↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第七章 関ヶ原

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/140

第98話 信じたいもの


【豊臣家滅亡まで 残り5,418日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り79日】


 伏見城へ行く、と言うと、淀殿は、長いこと黙っていた。


「……なぜ、伏見へ」


「とうさまの、しろだから」


 伏見城は、秀吉が建て、秀吉が死んだ城だった。今は、家康の留守を、徳川の家臣が預かっている。豊臣家の城に、徳川の兵が詰めている。


「誰に、会うのです」


「とりい、もとただ」


 鳥居元忠。家康が今川の人質だった子供の頃から、ずっと傍にいた男。家康が会津に発つとき、伏見の留守を任された男。


 この先を、俺は知っている。三成が兵を挙げれば、最初に攻められるのは、伏見城だ。元忠は、わずかな兵で、十日以上持ちこたえて、そして、城と一緒に死ぬ。


 家康は、それを分かっていて、元忠を置いていった。元忠も、それを分かっていて、残った。


「会うて、何を話すのです」


「……いえやすどのの、はなし」


 淀殿は、また黙った。それから、侍女に、船の支度を命じた。


 淀川を、船で上った。且元と、弥七と、わずかな供。夏の川は、ゆっくりと流れていた。岸の葦の間で、鷺が一羽、じっと水面を見ていた。


 伏見城は、大きかった。秀吉の城だった。天守の瓦が、日を照り返していた。門の前で、白髪の老人が、一人で待っていた。


「拾様。……よう、お越しくださった」


 鳥居元忠だった。背は曲がっていなかった。六十を過ぎているはずだった。日に焼けた顔に、深い皺が刻まれていた。


【人物評価:鳥居元忠】

統率 80

忠義 100

徳川家康との年月 50年

自分がこの先どうなるかの見通し 明瞭


 最後の一行を見て、胸が詰まった。


 元忠は、戦の話を、しなかった。兵の数も、道も、陣の構えも、話さなかった。ただ、家康の昔話をした。


「殿は、若い頃から、待つのがお上手だったのでございますか」


 且元が、恐る恐る聞いた。


 元忠は、大きく笑った。


「まさか」


 本当に、楽しそうに笑った。


「若い頃の殿は、ようお負けになった。……それを、殿の前では、申されませぬよう」


「どうして」


「覚えておられまするゆえ」


 家康は、自分の負けを忘れない。だから、同じ負け方をしない。


 元忠は、三方ヶ原の話をした。武田の大軍に向かって、無理に打って出た家康。散々に負けて、城に逃げ帰った家康。死んだ家来たち。追ってくる武田の兵。城門を開け放したままにして、篝火を焚いた夜。


「殿は、負けることを、恥とは思われませぬ」


「じゃあ、なにが、こわいの」


「同じ者を、二度、死なせることにございます」


 俺は、黙った。


 家康の忍耐。危うさへの備え。財の管理。それは、生まれつきの才だけではなかった。負けた記録から、作られたものだった。


「……もとただどのは」


「はい」


「いえやすどのが、とよとみけを、まもるって、しんじてる?」


 元忠の笑みが、消えた。


 すぐには、答えなかった。


「……信じたいと、思うておりまする」


「しんじてる、じゃ、なくて?」


「人は、変わりまする」


 元忠は、城の庭の、古い松を見た。


「殿も、変わられた」


「いいほうに?」


「強い方に」


 痛い答えだった。


 強くなることと、善くなることは、同じではない。家康は、弱かった頃には、仲間が要った。今は、天下が、家康を要としている。要とされる者は、自分の判断を、疑われなくなる。


