【第33話 ランプの精にお願い】
「思っていたより手間取りましたね」
たすき姿のエリザベス・マイマイと清掃班の野菜人・果実人達が周囲を見回し、満足げに頷く。
ここは魔王城地下3階の一角。かつて先代城主魔王ハラスメントと勇者軍団が闘った折、まるごと空間が閉鎖され、先日開放されるまでそのままになっていた。開放された折、中の勇者や魔物達がアンデッドと化し、邪気が溢れでるほどだったが、今はすっかり見かけは普通のフロアだ。ただ、閉鎖に伴い歪められた空間の影響は残っており、これから時間をかけてそれを戻さなければならない。
ちなみに、ここにいたアンデッド達は成仏したり、キンさん直属のアンデット部隊の一員になったりしている。
「おお、ずいぶんと綺麗になったな」
様子を見に来た魔王ボンキュボンも感心したようにフロアを見回す。
「まだ何カ所か空間歪度の高いところがありますが、それ以外は物置にするぐらいはできます」
「そうだな。地上につながる出入り口をつけて倉庫にでもするか。出入りが多ければ換気にもなる」
「その前に、回収した品物の分別をお願いします」
清掃と浄化に伴い、多くの品が回収された。それはとりあえず近くの部屋にまとめておいてある。やはり戦場跡らしく武具の類いが多い。間違いを防ぐためか、名前が書かれているものも多い。、勇者が絶望の中、家族に宛てて書いた手紙もある。
「キンさんの記憶がハッキリしていればもう少し区別できたのだろうが」
魔王ハラスメント時代からこの城にいて、勇者軍団との戦いも経験している元スライム、今は死んでゴールデンスケルトンになっているキンさんだが、死のショックからか当時のことをほとんど覚えていない。実際この空間に足を踏み入れていくつか思い出したことはあるが、簡単な部屋の配置ばかりで遺品の区別にあまり役立つものではなかった。
「出来れば遺品として親族に渡してやりたいが、時が経ちすぎている。人間の親族は皆亡くなっているだろうし」
「それに、私たちが持って行っても、受け取るとは限りません」
魔王城が人間達に門を開いて100年以上経つが、やってくるのは未だに限られた人間ばかりで、多くの人たちにとって「魔物=恐ろしい、危険な生き物」なのである。ただ、ここを訪れた商人や学者達を通じて「ここの魔物達は、こちらから危害を加えない限り決して危険な生き物ではない」とわかってくれている人たちも、わずかずつではあるが増えている。それが今後も続くようにするためにも、まだこちらから出向くには慎重にならざるを得ない。
「と、言うわけでお前達の助けが欲しい」
回収した遺品の山を前に、ボンキュボンが勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティに頭を下げた。すでにいつもの魔王戦は終わり、勇者達はそろってボロボロである。
「とりあえず勇者軍団の遺品らしきものをまとめておいた。そうで無いものは隣の部屋に置いてあるが、私たちのミスもありうるから、そちらも見ておいてくれ。どちらとも言えないものは、こちら側にまとめてある。これも参考にしてくれ。邪気の類いはあらかた祓ってある。持ち主不明で欲しいものがあったら手間賃として進呈しよう」
遺品をまとめた目録を差し出す。タウンページ並みの厚さだ。ページをめくると、遺品ごとに大きさ、形状、状態、発見場所などがイラスト付きで記されている。戦死者には悪いが、見るだけで疲れる量だ。
「勇者と魔物の持ち物って、どうやって区別したんだ?」
戦士の問いに
「武具の類いは形状や大きさだな。腕が4本あったり、腰の後ろに尻尾を通すらしき穴があったりする鎧は人間用ではないだろう。他にも長さ3メートルの剣とか、逆に長さ2センチの斧とかも人間用とは思えない」
賢者が手近な盾を持って裏を見ると、
「これって名前じゃない? 住所:ニーホン国トチギ村 氏名:ああああ」
