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【第32話 さようならエリザベス】


「さっさと起きなさーい!」

 エリザベス・マイマイの叫びと共に魔王城警備隊長グースカ・ピーの部屋から突風が吹き出した。風と一緒に飛びだしたパジャマ姿のピーが部屋の前にある木に引っかかる。

 枝に引っかかったままピーは寝ぼけ眼のまま大あくび。

「おはようエリザベス」

 自分の部屋に向かって挨拶する。そこには窓際で仁王立ちするエリザベスの姿があった。魔王城清掃班長であるエリザベスは、警備隊長のピーを毎朝起こしに来る。何しろピーは用事が無ければ1日のうち25時間は寝ている男。起こすのはいつでも実力行使だ。

「朝ぐらい寝かせてくれませんか。私は基本的に夜行性なんです。エリザベスだってそうでしょう」

 飛ばされた窓から入ってくるピーがぼやいた。彼は猫型、エリザベスはカタツムリ型の魔物で、猫やカタツムリではない。だが習性は似たところがあり2人とも基本、夜の方が調子が良い。もっとも仕事の関係でかなり昼行性に近くなっている。特にエリザベスは。

「魔王城に来て100年近く経つのに何を言っているんですか。仕事に合わせて生活リズムを変えるぐらいしなさい」

「面倒くさい……。エリザベスも朝は起きずに一緒に寝ましょう」

「いっ、一緒にって!?」

 瞬間、彼女の脳裏に布団の中で抱き合う自分とピーの姿が思い浮かぶ。真っ赤になって

「破廉恥禁止!」

 真っ赤になった彼女のロールヘアー・トルネードで再びピーが吹っ飛ばされた。

 正門の掃除をしながらその様子を遠目に見ていた野菜人・果実人達が

「もう6時か」

「一区切りついたら朝ご飯にしよう」

 当たり前のように話している。エリザベスはいつもピーを決まった時刻に起こすため、今では時計代わりになっている。

 そこへ正門を叩く重い音と共に「開門! 開門!」と大声が響き渡る。

「すみません。開城は9時からなんです」

 言いながら正門脇の通用門を開けると勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者(オカマ)の勇者パーティがいる。

「あれ、どうしてこんな時間に?」

 勇者達は徒歩5分の場所にある停留所「魔王城前」まで乗合馬車でやってくる。しかし乗合馬車はこの時間にはまだ来ないはずだ。

「違う。ここに来る途中、この連中と一緒になって道案内させられた。まぁ、馬車台は浮いたが」

 不満げに勇者達が道を空けるように脇にどくとそこには武装した一団。見るからに重武装の兵士たちに囲まれ、派手な装飾の馬車がある。しかも兵士達はみんな上半身は人間だが、下半身は巨大な巻き貝。カタツムリの魔族である。

「……もしかして、エリザベス様のお知り合いですか?」

「やはり、エリザベスはここにいるのだな」

 馬車の扉が開きスロープが延びる。いかにも高そうな服を着た、カイゼル髭を生やしたカタツムリ魔族の男が降りてくる。

「私はショーグン・マイマイ。エリザベスの父だ」


「エリザベス、そろそろ家に戻ってきてはくれないか」

「それはあの女の希望ですか?」

 魔王城客間のひとつでエリザベスは父のショーグン・マイマイと向かい合っている。

「あの女はないだろう。お前の母親ではないか?」

「義理の母親です。お父様が再婚してあの女が家に来たとき、私や、私のお母様の遺品に対しどんな態度を取ったか。ただしまうならば私もつらいながら納得出来ます。我慢もします。しかしあの女は遺品の全てを燃やし、捨てました。それどころか、まだ幼体だった私をピクニックと称し連れだし、森の奥に捨てたのよ! あのとき私がどれだけ心細かったか、さまよったあげくこの魔王城にたどりついとき、どれだけうれしかったか。あのとき私は幼体の心に誓いました。マイマイ家を捨て、この魔王ボンキュボン城の清掃班長として生きると!」

 力説する彼女の言葉を、ドア越しにメイドのメイや野菜人、果実人達が聞いていた。やはり気になるのか、ボンキュボンとキンさん、ピーもいる。成り行き上気になるのか、勇者パーティもそろっている。さすがに今回、ボンキュボンと戦う気分は失せたらしい。

