第98話 信じたいもの
【豊臣家滅亡まで 残り5,418日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り79日】
伏見城へ行く、と言うと、淀殿は、長いこと黙っていた。
「……なぜ、伏見へ」
「とうさまの、しろだから」
伏見城は、秀吉が建て、秀吉が死んだ城だった。今は、家康の留守を、徳川の家臣が預かっている。豊臣家の城に、徳川の兵が詰めている。
「誰に、会うのです」
「とりい、もとただ」
鳥居元忠。家康が今川の人質だった子供の頃から、ずっと傍にいた男。家康が会津に発つとき、伏見の留守を任された男。
この先を、俺は知っている。三成が兵を挙げれば、最初に攻められるのは、伏見城だ。元忠は、わずかな兵で、十日以上持ちこたえて、そして、城と一緒に死ぬ。
家康は、それを分かっていて、元忠を置いていった。元忠も、それを分かっていて、残った。
「会うて、何を話すのです」
「……いえやすどのの、はなし」
淀殿は、また黙った。それから、侍女に、船の支度を命じた。
淀川を、船で上った。且元と、弥七と、わずかな供。夏の川は、ゆっくりと流れていた。岸の葦の間で、鷺が一羽、じっと水面を見ていた。
伏見城は、大きかった。秀吉の城だった。天守の瓦が、日を照り返していた。門の前で、白髪の老人が、一人で待っていた。
「拾様。……よう、お越しくださった」
鳥居元忠だった。背は曲がっていなかった。六十を過ぎているはずだった。日に焼けた顔に、深い皺が刻まれていた。
【人物評価:鳥居元忠】
統率 80
忠義 100
徳川家康との年月 50年
自分がこの先どうなるかの見通し 明瞭
最後の一行を見て、胸が詰まった。
元忠は、戦の話を、しなかった。兵の数も、道も、陣の構えも、話さなかった。ただ、家康の昔話をした。
「殿は、若い頃から、待つのがお上手だったのでございますか」
且元が、恐る恐る聞いた。
元忠は、大きく笑った。
「まさか」
本当に、楽しそうに笑った。
「若い頃の殿は、ようお負けになった。……それを、殿の前では、申されませぬよう」
「どうして」
「覚えておられまするゆえ」
家康は、自分の負けを忘れない。だから、同じ負け方をしない。
元忠は、三方ヶ原の話をした。武田の大軍に向かって、無理に打って出た家康。散々に負けて、城に逃げ帰った家康。死んだ家来たち。追ってくる武田の兵。城門を開け放したままにして、篝火を焚いた夜。
「殿は、負けることを、恥とは思われませぬ」
「じゃあ、なにが、こわいの」
「同じ者を、二度、死なせることにございます」
俺は、黙った。
家康の忍耐。危うさへの備え。財の管理。それは、生まれつきの才だけではなかった。負けた記録から、作られたものだった。
「……もとただどのは」
「はい」
「いえやすどのが、とよとみけを、まもるって、しんじてる?」
元忠の笑みが、消えた。
すぐには、答えなかった。
「……信じたいと、思うておりまする」
「しんじてる、じゃ、なくて?」
「人は、変わりまする」
元忠は、城の庭の、古い松を見た。
「殿も、変わられた」
「いいほうに?」
「強い方に」
痛い答えだった。
強くなることと、善くなることは、同じではない。家康は、弱かった頃には、仲間が要った。今は、天下が、家康を要としている。要とされる者は、自分の判断を、疑われなくなる。
「……もとただどのは、ここに、のこるんだね」
元忠は、俺を見た。そして、少しだけ、目を細めた。
「拾様は、何を、どこまで、御存じなのでございましょうな」
俺は、答えなかった。
「……殿が、ここを発つ前の晩、二人で、夜通し、酒を飲み申した」
元忠は、ゆっくりと話し始めた。
「殿は、伏見に兵を多く残すと仰せになった。わしは、断り申した。兵は、少しでも多く、東へ連れて行かれよ。ここには、わしと、わずかな者がおれば足りる、と」
「……どうして」
