006「クレア・フィオーネとリリカ・ウェンポート」
キーン、コーン、カーン、コーン……。
ホームルームが終わると俺たち生徒は皆、寮へと向かった。
寮は、基本的には学院から遠い生徒のために建てられたものだが、近い人でも部屋に空きがあれば入寮できる。ただし、寮に入るにはお金がかかるので、実際、家が近い人で寮に入る奴はだいたいが裕福な生徒たちだ。ちなみに俺の家は辺境地なので寮生活となる。
寮の部屋は相部屋となっており今日が初顔合わせだ。まあ、当たり前だが寮は男子寮と女子寮で分かれている。故に相部屋の相手はもちろん男子生徒である。
「え~と、1013……ここかな?」
ガチャ。
扉を開けると、右と左にベッドと机が分けられた内装が広がった。いかにも相部屋という感じだが部屋の広さはけっこうある。
すると、ちょうどトイレから人影が現れ、
「きゃっ?!」
「……きゃっ?」
そいつは、俺に気づくなり『きゃっ?!』などと女のような声を上げた。
「あ、いや……し、失敬。ていうか、何だ、君は? 勝手に人の部屋に入ってくるなんて」
男はすぐに姿勢を正し、凛とした表情で俺に問い詰める。
「勝手にも何も、俺もこの部屋の住人なんだけど?」
「あ! そうか、相部屋……だったんだ」
「??」
男は、一人、苦虫をつぶした顔をしてしばらく考え込む。
いやいや、さっきのホームルームで相部屋の説明もあったし、この部屋の内装見ればわかるだろ? 何をこいつは難しい顔して考え込んでんだ?
すると、顔を上げ、
「さっきは問い詰めるようなことをしてすまなかった……私の名は『シャロン・エクレール』だ、よろしく!」
そう言うと、キラッと歯が輝いたかと錯覚するような端正な笑顔で俺に握手を求めた。
「こ、こちらこそ……ダイオウガ・エスティオットだ」
俺は凛とした佇まいを醸し出す美少年に少し圧倒されながら握手を交わした。
見た感じ、そいつの端正な外見や所作を見る限り、どこかの貴族なのだろう……が、そういったことにはあまり興味はないのだが、ただ気になったのは男の割にプニプニと柔らかい手をしていたところだ。まあ、同級生にしては小柄だし、成長には個人差があるのだからまだ成長途中なのだろう程度にその時は思っていた……その時はな。
そんなこんなで、一通り挨拶を済ませた俺たちは部屋に届いた荷物の整理作業に入る。
そして、荷物整理が一段落ついたお昼ごろに俺とシャロンは学食へと移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それにしても広くて豪華なつくりだな~、この学院は」
「そうでしょ?! なんせ、この学院はジュリアーノ国王様が一番に力を入れている場所だからね。国を守る為の教育現場としては最高な環境だよ!」
シャロンが水を得た魚のように、捲し立てながらこの学院の説明を始めた。
「例えば、この学食にしたって早朝でも深夜でも関係なく利用できるし、出される食事は栄養価を考えたメニューでしかも味は一級品! こんなレベルの高い学食や教育施設を無料で提供するなんて本当素晴らしいお人だよ、ジュリアーノ国王様はっ!」
興奮まじりにシャロンが学食の説明をしてくれた。まあ、たしかにシャロンの言う通り、こんな質の高い学食で、しかも24時間営業、利用無料だなんて余程、ジュリアーノ国王がこの学院を大事にしているかがわかる。
まあ、それもすべて師匠から聞いた内政や他種族からの脅威といった問題が常にあるからこその『提供』なのだろう。そういう視点で見れば、『学院』とは言っても日本でいう『学校』というよりも『国立の防衛学校』みたいなものだ。そりゃ、国王が力を入れるのも無理ない。
そんなことを思いながら俺はシャロンの学院アピール話を聞きつつ、食券の販売機から食事を選ぶ(すべて無料)。
