007「ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子」
「はぁぁあぁぁあぁ~~~やってしまったよ~~ううぅ~~……」
ここは学食から離れた場所にある花壇がいっぱい飾られた広場。
そこで大きなため息をつき肩を落としている涙目の美少女がいた……クレア・フィオーネである。
「やっと捕まえた~! クレア、あんた一体どうしたのよ。何かあの男に言われたの?」
「リリカ……」
リリカが少し遅れてやってきてクレアを心配する。
「まさか、何かちょっかいでも出されたの? だとしたら、あたしにまかせて。ギッタンギッタンにしてあげるっ!」
腕まくりしながらクレアを励ますリリカ。
「あ、ありがとう、リリカ。でも大丈夫。そういうことじゃないから」
そう言って、リリカに笑顔で返答するクレア。
「じゃあ、どうしたのよ、突然、あんな慌てたように飛び出して……」
「あ、う、うん。それは、その~……う~ん……」
そう言うと、クレアは少し話すかどうか悩む仕草を見せた。
「何よ、クレア! あたしたち幼なじみで親友でしょ! 隠し事は無しだよっ!」
リリカはそう言ってクレアに食って掛かる。
「あ、う、うん……わかった。でも、このことは絶対に秘密だからねっ! お父様に強く言われているんだからっ!」
「大丈夫、大丈夫。あたしが口堅いのは知ってるでしょ?!」
「う、うん……そ、それは、まあ……」
意外にもリリカは口が堅いらしい。
「よろしいっ! じゃあ、何なの、あの子は? どういう関係!」
「ちょ、ちょっと、そんないきなり聞かないでよ」
「ごめん、ごめん。だって気になるんだもん!」
「もうっ!」
そう言いながら『クスッ』と笑みを零しながらクレアが話始めた。
「じ、実は……その……もしかしたら……ていう話なんだけど……」
いざ話始めると、今度はモジモジとはっきりしない態度をするクレア。すると、
「何よっ! いざ話始めていきなりのその可愛らしい仕草はっ! 惚れてまうやろっ!」
どっかで聞いたことのある『チャン的な』ツッコミを入れるリリカ。
「ご、ごめんなさいっ?! じ、実はね……さっき声をかけた人、ダイオウガ・エスティオット君なんだけど、私、もしかしたらあの人と……」
「?? あの人と?」
「結婚……することになるかも」
「……へぇっ?」
リリカは気の抜けた返事の後、しばらく頭からケムリを出しながら茫然自失となっていた。
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「ダイ……お前、クレア・フィオーネとはどういう関係なんだ?」
「いやいやいやいや、どういう関係って言われても何の関係もないって?!」
学食から部屋に戻ったダイとシャロンは、整理してすっきりとした自室でコーヒーを飲みながら学食での一件について話をしている。
「そうか。まあ、お前の学食での態度を見る限りではそうだろうな……しかし、それにしても彼女、クレア・フィオーネは確かに誰隔てなく話す人格者ではあるが、彼女自ら上級貴族以外に話かけるのはあまり見たことがなくてな。なので、てっきり知り合いかと……」
「そうなのか? まあ、そうは言っても本当に知らんもんは知らんとしか言えんけどなっ!」
「まあ、それもそうだな」
俺はシャロンとそんな話をしながらクレアのあの驚いた態度にずっと引っかかっていた。
「なあ、シャロン。そう言えば聞いてなかったけどお前も貴族なのか?」
「いや、僕は『アルキメド10』で農業をしている農家の息子だ」
「ふ~ん」
「ダイは?」
「ああ……俺は『アルキメド20』で領主の息子」
「すごい! お父さんが領主だなんて」
「いやいや、『アルキメド20』だよ? 辺境地のド田舎だから大したことないって……」
「そんなことないよ。立派だよ」
「あ、ありがとう……」
実際、『英雄五傑』である父がなぜ『アルキメド20』という辺境地にいるのかということについては師匠から話を聞いているが、表向きは『辺境地のただのド田舎』ということで通している。
「そうか。では、何だったんだろうね、クレア・フィオーネのあの態度は……何か、すごく動揺していたように見えたけど……」
「うむ、まったくわからん」
そうして俺たちは食後のひと時をゆったりまたーり過ごした。
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「……はっ?! あれ? ここは?」
リリカが正気に戻ると、あたりの雰囲気が変わっていた。
「あ、テラスに移動したんだよ。覚えてないの?」
「あ、うん。さっき、ちょっとあまりにも大きなショックを受けたもんで」
二人は今、広場の奥にあるテラスに腰を掛けていた。リリカは移動した記憶が無いようだ。
「とりあえず、クレア。順を追って説明してくれる?」
「あ、うん。ごめんね……突然、変なこと言って」
「いやマジで。心臓に悪いからやめてよね」
「ごめ~ん」
と、舌を出して謝るクレア。
きゃあ~~~~! この子、天然だわ。相変わらず天然の『美少女』だわ。
「実はね、これは上級貴族内でまことしやかに囁かれている噂みたいなものなんだけど……」
と、クレアは突然小声になってリリカの耳元で囁きだした。
