【第34話 ボンキュボン倒れる】
どんより曇った朝だった。
魔王城、ピーがエリザベスに吹き飛ばされる音で魔王ボンキュボンは目が覚めた。いつもなら起きて、今は亡き連れ合いの遺影に清水を備え挨拶し、軽い体操をし終えて朝食の準備を始める時間だ。
「寝坊なんて何年ぶりだ……なんかだるいな」
部屋の空気を入れ換えようと窓を開けると、どんより曇った空から流れ込む空気に思わず身震いした。途端視界がぼやける。体に力が入らず、彼女はその場に崩れるように倒れた。
「すみません。今日、魔王さまは具合が悪くてお相手できません。面会も出来ません」
腕貫をつけたパイナップルの果実人事務員に頭を下げられ、相も変わらぬ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティが申し訳なさそうに
「それはそれは。お大事に……じゃない! 俺達の相手も出来ないほど具合が悪いなら、今こそ奴を倒すチャンスだ。行くぞ!」
パーティが一斉に得物を掲げ、魔王の部屋に向かって走り出す。
その背中を見送る果実人に心配そうに分厚い眼鏡をかけた狼男の事務員・ガリベンが
「大丈夫ですか。今の魔王様は力の制御が出来ないと聞いてますけど」
途端、腹に響くように城全体が震えた。
「医務室にベッドを5床用意しておきます」
魔王城地下25階。ここは危険な魔法具や呪いの品を保管したり、呪いにかかった病人などを隔離するためのフロアだ。フロア全体が幾十もの結界に覆われ、呪いが干渉しないように無数の細かな部屋に分かれている。
その一番奥の一番強力な立体結界が張られている特別室のベッドでボンキュボンは横になっていた。心配で様子を見に来たメイや野菜人、果実人達が開かれたドア越しにボンキュボンを見つめている。いつもは白い彼女の肌が今はどぎつい青と紫の斑模様に変色し、湧き出る魔力に着ている羽衣が揺らいでいる。普段は彼女の膨大な魔力を押さえ込む羽衣が、今は流れ出る魔力の調整弁になっている。
当のボンキュボンは苦しそうな息づかいで光のない目を天井に向けており、意識があるかどうかも怪しい。
「体温1088度。脈拍777、血圧2022の11。新陳代謝指数596」
魔方陣の中、医師のブランク・ジャンクが読み上げる数字を人間体のドラガンが書き留めている。ジャンクは普段の白衣ではなく、特別製の対魔加工処理が施されている鎧のようなものを着ているが、それもあちこちから煙のようなものが出て表面が溶けている。
「人間ならば危篤半歩手前というところだな。魔王達に見られる魔力代謝浄化現象だ」
「……魔力……なんですか?」
「簡単に言えば、長年たまった魔力の汚れを一気に排出しようとしているんだ」
言いながらベッドの隅を見ると、乳白色の結晶がこびりついている。放出された汚れた魔力・汚魔力の結晶体だ。
「魔王差はあるが、200年に1回ぐらいの割合で起こる。私も直接見るのは今回も入れて2度しかない。完全に排出し終えるまで5~10日この状態が続く。普通は数日前から予兆のようなものがあるはずだが、突然だったな」
魔方陣の外に出た途端、ジャンクが着ていた対魔鎧が半ば腐るようにして剥がれ落ちた。
「まいったな」ジャンクが時計を見て「この鎧でも3分が限度か。うちにある1番頑強なやつなんだが」
「後は私がついていますから、先生は少し休んでください。魔王さまにつきっきりというわけには行かないでしょうし」
結界の中からドラガンが言う。この結界内で普段と変わらず動けるのは今の城内ではドラガンだけである。先ほどから彼がジャンクの助手を務めているのはそのせいだ。
「でも、ドラガン様もずっとつきっきりというわけには」
メイの言葉に応えるように、フロアの扉が開き、キンさんが入ってくる。その後ろにはふたつの人影が
「事情は聞いたよ。まったく、自己管理もろくに出来ないのかね。あの馬鹿姪は」
1人は中年女性で魔王オー・セッカイ。ボンキュボンの叔母である。独身男女を見つけては結婚させるのが生き甲斐というお節介な魔王だ。今も度々ボンキュボンに見合い話を持ってくる。
「汚魔力ぐらい、ウンコみたいにブリッと出せないのかね」
「オー・セッカイ、歳を取っても女性がそのような言葉遣いをしてはいけません」
言いながら次々とポーズを取るのは魔王イッケメン。かつてのボンキュボンの見合い相手で、魔王の中では1、2を争う美形男子である。ただし、何かセリフを言う度にポーズを取るという呪い……もとい、悪い癖がある。そのせいでただの変人にしか見えない。