その後、学食のおばちゃんに食券を渡し自分の注文した料理を受け取った後、俺たちは席を探した。皆、今日の行動パターンは同じだったのだろう……学食は主に新一年生で溢れていた。するとシャロンが席をみつけたようで、
「……すみません、お隣よろしいですか?」
隣の女子に声をかけていた。
「あ、はい。どうぞ……」
「ありがとうございます。おい、ダイ……こっちだ!」
そう言ってシャロンは軽く会釈をしてから俺を呼んだ。
「ありがとう、シャロ……!?」
シャロンのところに行くとその隣にいた美少女に俺は一瞬で目を奪われた。
美しい水色の髪で吸い込まれるような金色の瞳、そして、スレンダーながら大きな胸は下品な感じではなくむしろ彼女の高貴なオーラを強調させ、その美しさに更なるアクセントを与えていた。
「ん? どうした、ダイ?」
シャロンが俺に『大丈夫か~?』というように俺の目の前で手を振っていた。
「あ、いや、ごめん。た、食べようか……」
できるだけ動揺を隠したつもりで(全然バレバレだったが)、俺たちは席に着き食べ始めた。
俺とシャロンが食事を終えたタイミングを見計らってか、
「あ、あの~、すみません……」
と、あの美少女がわざわざシャロンの背後から顔を出して俺に声をかけてきた。
「な、なななな、何でしょうっ?!」
俺は突然のハプニングにまるで対応できないでいた。
横でクスクス笑うシャロン…………この野郎~。
「あ、席変わるよ、ダイ。これじゃあ話づらいだろ?」
そう言うと、二コッと笑顔で俺に告げ、スマートに席を交換した。
やだ、何このイケメンっ!
まあ、実際、本当にイケメンではあるのだがなっ!(怒)
そうは言っても席を移動してくれたシャロンは俺の親友となることがここで確定となったのは言うまでもない。
モテそうなので、おこぼれというか、そういうのも期待しつつ……ねっ!
「ごめんなさい。なんか突然声をかけてしまって……」
「い、いえいえ、そんな……。そ、それで何か?」
「あの~、つかぬ事をお聞きしますけど……エスティオットさんは学院は初めてなんですか?」
「え? あ、まあ…………ていうか、どうして俺の名前を?」
「お、同じクラスなので自己紹介のときに……」
「あ……」
俺はほんの数時間前の『苦いイベント』のことを思い出した。
「あ、ああ~……あれね、自己……事故紹介ね、ははは……」
消したい過去に笑顔でうまいこと言う俺。
過去だけでなく自分も消えてなくなりたい。
「私のことは……覚えてますか?」
「あ、い、いえ……すみません」
あの数時間前の俺は自分のことで精いっぱいだったのです。許してください。
「何よー! あんたクレアのこと知らないの?! ウソでしょ?」
すると、クレアという子の横から別の女の子が少しキレ気味に会話に入ってきた。
「ちょ、ちょっと! 会話に入ってこないでよ、リリカ!」
「だって! こいつクレアのこと知らないだなんて! しかも同じクラスのくせに! あり得ないっ!」
「いいから! ちょっと黙ってて!」
クレアという子が少し強めにリリカという子に言葉をぶつける。
「ご、ごめんなさい。それじゃあ、自己紹介から。初めまして、私はクレア・フィオーネという者です」
そう言うと、クレアという子がわざわざ席を立って丁寧にお辞儀をして挨拶をしてくれた。
『ああ、ええ子やな~』と関西弁で悦に浸っていると、周囲の生徒たちがざわつきだした。
「お、おい! い、今のクレア・フィオーネ……フィオーネ家の子だよな」
「あ、ああ。上級貴族のひとつ……フィオーネ家の長女クレア・フィオーネだ」
「めっちゃ可愛い~! で、でも、そのクレア・フィオーネがわざわざ席を立ってお辞儀するなんて……あの男、何者だ?」
彼女の説明をありがとう。
