巨大ロボ……もとい、鋼鉄の巨人間兵が現れた。その身長は100メートル近い。よくここまで気づかれずに接近できたものだと感心するぐらいだ。しかもその足下にはトップの会の軍が群がっている。
眼下の魔物達の動きが乱れた。巨人間兵の姿に、進むか城に戻るか迷っているようだ。
巨人間兵と共に進軍するトップの会軍を指揮するタイチョー(33才・男)は魔王城を前に舌なめずりする。
「ヒューマンには悪いが、手柄は全て俺がもらう。攻撃開始!」
軍が一斉に突撃し、巨人間兵が両肩の巨大砲身を魔王城に向ける。砲身が火を噴き、巨大砲弾が発射! それに合わせるように正門の上から目隠しをした極炎竜・ドラガンが姿を現す。
「ドラガン様!」
角にしがみつくメイの合図に合わせて、ドラガンの口から1兆度の熱線が放たれる。それは砲弾もろとも巨人間兵を直撃、一瞬で蒸発させた。
残っているのはかろうじて蒸発を免れた膝から下の足の部分のみ……。
「怖い怖い怖い怖い怖い」を震えながらつぶやくドラガンに、メイが耳元で「もう大丈夫です。あとはピーさん達に任せましょう」
巨人間兵の出オチっぷりに唖然とするタイチョーの前で、魔王城の正門がゆっくりと開く。その向こうにいるのはピー率いる魔王城警備隊。
足だけになった巨人間兵を望遠鏡で見ながら、呆然と口をあんぐりと開けるヒューマンの耳元で
「わかったらさっさ逃げろ。ガリベンを殺さなかったことに免じて、追っ手は出さないでやろう。ただし、次は容赦せん」
ボンキュボンが囁いた。途端、ヒューマンは驚いて後ずさる。ボンキュボンだけでなく数十体の魔物達が目の前にいた。
「魔王! 馬鹿な。お前達は……あそこにいるのは?!」
驚愕の顔で登山道の魔物達を見下ろすと、その魔物達は露のように消えた。
「幻影……。我々はこちらにくるお前達の幻を見せられていたのか?」
慌てて見回すと、彼以外、全員警備隊をはじめ魔王城の魔物達に叩きのめされていた。
「こんな不確実なやり口に全力を注ぐはずがない。お前達は囮で別働隊がいるはずと考えただけだ。さあ、戦うか逃げるか決めろ」
× × ×
太陽のさす中、シーマの花弁が開く。白と赤・青・黄のグラデーションが見事な波打つ花弁が大きく開く。その様子を怪鳥がぶら下げる籠の中からシラベール親子が、全身包帯だらけのガリベンが見下ろしている。戦士がスケッチしている。他にもティンキーをはじめとする空を飛ぶ魔物達がこの100年に1度の開花ショーを見物している。
別の怪鳥がぶら下げる籠の中、魔王と勇者達が花を見下ろしていた。
「お前達、よくあいつらに協力しなかったな。私に勝つチャンスだったのかもしれないのに」
「こいつを戦いの道具にするほど野暮じゃ無い」
花から目を離さずに勇者が答える。その横で魔法使いが口をとがらせそっぽを向いた。
「おい、射種がもうすぐ始まる。全員地面に降りて、シーマの根本に集めさせろ。そこが1番安全だ」
そばの籠からシラベールの声がする。いよいよ本番だ!
追伸。射種された種の1つがカクーノ国宮殿中央庭園に落ちた。ちょうど国王タクロース17世の銅像の除幕式が行われており、種は銅像を直撃、木っ端微塵に吹っ飛ばしたが人的被害は無かった。なお、その種は地中深くにめり込み、3年後、芽を出すことになる。
(おわり)
今まで触れてはいましたが、具体的には書かれていなかった「魔王城に来る学者」シラベール親子の登場です。魔王滋養メンバーで彼らに絡められるのは彼しかいないということでガリベンの出番も増えます。
前回に引き続き人間トップの会が登場です。人間トップの会は「どんな良いと思える考えも、やり過ぎると害になる」という考えが基に生まれたものです。一線を越えた人間原理主義者とでもいうのか「力が正義では無い。人間が正義だ!(だから人間でないお前らは正義じゃない)」は彼らの基本思想ですね。
やり過ぎによって害となる以上、基本的な部分だけなら「それのどこが悪いの?」「いや、それは普通だろ」とほとんどの人が反応する考えでなければならない。彼らの味方をするのも、敵視するのも抵抗を感じる存在。ということで人間第一を選びました。