「この学院に……しかも私たちと同い年の新入生の子の中に『ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子』がいるって噂なの」
「ミ、ミーシャ・アイゼンハワーっ?! ウソっ?! あの『英雄五傑』の師匠で『全能者』って言われている……あのミーシャ・アイゼンハワー様?」
「うん。そう」
「うそぉぉぉぉぉお~~~~!!!」
リリカがクレア以上に大きくはしゃぐ。はしゃぎ過ぎて少し悶絶を打っている。
「まだはっきりしないけどね。でも、リリカ……ミーシャ・アイゼンハワーのファンでしょ?」
「うんうん! 超ファン! ちょっとマジ~っ!! ウソ、信じられない……」
リリカは小さい頃、両親からミーシャ・アイゼンハワーの武勇伝を聞かされて以来、ずっと大ファンだった。
「じゃ、じゃあ、もし、その……ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子と友達にでもなったら、もしかしたら……ミーシャ・アイゼンハワー様に会えるってことじゃないっ?! ていうか、どうしてそんな超大事なこと、お父様やお兄様はあたしに話さなかったのっ?! ねえ、どうして~!!!」
リリカが興奮気味にクレアを問い詰める。
「し、知らないよっ?! リリカ……怖い、怖い」
「あ、ごめん……クレア」
そう言って正気に戻ったリリカがクレアから離れる。
「もしかしたら、リリカのところはお兄様のジュリコさんが動いているのかもね」
「お兄様が?」
あと、リリカが熱狂的なミーシャ・アイゼンハワーのファンということもあったから隠したのかも……と思ったがクレアは口に出さなかった。
「それで? それがどうしてさっきの男と『結婚』につながるの?」
「えーとね……つまり、この『ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子』が男の子らしいのだけれど、その子を見つける『手がかり』が『初等部・中等部に通っていない男の子』ってことなの」
「あ! それって……」
「うん。だからさっき私、エスティオット君にそのことを聞いたの。そしたら、彼は『初等部と中等部には通っていない』と言っていた。だから、それって……と思って」
「で、でも、仮にそうだとしても結婚なんて……」
「私……お父様からその男の子とどうにか結婚できるよう頑張ってほしい、て言われてるの……」
「ええ~!? そ、そんなの……」
しかし、リリカは強く言えなかった。
というのも、クレアの家……フィオーネ家には男の子が生まれていない。クレアの一コ下に妹がいるだけだ。また、フィオーネ家の当主でクレアの父である『メリルリッチ・フィオーネ』は妻を若くして病で亡くし、その後、メリルリッチは家のためにも再婚をするよう周囲から言われていたが再婚はしない、と頑なに拒否していた。
つまり、現在または将来的にもフィオーネ家には家督を継ぐ男子が生まれる可能性は低いということだ。
そのことはリリカも十分承知している。そして、クレアの話を聞く限りだと、おそらく、クレアの父親はそのフィオーネ家の将来のことも考えて、クレアに『ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子』と恋仲になってもらい、できれば結婚し家督も継いでほしいと考えているのだろう。
貴族であれば……まして上級貴族であればそんなことは至極当然のよくある話だ。
「で、でも、お父様はあくまで『自分の意思を尊重しなさい』と言ってくださったの。だから、別に政略結婚ってわけでもないし断ることもできるの。そ、それに、そもそもあっちが私のこと気に入ってくれるかどうかもわからないし……」
「いやいや、それは大丈夫でしょ?」
「そんなのわからないよっ!!」
そう言って、少しクレアがキレ気味にリリカに言葉をぶつけた。
「あーはいはい……でも、クレアを振るような男なんてそうそういないと思うけどね」
「そりゃ~……うまくいけばいいことには変わりないけど。でも、それ以前に私、あの人のこと……エスティオット君のことは何もわからないし……」
「そうだね。つまり、これからやることはまず……あのダイオウガ・エスティオットの『品定め』からだね!」
「ちょ、ちょっと、リリカ! 品定めって言葉が悪い……」
「何よ、だって本当のことでしょ?」
「う……ま、まあ、そうではあるのだけれど……」
「でしょ! じゃあ、まずはその『ダイオウガ・エスティオット』のことを調べよう! あたし、ちょっと家に行ってくるっ!」
「ちょっ……リリカっ! 」
そう言って、リリカは早速、ダイの身辺調査を家の使用人に告げる為、急いで家に向かった。
「……やっぱ、リリカに話すんじゃなかったかも」
クレアはリリカに話したことを後悔したが、すでに後の祭りである。
「……でも、本当にエスティオット君が、本当に、ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子だとしたら、私、エスティオット君のことを……でも、彼、別に顔は悪くないし、ていうかカッコいい……かも? あ、あれ? それって、私、彼のこと好きってこと?……ど、どうなんだろう…………きゃー!」
クレアのいつもの癖である『ひとり妄想』が始まった。
この辺が美少女の唯一の『残念弱点』でもある。
まあ、そんなこんなで俺の知らないところで事は動き出していた。