「想像だが、もはや脱出不可能と悟った勇者達が、わずかな可能性を信じて装備や持ち物に名前を書いたのだろう。他にもそれらしい書き込みが結構ある。目録にも記してあるから参考にしてくれ。一度に持ち出すのが無理なら、一度戻って城から人をよこすよう手配してほしい」
確かに、勇者パーティだけではとてもじゃないが持ちきれない。
「正直、ここに良い思いはないんだけどね」
戦士2がぼやきながら遺品を調べ始める。勇者パーティは以前、ここの邪気に当てられアンデットに憑依されたことがある。
武具の他にもお守りの類い、紙で作った折り鶴の束などもある。親族が無事を祈って持たせてくれたのかもしれない。
「何探してるの?」
魔法使いが武具とは別に回収品をあさっている戦士に声をかけた。
「いや、持ち主不明のものなら進呈するって言うから、何か高く売れそうなものはないかなぁって」
彼が手にしているのは古びた調度品の類いだ。勇者軍団が戦いに持ってくるとは思えないから、もともと城にあったものなのだろう。
「これなんか好事家に売れるんじゃないか」
手にしたのは古びたランプ。埃は払ってあるが、汚れが残っているので戦士がゴシゴシこすった途端、ランプの口の部分から綿のような煙がもくもくと立ち上る。
「な、なんだ?」
彼らの目の前で、煙はやがてちょっとメタボ体型、裸に薄手のベストをまとっただけの上半身。白いターバン、どじょう髭の男の姿に変わる。
「やっとでられたぞ。私はランプの精。お前達の願いを言え」
期待を浮かべる勇者パーティを前にランプの精は偉そうに胸を張り
「どんな願いも、できる範囲でかなえてやろう!」
勇者パーティの期待があっという間にしぼんでいく。
「できる範囲でって……言っていることはもっともだけど、一気にしょぼいイメージになったわね」
「出来ないことは出来ない! 私は正直なランプの精だ」
「気をつけないと。こういうのはこっちの願いを悪意の解釈でひどい目に遭わせるっていうのがパターンよ」
賢者の忠告にランプの精は不愉快そうにどじょう髭を震わせ
「失礼な。そんなことはしない。かなえるのは願いの具体的な中身を確認、同意を得てからだ。私は良心的なランプの精だ」
そこへキンさんとメイドのメイがお茶のセットを持ってやってきた。
「どうですか調子は? ……ランプの精!? 無事だったんですか」
驚き駆け寄るキンさんだが、ランプの精は彼を見ても小首をかしげるだけだ。
「誰だお前は? お前など知らんぞ。金色のスケルトンに知り合いはいない」
「ああそうか。今はアンデッドになってしまいましたが、私、キンです」
「キンだと?! 馬鹿な。キンはスライムだ。スケルトンではない。本当にお前がキンだというなら、証拠を見せろ」
「では……あなたのキン●マの横に三日月型のほくろが2つあるのを知っている。というのでは」
思わず勇者パーティが吹き出し、メイが真っ赤になってうつむく。ランプの精は驚き
「それを知っているとは……お前、本物のキンか!?」彼はキンさんの体をまじまじと見「スライムにも骨があったのか?」
「よく言われます」
約200年ぶりの再会に、キンさんとランプの精はひしと抱き合った。
勇者パーティから事情を聞かされたボンキュボンは
「調査隊が調べたときには出てこなかったが。乱用を防ぐために精を呼び出すのに条件があるのかもしれない。キンさん、覚えてないか?」
「申し訳ありません。そこいらの記憶はあやふやでして」
一方、当のランプの精は
「そろそろ願い事を決めてくれ。あまり長いとランプに戻るぞ」
自分を呼び出した戦士に詰め寄っている。ちらとボンキュボンを見
「魔王ボンキュボンを倒せ」
その願いにランプの精も驚き、ボンキュボンを見る。どれとばかりにボンキュボンがランプの精の前に立ち、どこからでも来いとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「その願いは私の力を超えている。この魔王は私より強い」
やっぱりねとばかりに勇者パーティがため息をついた。