「……もとただどのは、ここに、のこるんだね」


 元忠は、俺を見た。そして、少しだけ、目を細めた。


「拾様は、何を、どこまで、御存じなのでございましょうな」


 俺は、答えなかった。


「……殿が、ここを発つ前の晩、二人で、夜通し、酒を飲み申した」


 元忠は、ゆっくりと話し始めた。


「殿は、伏見に兵を多く残すと仰せになった。わしは、断り申した。兵は、少しでも多く、東へ連れて行かれよ。ここには、わしと、わずかな者がおれば足りる、と」


「……どうして」


「ここは、どうせ、落ちまする。落ちる城に、兵を多く置くのは、無駄にございます」


 元忠は、何でもないことのように言った。


「殿は、泣かれた。……五十年、殿の傍におって、殿が泣くのを見たのは、三度目でございました」


 庭の松の枝が、風で揺れた。


「わしは、殿を、裏切れませぬ」


「……しってる」


「されど」


 元忠は、俺を見た。


「殿が誤るとき、黙っておるのも、忠義では、ございませぬ」


【人物評価:鳥居元忠】

家康に異を唱えたい気持ち 62

それを行う見込み 18


 元忠は、異を唱えたいのだ。だが、できない。家康に勝てないからではない。家康を裏切れないからだ。そして、たぶん、もう、唱える時が残っていない。


「……もとただどの。いえやすどのに、つたえて、ほしい」


「何を」


「とよとみけは、とくがわけの、てきじゃ、ない」


 元忠の目が、細くなった。


「それだけでは、足りませぬ」


「わかってる。……とくがわけが、とよとみけを、てきに、しないかぎり」


 元忠が、笑った。


「強い言葉にございますな」


「よわい、ことばじゃ、とどかない」


「殿は、また、用心なさるでしょう」


「もう、ようじん、してる」


「なお一層」


「それでも、つたえて」


 元忠は、ゆっくりと、頭を下げた。


「……必ず。書状にて、殿へ」


 帰り際、門の前で、元忠が、俺を呼び止めた。


「拾様」


「うん」


「もし、殿と、治部殿が、戦うことになりましたら」


 元忠の声は、戦場の男の声ではなかった。孫に何かを言い含める、老人の声だった。


「どちらが正しいかを、お決めになろうとは、なさいませぬよう」


「どうして」


「戦は、正しい者を、決めませぬ」


 勝った者が、正しかったことになる。それだけだ。


「……おぼえておく」


「それと、もう一つ」


 元忠は、少しだけ、照れたように笑った。


「この城の、台所の干し柿。殿下がお好きだったと聞いて、わしも毎年、吊るしておりまする。……今年の分は、たぶん、食えませぬ。拾様、代わりに、召し上がってくだされ」


 元忠は、侍に、干し柿の包みを持ってこさせた。去年のものだった。硬くなっていた。


 船が岸を離れても、元忠は、門の前に立っていた。小さくなっていく白髪の頭を、俺は、ずっと見ていた。


 帰りの船の中で、且元が、ぽつりと言った。


「……鳥居殿は、御自分のことを、一度も、おっしゃいませなんだな」


「うん」


「拙者は、ああは、なれませぬ」


 且元は、川面を見ていた。


「拙者なら、泣き言を、百は申しまする」


「……いって、いい」


「は」


「かつもとは、なきごと、いって、いい。拾に」


 且元は、しばらく、黙っていた。それから、小さな声で言った。


「……では、一つだけ。拙者、船は、苦手にございます」


 言い終わるやいなや、且元は、船べりから身を乗り出した。弥七が、慌てて背中をさすった。


 大坂に戻った翌日、家康から返書が届いた。会津へ向かう途中から、送ってきたものだった。


 《秀頼公は、豊臣家をお守りなされよ》

 《天下の争いは、年長の者に、お任せあれ》


 優しい言葉だった。だからこそ、怖かった。


 子供は、何もするな。大人が決める。そう書いてあった。


 元忠は、家康が善い人であると、信じたいと言った。俺も、信じたかった。


 だが、決まりは、信じたいという気持ちでは、作れない。


【本日の豊臣家滅亡確率】

97.2% → 97.3%


 元忠の書状は、あとから、家康の手に届いたと聞いた。家康が、それを読んで何と言ったかは、誰も知らない。


 淀殿が、その夜、俺の部屋に来て、元忠の干し柿の包みを見た。


「……鳥居殿から」


「うん」


 淀殿は、一つ手に取って、しばらく眺めていた。


 干し柿は、その夜、一つだけ食べた。硬かった。噛んでいるうちに、少しずつ、甘くなった。


 残りは、食べられなかった。包みごと、文箱にしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。