上級貴族……この首都セントラルにいる上級貴族の娘なのか。
周囲の反応を見る限り、どうやらこの子は有名人らしい。
あ~、この辺が師匠が言っていた『常識のズレ』になるのかな~。
まあ、とりあえず、あまり長居は無用だな…………ちょっともったいないけど。
「ご、ご丁寧な挨拶……恐縮です。は、初めまして、ダイオウガ・エスティオットといいます」
俺もクレアと同じように席を立ってお辞儀をした。
「ダイオウガ・エスティオット~? 聞いたことないな~……何者だ?」
「さあ? 誰だろ?」
「う~ん、上級貴族なのか~? 顔、知らないな~」
野次馬が勝手に俺のことを詮索し始める。グー○ル先生にでも聞いてこい!……この世界にいないけど。
「まあ、よくわからんが、おそらくクレア・フィオーネが丁寧に挨拶しただけだろ? あの子のこういうところが本当すごいよな! 上級貴族なのに身分に関係なく分け隔てなく接するなんて……俺、ファンになっちゃったよ」
知らんがな。
まあ、君の意見は正しいがな……正しいがなっ!(シクシク)。
「そ、それで、あの~……」
「は、はい?」
「さっきの話の続きですけど、エスティオットさんは……」
「は、はい……」
「自己紹介で『初めての学校で』と言っていたのですが、高等部……というか学校自体へ通うのが初めてなんですか?」
「!? あ、ああ……あれ、ね……」
俺は気づいていなかったが、どうやら自己紹介のときにそんなことを言っていたらしい。
どうしよう……それってマズいのかな~? どうなんだろ……。
う~ん、まあ、言っちまったのは仕方ない、か。
「あ、は、はい。俺、初等部と中等部は通ってなくて……はは」
「!? や、やっぱり、あなたが……そう、なんですね……」
「??」
俺の言葉にクレアが一瞬驚いた顔を見せた。
こ、これって何の反応?
俺、力のことなんて何も言ってないよな……でも、何か気になる……この子の反応。
「あ、あの、それが……何か?」
「い、いいいいいえっ?! な、ななななんでもない……ですっ!! し、失礼しますぅ~~~!!」
そう言うと、クレアは慌てて一人、席を立ち一目散に外へ出ていった。
「ちょっ!? ちょっとクレアっ!! 一体どうしたのよ~っ!!」
そう言って、リリカという子が席を立ち、急いでクレアを追おうとした……が、一度立ち止まると俺のほうへ振り返り、
「あんた……クレアに何言ったのよっ?!」
「え? 何って……ただ、クレアの質問に答えただけで……」
「クレアに何言ったのかわからないけど、ちょっかい出したら……あたしが許さないからっ!」
リリカは『キッ!』と睨みを利かしてすぐにクレアの後を追った。
「な、何なんだよ、あの子っ!? 全然人の話聞かない……」
「いや~、いきなり入学初日に目つけられてしまったね~、ダイ君」
「何? 今の子のこと知ってるの? シャロン……」
「知ってるも何もあの二人は有名だよ? むしろ、君が知らないのに僕を含め周りが引いてるよ」
実際、俺の言葉を聞いた周囲の生徒は皆『ウソでしょ?!』とでも言いたげな顔をして引いていた。
「す、すみません……無知な私めにお教えくださいませ」
何故か、俺は敬語でシャロンにあの子たちのことを教えてもらうよう請いた(なんか周囲の空気が俺をそうさせた)。
「君に声をかけたのは、上級貴族フィオーネ家の長女クレア・フィオーネ。そして、もう一人の子はクレア・フィオーネの幼なじみの同じく上級貴族ウェンポート家の長女リリカ・ウェンポート……ちなみにリリカ・ウェンポートの兄は今朝、入学式で挨拶した生徒会長で三年のジュリコ・ウェンポートだ」
「……」
『そりゃ、みんな引くわ』と納得がいくくらいの人物だったことに、俺はよくわからないがすごい『やっちまった感』でへこんだ。