「ここは、どうせ、落ちまする。落ちる城に、兵を多く置くのは、無駄にございます」
元忠は、何でもないことのように言った。
「殿は、泣かれた。……五十年、殿の傍におって、殿が泣くのを見たのは、三度目でございました」
庭の松の枝が、風で揺れた。
「わしは、殿を、裏切れませぬ」
「……しってる」
「されど」
元忠は、俺を見た。
「殿が誤るとき、黙っておるのも、忠義では、ございませぬ」
【人物評価:鳥居元忠】
家康に異を唱えたい気持ち 62
それを行う見込み 18
元忠は、異を唱えたいのだ。だが、できない。家康に勝てないからではない。家康を裏切れないからだ。そして、たぶん、もう、唱える時が残っていない。
「……もとただどの。いえやすどのに、つたえて、ほしい」
「何を」
「とよとみけは、とくがわけの、てきじゃ、ない」
元忠の目が、細くなった。
「それだけでは、足りませぬ」
「わかってる。……とくがわけが、とよとみけを、てきに、しないかぎり」
元忠が、笑った。
「強い言葉にございますな」
「よわい、ことばじゃ、とどかない」
「殿は、また、用心なさるでしょう」
「もう、ようじん、してる」
「なお一層」
「それでも、つたえて」
元忠は、ゆっくりと、頭を下げた。
「……必ず。書状にて、殿へ」
帰り際、門の前で、元忠が、俺を呼び止めた。
「拾様」
「うん」
「もし、殿と、治部殿が、戦うことになりましたら」
元忠の声は、戦場の男の声ではなかった。孫に何かを言い含める、老人の声だった。
「どちらが正しいかを、お決めになろうとは、なさいませぬよう」
「どうして」
「戦は、正しい者を、決めませぬ」
勝った者が、正しかったことになる。それだけだ。
「……おぼえておく」
「それと、もう一つ」
元忠は、少しだけ、照れたように笑った。
「この城の、台所の干し柿。殿下がお好きだったと聞いて、わしも毎年、吊るしておりまする。……今年の分は、たぶん、食えませぬ。拾様、代わりに、召し上がってくだされ」
元忠は、侍に、干し柿の包みを持ってこさせた。去年のものだった。硬くなっていた。
船が岸を離れても、元忠は、門の前に立っていた。小さくなっていく白髪の頭を、俺は、ずっと見ていた。
帰りの船の中で、且元が、ぽつりと言った。
「……鳥居殿は、御自分のことを、一度も、おっしゃいませなんだな」
「うん」
「拙者は、ああは、なれませぬ」
且元は、川面を見ていた。
「拙者なら、泣き言を、百は申しまする」
「……いって、いい」
「は」
「かつもとは、なきごと、いって、いい。拾に」
且元は、しばらく、黙っていた。それから、小さな声で言った。
「……では、一つだけ。拙者、船は、苦手にございます」
言い終わるやいなや、且元は、船べりから身を乗り出した。弥七が、慌てて背中をさすった。
大坂に戻った翌日、家康から返書が届いた。会津へ向かう途中から、送ってきたものだった。
《秀頼公は、豊臣家をお守りなされよ》
《天下の争いは、年長の者に、お任せあれ》
優しい言葉だった。だからこそ、怖かった。
子供は、何もするな。大人が決める。そう書いてあった。
元忠は、家康が善い人であると、信じたいと言った。俺も、信じたかった。
だが、決まりは、信じたいという気持ちでは、作れない。
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.2% → 97.3%
元忠の書状は、あとから、家康の手に届いたと聞いた。家康が、それを読んで何と言ったかは、誰も知らない。
淀殿が、その夜、俺の部屋に来て、元忠の干し柿の包みを見た。
「……鳥居殿から」
「うん」
淀殿は、一つ手に取って、しばらく眺めていた。
干し柿は、その夜、一つだけ食べた。硬かった。噛んでいるうちに、少しずつ、甘くなった。
残りは、食べられなかった。包みごと、文箱にしまった。