「エリザベス様も、あたしと同じような身の上だったんですねぇ」

 父の借金の形に売り飛ばされた経験があるメイにとって他人事とは思えなかった。

「童話の意地悪な継母みたい」

「みたいじゃなくて本当にその通りでした」キンさんが「城にたどり着いたエリザベス様はご自身もおっしゃったようにまだ幼体。人間で言えば5歳ぐらいでしょうか」

「抱きかかえられる、これぐらいの大きさでな」ボンキュボンも懐かしむように当時の大きさを腕で示し「泥まみれで震えながらも、弱みは見せまいと強い目でこちらを睨むような目を未だに覚えている。気の強さはあの頃からだ」

「エリザベス様の事情を知っているんですか?」

 メイに聞かれてボンキュボンは頷き

「うむ。幼体の女の子が迷い込んできたのだ。親元に帰すべきだと思って調べたところ、カタツムリ系魔族の貴族マイマイ家の令嬢だとわかった。マイマイ家の事情を知り、すぐに返すのは問題だと、連絡だけしてしばらくうちで面倒を見ることにした」

「しばらくと呼ぶには長すぎましたが。真面目に働いてくれるので、つい甘えてしまいました」

 ボンキュボンとキンさんはいくらか責任を感じているのだろう。申し訳なさげに言葉が重い。

「それでお父様、私に戻ってこいというのは、家で何かあったんですか? あの女が出て行きましたか?」

「いや。出て行かなかったが、生まれもしなかった」

 その言葉に一番反応したのはボンキュボンだった。

「子供が出来なかったのか。それでエリザベスを連れ戻そうと」

 ドア越しでもその言葉は聞こえたのか、エリザベスは思わずドアを見、そして父を見る。

「家の存続のためにですか。さしずめ、私の結婚相手も用意されているのでしょう。子供が余っている他の貴族の三男坊あたりですか?」

 彼女の口調はすこし嫌みっぽい。

「……そう言うな。このままではマイマイ家は絶えてしまう」

「永遠に続くものなどありません。今の私の家はこのボンキュボン城であり、ここの魔物達が私の家族です」

 エリザベスの言葉に迷いはなかった。

 ため息をつくとボンキュボンは扉を開けた。

「失礼。ドア越しながら話は聞かせてもらった。エリザベス、お父さんの希望を受け入れろとは言わんが、1度戻って家の様子を見てくるぐらいはしたらどうだ。100年近くそのままにしていた娘を迎えに来たのだ。本当に困っているのだろうし、継母も反省しているだろう。私も60年夫婦でいながら子供が出来なかった。100年出来ないならさぞかし寂しく、つらかったであろう」