魔王である2人も、ドラガン同様この結界内で自由に動ける力がある。
「ボンキュボンはあたしらとそこの極炎竜が交代で世話をするから、あんたらは本来の仕事にお戻り。病み上がりのボンキュボンを煩わせるようなことにするんじゃないよ」
『はいっ!』
セッカイに睨まれ、メイや野菜人、果実人達が背筋を正す。
「何とかボンキュボンに近づく方法ないかしら。なんだかんだ言っても、伏せっている今こそ奴を倒すチャンスなんだから」
「そうか? ボンキュボンには2人の魔王と極炎竜が交代でついているんだぞ。フロア自体強力結界で覆われているし、奴から放出された魔力に触れたらこっちの体が持たない。むしろ今の方が手を出せない」
魔王城談話室で、勇者パーティが話している。
「そのうち1人はあのイッケメンだろう。やだぞ、また石にされるのは」
彼らは過去2回、イッケメンによって石像にされている。彼に殺す気がなかったからこうして無事に戻れたが、次もそうだとは限らない。
ボンキュボンが地下に隔離されてから5日目。彼らは城に報告はしたものの戻る気になれず、かといってボンキュボンのいるフロアに攻め込むことも出来ない中途半端なままここにいる。
「何を調べているんだ?」
勇者が賢者に声をかける。賢者はここ数日、魔王城図書館で何やら調べ物をしている。今も分厚い辞典を真剣な目で読んでいる。
「ボンキュボンが出した汚魔力の結晶体。それをいくらか手に入れられないかと思って調べているの。汚魔力と言っても魔王の魔力の結晶体よ。いろいろな魔法具の材料になるから、研究所に持っていけば高く買ってくれるはずよ」
「金になるのか?」
思わず身を乗り出す一同。彼らは国の命を受けて魔王討伐に来ているものの、歩合制のため、いつも貧困状態だ。
「物騒な話しているね」
いきなり近くで声をかけられ、びっくりして見るとお茶と菓子がのったトレイを持った野菜人を連れたセッカイが立っている。
「安心しな。ぶち殺す気はないよ。あんたらはあの子のお気に入りらしいからね」
勇者パーティの隣に座ると、彼女の前に野菜人がトレイを置いて戻っていく。
「汚魔力の結晶体に手を出すのは止めときな。あれから作る武具や道具はほぼ100%呪いの品になる。中には魔爆弾を作ろうなんて奴もいる」
さすがに勇者パーティも息を飲む。魔爆弾。魔力を爆発力に変える特殊爆弾で、かつてそれが使われたヒロッシマとナーガサキの町は一発で消滅してしまった。あれから技術も進歩し、今の魔爆弾ならこの魔王城をも一発で消し飛ばす威力があるだろう。
「それじゃあ、あんたたちは汚魔力の結晶体をどうする気? あれで人間達を攻撃する武器を作るんじゃ無いの」
「人間じゃあるまいし、ひとつ間違えば自分たちが滅びる魔爆弾をわざわざ作って使うほど、あたしら魔王は馬鹿でも暇でもないよ。それと結晶をどうするかだけど、極炎竜のブレスは約1兆度。完全に処理できるさ」
睨む魔法使いをセッカイは鼻で笑った。この手の言い分は慣れっこになっている。
「それよりもあんた達」勇者パーティを見回すと「全員独り身かい? だったらいい話があるんだけど」
どこに隠し持っていたのか、見合い写真の束をテーブルに置いた。魔族から獣人、人間までよりどりみどりだ。
「はい。今回の分」
台車3台に山積みされた結晶体をイッケメンが結界の外に移すと、待っていた野菜人とゴーレム達が受け取る。汚魔力と言っても結晶化したものは安定し、よほど強いショックを与えない限り問題はない。もちろん素手で触っても大丈夫だ。
それを押してフロアを出て行く彼らを見送ったイッケメンは、振り向きざまボンキュボンのベットめがけて大きく腕を振る。放たれた魔力が波となって通り過ぎた後に、次々と奇妙な紋様を施された鎧を着た人間達が次々と現れる。その数10人以上。
「隠れ身を施した魔法具かい。そんなことまでして私に会いたいとは、なんて私は罪深い存在なんだ。ああ、美しさは罪」
ポーズを決めながらウインク。彼の得意とする魅了だ。が、魔法具の紋様が点滅するだけで侵入者達に何の変化もない。
「さすが。私の魅了をも防ぐ鎧だね。石化対策もしているだろうし、狙いは私じゃ無くて」
侵入者達は剣を抜くと、一斉にベッドのボンキュボンに襲いかかる。