「じゃあ、俺は戦士だから強力な武器を出してくれ」
「無から物を作り出すのは私の力を超えている。材料費をくれ、それとそれで武器を作る職人を紹介してほしい」
「だったらストレートに現金で。100億ぐらい」
「100億貯めるのにどれぐらいかかるかな? 時給の良い仕事先をこれから探して……」
「金ぐらい魔法でぽんと出せないのかよ」
「繰り返すが、私に無から物を作る力はない。それに勝手にお金を作るのは犯罪だ。私は清廉潔白なランプの精だ」
(こいつは……)
どうもこいつは自分たちが思っているような力は持っていないらしいと薄々気がつき始めた勇者パーティ。
「こいつ、前にはどんな願い事を叶えていたんだ」
勇者がキンさんに聞くと
「ハラスメント様が呼び出したときには『お友達になって』という願いを叶えてくれました。他には『お祭りの飾り付けを手伝って』とか『魔王城歌合戦の司会やって』『お菓子作りすぎたから食べるの手伝って』とか」
聞いた途端、勇者パーティがそろって隅に移動し顔をつきあわせ
「……なんだか、私たちがすごい汚れた存在に思えてきたんだけど」
「お友達にって、ハラスメントってそんなに友達いなかったのか?」
「あるいは誰とでもお友達になりたがるタイプだったのか」
そんな彼らを横目に、メイがもじもじしながらランプの精に
「あの……わたしのお願いではダメですか?」
「願いは呼び出した人限定だが、一応聞いておこう。どんな願いだ」
メイは言いにくそうにしていたが、やがて意を決するようにランプの精を見上げ
「お父さんのギャンブル狂いを治してもらえませんか! 賭け事を止めて真面目に働くようにしてください!」
だがランプの精は静かに首を横に振り
「それは私の力を超えている。ギャンブル狂いなどと言うが、君のお父さんは賭け事が好きなのだ。家族よりも好きなのだ。人の『好き』という気持ちを力ずくで変える力は私にはないし、あってもそんな使い方は嫌だ。私は心を大切にするランプの精だ」
「そうですか……」
しゅんとなるメイを静かに勇者パーティは見ながら
「で、結局願い事どうする?」
「力はそこそこありそうだから荷物持ちでもさせるか?」
戦士のつぶやきに、勇者達ははたと手を打った。
ニーホン国トチギ村
「こちらに昔、ああああという名前の方はいましたか?」
勇者達の突然の訪問に、年配の女性は小首を傾げながら
「ええ。確か200年ぐらい前のご先祖がそんな名前の勇者だったとか。でも、魔王討伐に参加して戦死したと聞いています」
「実はかくかくしかじかというわけで、遺品のお届けに参りました」
きょとんとする女性に勇者が盾と槍を渡す。
「これで14件目と」
目録の写しに魔王使いが遺品の盾に✕印をつける。
「次は……アイチ街のニャゴヤ番地。名前は2222(にゃんにゃんにゃんにゃん)……なぜこんな名前にしたか聞いてみたいわね」
「名付け親なんてとっくに死んでいるでしょ。名前があるだけ私たちよりずっと良いわよ」
「まだあるのか?」
彼らの後ろで、自分の体の数倍はある荷物を背負ったランプの精が愚痴をこぼした。この荷物は全部、持ち主がわかった遺品だ。
「あと22件だ。頑張れ。終わったら屋台の牛串おごってやる」
「私はケバブの方が良い。私は食にこだわりのあるランプの精だ」
ランプの精が指を振ると、煙が集まり雲となり、勇者パーティを乗せて大空へと舞い上がる。
「これ良いなぁ。馬車代が浮く」
「同じ願いは3回まで。私は便利屋でなくランプの精だ」
勇者パーティとランプの精を乗せて雲はニャーゴヤ向かって飛んでいく。空は晴れ渡り、彼らを乗せた雲が青空に冴えていた。
(おわり)
アラビアン・ファンタジーでは定番のランプの精。キンさんに続くハラスメント時代からの魔王城メンバーです。とはいえ、以後は戦士のもつ勇者パーティの備品になり「できる範囲で協力」しますが。ランプの精に具体的な名前がないのは勇者パーティメンバーのお約束ですね。
ランプの精は書いてて楽しいキャラでした。