 子供が出来ない哀しみは充分わかると言いたげにボンキュボンが涙を堪える。だが、

「そこまで困らなければ迎えに来ないということです」

 エリザベスの強情さは動かない。

「魔王さまの言うとおり、家に戻るべきです」

 そう言ったのは壁により掛かるようにして横になっているピーだ。目を細くして、相変わらず寝ているように見える。が、声に含まれた力は彼が起きていることを示している。

「ピー! あなた、私がいなくなっても平気なんですの?!」

 そう叫ぶ彼女から、いつもらしくない空気を一同は感じ取った。何というか、「怯え」に近い感情だった。

「エリザベス」ピーが顔を彼女に向け、細い目をゆっくりと開く「あなたは清掃班長でしょう。だったら家に戻って、家の汚れを綺麗にしたらいい。親子の関係も含めて」

「汚れ……」

 言われてエリザベスがゆっくり視線を父に向ける。固く結んだ口を静かに震わせる父に。

「わかりました。戻りましょう」

 言われてショーグンに安堵の顔が浮かぶ。しかしエリザベスはその表情に釘を刺すように

「ただし、綺麗にしたら、綺麗にしても無駄だと判断したときはこちらに帰らせていただきます」

 それからエリザベスは簡単に仕事の引き継ぎを行い、とりあえず身の回りのものだけ持ってショーグンたちの馬車に向かう。

「ピー、私がいないからと仕事もせずに部屋で寝ているなんてことはしないでください」

 送り出しの面子に並ぶピーにキツく言うと、彼は困ったように

「え~っ、仕事をさぼっちゃ駄目なんて、だったら何のために仕事するんですか?」

「仕事をするためにです! 魔王さま、ピーをしっかり見ててください」

「そうはいっても、警備隊が暇なのは良いことだ。ピーでも警備隊長が務まるということは、それだけここが平和ということだ。なぁ」

 話を振られた勇者パーティが「俺達に同意を求めるな!」と声を荒げた。

 エリザベスを乗せた馬車が魔王城から遠ざかっていく。それを見つめるピーは眠そうと言うより寂しそうだった。

 馬車の中、エリザベスは魔王城を振り返ること無く、向かいの父を見つめていた。

「お父様、ひとつ聞いてよろしいかしら」

「何だ?」

「どうして今まで迎えに来てくださらなかったの。魔王さまから連絡は来ていたはずです」

 ショーグンはそれには答えず、ただ「すまん」と言うだけだった。

   ✕   ✕   ✕

 翌朝。ピーは自然に目が覚めた。「故障中」の紙が貼られた目覚まし時計を見ると、いつもエリザベスが起こしに来る時間だ。

「おかしい……何でだ」

 仕事の始まるまで、いや、始まっても寝ていられるはずなのに、なぜか眠れなかった。


 正門前。開城を知らせる鐘が鳴り、掃除を終えた野菜人、果実人達が正門を開けた。

「良い天気。洗濯物がよく乾きそう」

 手足を思いっきり広げるように伸びをする果実人の視線が空の一点で止まる。

 青白い炎が回転しながらこちらに向かって飛んでくる。近づくに従い、炎の中央に巻き貝の存在が確認される。回転ジェットで空を飛ぶ巻き貝は正門前にくるとジェット噴射を止め着地、ジェットのかわりに金髪縦ロールのお嬢様風の体がにゅっと出てくる。

「ただいま戻りました」

 エリザベスだった。先日、ショーグンと共に帰った時と同じ服装だが、全身薄汚れ、埃まみれ泥まみれ、金髪ロールヘアーには蜘蛛の巣が絡みついている。汚れをそのままとは、自身が汚れるのが大っ嫌いな彼女にしては珍しい。

「エリザベス様、帰ったんじゃ」

 戸惑う野菜人、果実人達に返事をすることも無く彼女は真っ直ぐ魔王城に歩いて行く。

「そんなことより、ピーはちゃんと起きているの?」

 数分後、ピーの部屋を訪れた彼女は、コタツ布団の中で鼻提灯を出している彼の姿を発見した。

「起きなさい、この寝ぼすけ猫!」

 窓から吹き出した突風に飛ばされ、パジャマ姿のピーは部屋の前にある木に引っかかった。冒頭シーンのバンクかと思うぐらい同じ展開だ。

 部屋の前でふくれっ面になっているエリザベスに、やってきたボンキュボンが「お帰り、エリザベス」と声をかける。その顔は、最初からこうなることがわかっていたかのようだ。

「思っていたより早かったな」

「ちゃんと掃除はしてきましたわ」

 不機嫌な顔でエリザベスは胸を張る。その様子を木に引っかかったまま、ピーが静かに笑っていた。


 マイマイ家では、ショーグンをはじめ従業員達が唖然として屋敷を見回していた。客間、廊下、キッチンにトイレと全ての部屋の壁や天井、窓や床はもちろん、家具や絵画や彫刻などの装飾品まで全てが綺麗に掃除、磨き上げられ、まるで鏡のようだ。室内だけでは無い、屋敷の外、塀や庭の装飾品はもちろん庭木まで綺麗に剪定され、鮮やかな色彩を放っている。目に見えるところばかりでなく、排水を流すパイプや下水道も同様。そこを流れる生活排水はまるでミネラルウォーターのような透明度だ。

 すさまじいばかりのエリザベスのお掃除能力。100年間魔王城を掃除し続けた実力は伊達では無い。

「ショーグン様。エリザベス様は……」

 メイドたちがショーグンを見る。その遙か後ろでは、熟女のカタツムリ魔族・エリザベスの継母が不機嫌を隠そうともせず顔を背けていた。髪も服も乱れ、顔は泥と傷まみれ。組んずほぐれつの大喧嘩の跡みたいだ。

 その姿にショーグンは安らかに微笑むと、顔を青空、魔王城の方角に向けた。

「さようなら、エリザベス」


(おわり)


 最初は実家に戻ったエリザベスと義母のバトルも考えましたが、結局全カット。これを書いたらなかなか終わりそうになかったので。

 以前、魔王城の前日談みたいなものを考え、プロットを書いたことがあります。キンさん1人だけだった魔王城に今のメンバーが少しずつ集まってくるのを何回かに分けて。今回書いたエリザベスの背景もその時に考えたものです。まだほとんど機能していない城に幼体のカタツムリ魔族が迷い込んでというものからボンキュボン達を前に「わたちには『えりざべす・まいまい』というちゃんとしたなまえがあるんでちゅ」と胸を張るところまで。

 結局前日談はお蔵入り状態ですが、同族を殺され、絶望の中城にたどり着くドラガン。人間たちに追われて逃げ込む野菜人に果実人。連れ合いの死からまだ立ち直れず泣いてばかりのボンキュボンなどキャラ付けには役立っています。

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