イッケメンの姿が消えた。いや、見えないほど素早い動きで侵入者達の間を縫っていくと、通り過ぎた瞬間、彼らの鎧が砕け散っていく。とたんフロアの毒気にやられて皮膚を変色させ、血反吐を吐いて倒れていく。
「そうそう、病に苦しむ女性を狙うのが人間のやり口だったね」
指先までピンと伸ばした手刀を構えたイッケメンが姿を現す。侵入者達が次々と襲いかかるが、それらを苦もなくポーズを決めながら鎧を破壊、充満した毒気の力で倒していく。
「魅了と石化を何とか出来れば私に勝てると思ったら大間違いだよ。その鎧を着たままでは君たちだってろくに戦えないだろうし」
美しきイッケメンの笑みに、侵入者達が後ずさりする。
汚魔力の結晶体を運ぶ野菜人やゴーレムを乗せたエレベーターが上昇する。様々な備品を運ぶエレベーターはかなり広く、学校の教室ぐらいある。移動の間、暇を持て余してしりとりをしている野菜人達。その背後の空間が微かに揺らぎ、イッケメンの前に現れたのと同じ魔法具を身につけた侵入者が数名現れ、剣を抜いた。
静かに頷き、侵入者達は背中を向けている野菜人やゴーレム達に向けて歩き始める。
……
エレベーターが止まり扉が開くと、結晶体の台車を乗せた野菜人とゴーレム達が降りてくる。フロアで出迎えたセッカイが
「何か異常はなかったかい?」
「ありましたけど無事です」
何事もなかったかのように台車を押していく彼らを見送り。セッカイがエレベーターの中を見ると、侵入者達が鎧を切り刻まれ、血まみれになって倒れている。
「人間にされても剣の腕は確かだね」
侵入達の横で1人佇む戦士に言った。彼の名はムダジニ、人間の呪いによって人間にされてしまった元・魔王ドーショウ。人間にされて魔王の力の大半を失ってしまったが、魔王屈指と言われる剣の腕は今でも健在である。
「あんたが情報持ってきてくれて助かったよ。で、あんたの呪いを解く方法は見つかったのかい?」
言われてムダジニは静かに首を横に振る。
「……あー眠い。こっちも終わりましたから、サボっていいですか……」
さすまたと革鎧で武装した警備隊を数名連れて、警備隊長グースカ・ピーがエレベータの外から声をかけると、ひとつ大あくびした。
× × ×
乗合馬車の魔王城前停留所から少し外れた、停留所から見えない場所に装備を剥ぎ取られ、石化された侵入者達を山積みにした台車が置かれた。それを前に、勇者達も真っ青になっている。
「この人達は?」
勇者が震える指で彼らを指さすのに対し、セッカイは何でもないように
「あんたらも知っているはずさ。『人間トップの会』 人間最高、人間ステキ、素晴らしき人間に比べたら、魔王も魔族もみんなゴミって連中さ。そんな奴らに優しくするほどあたしらはおめでたくないよ」
石化されずにいる何人かの侵入者達が縛られ、目をハートにしながら必死にもがいている。
「お願いです。私たちをここに置いてください。イッケメン様のためなら何でもします!」
対魔王用の鎧を剥ぎ取られた彼らはイッケメンに魅了されて全てを話していた。彼らの目的は病に倒れたボンキュボンの抹殺及び汚魔力の結晶体の入手。だが、魔王に戻るため、自分に呪いをかけた人間トップの会を探っていたムダジニがそれに気がつき、魔王城に連絡、彼らを待ち受け、返り討ちにしたというわけだ。
「お願いします!」
「だーめ」
哀願する侵入者達をイッケメンがひとにらみ、たちまち彼らを石化する。セッカイが周囲を見渡し
「どうせ仲間が近くにいるんだろう。ここにほっぽっときゃ、そいつらが回収するさ。しなかったら石化が解けた途端、野生の獣に喰われて終わりだね」
周囲に聞こえるようにわざと大声でセッカイが説明する。周囲の木々が揺らいだのは気のせいか。
「魔王さまが目を覚ましました!」
城の方からメイが嬉しそうに駆けてきた。
(おわり)
ボンキュボンが倒れ、いよいよ「人間トップの会」が動き出します。対抗するため、名前付きで出てきた魔王達が勢揃いです。彼らの動きは勇者パーティと違って洒落にならないので出番は限られるでしょうが。
最初はボンキュボンが倒れた時を狙ってトップの会が大軍で攻めてくる。さすがに城のメンバーだけでは絶えきれないというときに、他の魔王達が援軍として駆けつけるという流れだったのですが。ちょっとこぢんまりした感じになってしまいました。魔王城側もたいして苦戦していないし。個人的にはもう少しムダジニの出番を増やしたかった。




