008「お前、ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子って本当か?」
――次の日
ルームメイトのシャロン・エクレールと教室に入ると、皆が一斉に俺たちに視線を向けた。
「いや……『俺たち』ではなく君に……だろ? ダイ」
「うむ。どうやら俺の心の声が漏れてたようだな、シャロン君」
「はぁぁ~~……君、ズレてるね」
シャロンは昨日とは違う教室の空気に少し気を張っていたようだが、その空気を変えさせたであろう張本人である俺がまるで緊張感の欠片もない態度だったのでいろいろ疲れて肩を落としていた。
「それにしても……」
確かに、昨日とは違いやたら俺を見ながらヒソヒソと何か呟いていた。
「ほら、あれが例の……」
「あ~、あれが!」
「あいつってさ、ほら、昨日、クレア・フィオーネと話していた……」
「何でもクレア・フィオーネを泣かしたとか……」
おいおいおい!
もう少し、マトモな情報を喋ろよな、野次馬ども。
そうして席に座ると、
「ごめんね、ダイく……あ! ごめんなさいっ!……エスティオット君」
なんと俺の席の前には昨日のあの美少女クレア・フィオーネがおり声をかけてきた。
どうやら昨日の自己紹介で俺はかなりテンパっていたのだろう……自分の前の席がクレア・フィオーネだったなんてまったく気づいていなかった。
「あ、いいよ、ダイで」
「う、うん、ありがとう。じゃあ、私のこともクレア……でいいから」
「あ、うん、わかった、ありがとう……じゃあクレア、どうして今、俺に謝ったりしたの?」
「あ、うん……実は、その、とても言いにくいことなんだけど……」
「??」
すると、クレアの質問に皆が(野次馬どもが)耳を傾けていた。
なんだ、なんだ? 何だっていうんだ?
俺が若干、何が起きるのかわからずドキドキしていると、
「おっはよ~! あ、ダイオウガ・エスティオットっ! お前、『ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子』って本当かーっ?!」
クレアがどうやって質問しようか言葉を選んでいる最中に、ちょうど教室に入ってきたリリカ・ウェンポートが俺を見つけるなり大声で、クレアが、皆が、聞きたいであろう質問をぶつけてきた。
あ、あれ~? リリカ口堅いんじゃなかったっけ~?
シーン……。
リリカ以外の全クラスメイトが、動きを、息を止め、硬直した。
皆がリリカの空気の読まなさぶりに驚きつつも、それはそれで『グッジョブ!』というような様相で俺の答えをじっと待っていた。
「あれ? みんな、どったの?」
リリカ・ウェンポート……俺よりも常識のズレた存在であることが確認できた。
そんなことはさておき、さてどうしたものか。
俺は、いろいろと思考してリリカ・ウェンポートの質問に答えた。
「いや、違うと思うぞ。何かの勘違いでは?」
ぷはぁぁ~~~~~~~っ!!!
俺が答えるまで呼吸を止めて待っていたであろう皆の吐く息が教室にコダマした。
「何よ、違うのっ?! な~んだ、期待して損しちゃった……ね~、クレア?」
「リリカ、あんたね~……」
「あれ?……ク、クレア?」
そう言うとクレアはリリカの腕を強引に掴み教室を出ていった。
気のせいか、ピクピクとクレアの眉間にシワが寄っているように見えたが……まあ、美少女にそんなことはあり得ないのできっと俺の見間違いだろう。
しばらくすると、いつもの上品な佇まいを醸し出すクレアと、先ほど元気に教室に入ってきた人物と同一人物とは思えないようなゲッソリしたリリカが教室に戻ってきた。
クレアは席に座りながらダイに気づかれないよう一瞬だけチラッと見つつ、
(ダイ君じゃ…………ないんだ……)
少し沈んだ顔でボソッと呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ごべんださい"い"~~~~!! うえ~~~~ん、クレア~~~!!」
お昼。
学食に来たクレアとリリカだったが、クレアはリリカのことを無視するかのようにスタスタと一人さっさと先を歩いていた。
そして、その後ろから周囲におかまいなく泣き喚き、ただひたすら謝るリリカの姿があった。
「誰ですか、あなた? 約束を守らない人に私、友達いませんから」
「わあ"あ"ぁぁあぁぁ~~~~~~クレア~~~~~っ!!」
う~ん。
すごいな、二人とも。
「……あっ!」
すると、俺に気づいたクレア(とリリカ)が俺とシャロンの席に向かってきた。昨日とは逆のパターンだ。
「今朝はリリカがあんな不躾な質問してすみませんでしたっ! ほらっ! リリカもちゃんと謝ってっ!!」
「す、すびばせん、でしだ~~~! ごべんなざい~~~~っ!」
もう、涙やヨダレや鼻水やらでせっかくの可愛い顔が台無しになっているリリカが必死に謝ってきた。
さすがにそんな必死に謝られたら、今日のことや、昨日の『ガン飛ばし』についても不問にするしかないじゃん。ということで、
「わ、わかったよ。大丈夫、別にどうってことないから……はは」
そう言って俺はリリカのことを許した。
「あ、ありがとう、ダイ君! よかった……」
クレアがほっとした笑顔を見せた。
そうして二人と俺とシャロンの四人でお昼を一緒にした。
「ところでさ……」
と、シャロンが皆が食事を終えた頃合いを見て質問をした。
「どうしてリリカさんは……」
「リリカさんだなんて……リリカでいいよ、シャロン君っ!」
リリカが俺に謝って許しをもらえたことで、クレアもリリカを注意しながらも許し、二人は仲直り。いつもの元気のリリカに戻った。
というより……『シャロン君』?
「ありがとう。じゃあ改めて……リリカはどうして今朝、ダイに対して『ミーシャ・アイゼンハワーの愛弟子』かどうかを聞いたの?」
「……(チラッ)」
すると、リリカは今朝の一件もあったのでクレアに確認を取った。
クレアは一度、息を吐いて、
「もういいよ。どうせ、他の生徒に聞かれてもわかることだし」
「ご、ごめん……」
「あ、ううん、今朝のことはもういいのよ、本当に。だから、気にしないで説明してあげて」
「うん、わかったっ!」
そう言うとリリカは汚名挽回のごとく、『これまで初等部・高等部に通ったことがない男』のことや『上級貴族の間で噂になっている』ことをしっかりと説明してくれた。
「な、なるほど~……そ、そんな人が、いるんですね~……ははは」
俺は動揺を隠しながら(隠したつもり)、乾いた笑いで相槌を打つ。
「ダイ君?…………動揺してる?」
すると、クレアの鋭い指摘が入った。
「え? あ、いや、その、え~っと…………ミ、ミーシャ・アイゼンハワーて人は有名な人なのっ?!」
俺は必死になって動揺を隠すように(隠したつもり)、話題を変えた。
でも、何かクレアはジーッと俺を見ているが……。
「はっ?! ダイ、あんた何言ってんの? ミーシャ・アイゼンハワー様を知らないだなんて万死に値するわよっ!」
ほほう……シャロンには『シャロン君』で、俺には『ダイ』で、しかも呼び捨てと、そして、その言葉づかいですか……ほほ~ん。
この時が、こいつにいつか痛い目に合わそうと決意した日である。
「よく聞きなさい、ダイ! ミーシャ・アイゼンハワー様はね、この世界を救った『英雄五傑』の師匠にあたる人なの! つまり、私たち人間族が過去の戦争……『種族間戦争』で獣人族や魔族から勝利した立役者である『英雄五傑』よりも強いってことなのよ! だから、ミーシャ・アイゼンハワー様はその圧倒的な力から『全能者』と皆から畏怖を込めて呼ばれているのっ! 他にも……」
俺はどうやらリリカの『ミーシャ・アイゼンハワー様スイッチ』を不用意にオンにしたようで、それからお昼が終わるまでずっとリリカの話は止まらなかった。
まあ、色々あったがこの日を境に俺とシャロンはクレアとリリカの友達となった。
ラッキー。
それからは、お昼は毎日のように一緒に取り、校舎内でもお互いに普通に話しかけることができるようになるなど、それはそれは、とてもとても、幸せな学院生活の日々が続いておりました。あいつが出てくるまでは……。
入学式から約一か月ほどたった頃、そいつは突然やってきた。
いつものようにワイワイ会話を弾ませながら、クレアとリリカ、俺とシャロンでいつも座っている中庭が見える窓際の席で食事をしている時のことだった。
「クレア嬢、お初にお目にかかります」
「きゃっ?!」
「?! こ、こいつ……」
そいつはクレアに声をかけると同時にクレアの右手を掴み……チ、チ……チス! コホン……失礼、キスをした。
「な、な、何を……」
と、クレアが反応する前に、
「てめえ、クレアに何しやがるっ!」
いきなり、リリカがその男に殴りかかった…………がリリカの右拳は男に軽くいなされ空を切った。
「……失礼しました。私の住む州では女性に対してはこのような挨拶が一般的でして……ご無礼をお許しください」
そう言って、男は紳士的な言葉づかいでクレアやリリカに謝った。
「わ、わかりました。今のことは許します。ところで……あ、あの、どちら様でしょうか?」
「はい。私の名はレオン・リトバルスキ……出身は『アルキメド1』の上級貴族で、父は……」
そう言って、そいつ……レオン・リトバルスキは一呼吸置いてこう言った。
「……父は、元『英雄五傑』の一人、『武術の鬼神』と呼ばれていた『クリフ・リトバルスキ』です」
「「「「「えええ~~~~~っ!!!」」」」」
俺たちだけでなく、俺たちの会話に聞き耳を立てていた野次馬どもも含めた周囲の皆が絶叫した。
しかし、そいつの自己紹介はそれだけでは…………終わらなかった。
「あと、もうひとつ……」
「ふ、ふん……これ以上、驚くようなことなんて無いでしょ……」
リリカは何とか強がってみせたが、そんなリリカにこそ強力な一撃をレオンはお見舞いした。
「私は……父の師匠でもあった『ミーシャ・アイゼンハワー』の弟子です」
「うううう、うそぉぉぉぉぉ~~~えぇえぇええぇえぇ~~~~~~~~!!!!!!」
リリカが絶叫後、卒倒した。
お昼の一時、いつもはにぎやかな声が響く学食がその日、リリカの絶叫を最後にシーンと静まり返った。




