↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第六章 会津の夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/125

第95話 正則の答え


【豊臣家滅亡まで 残り5,428日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り89日】


 正則は、広間に入るなり、大声で言った。


「拾様! わしは、裏切っておりませぬ!」


「……まだ、なにも、きいてない」


「ならば、先に申しまする!」


 それは、白状という。


 正則は、埃だらけだった。脚絆は泥で固まり、髷は崩れかけ、顔は日に焼けて赤かった。家康の行列について東へ向かっていたのを、途中で抜けて、馬を飛ばしてきたのだという。


「……ぬけて、きて、いいの」


「一日だけじゃ。明日の朝には、追いつく」


「いえやすどのは、しってるの」


「知らぬ」


 正則は、胸を張った。張るところではなかった。


 弥七が、慌てて水を持ってきた。正則は、一息に飲み干して、もう一杯と言った。三杯目で、ようやく、どかりと座った。


【人物評価:福島正則】

統率 87

武勇 91

忠義 96

人の心を動かす力 92

感情制御 27

前もって相談する力 11


 前もって相談する力、十一。前もって相談していたら、行列を抜けては来ない。


「まさのり。いえやすどのの、ぐんに、くわわるんだね」


 正則の顔が、歪んだ。


「……加わりまする」


「どうして」


「治部では、戦を、終わらせられぬからでございます」


 即答だった。


 正則は、三成が嫌いだ。だが、嫌いだから家康の側に行くのではなかった。


「治部は、正しい」


 正則が、ぽつりと言った。


「だから、止まらぬ」


 俺は、黙った。


「自分が正しいと思うておる者は、退けませぬ。……内府殿は、違う。勝てるときでも、待てる」


 正則は、膝の上で、拳を握った。


「わしには、できませぬ」


 その言葉は、どの数字よりも、重かった。


 正則は、自分の欠けを知っている。だから、自分より戦を終わらせられる者に付く。それが、この男なりの、戦の終わらせ方だった。


「……でも、みつなりが、にげたら」


「追いませぬ」


「めいれい、されても?」


「聞こえぬふりを、いたしまする」


 忠義九十六の男が、命を聞こえぬふりをすると言った。


「声が大きいのは、わしの取り柄でございますが。耳が遠いのも、たまには取り柄になりまする」


 正則は、そう言って、少しだけ笑った。笑ったあと、急に、真面目な顔になった。


「拾様」


 正則は、膝の上に、拳を置き直した。


「わしは、誰かを、斬りたいのでは、ございませぬ」


 声が、低くなった。


「もう、帰らぬ者を、増やしとうないだけでございます」


 朝鮮から、戻らなかった者たち。病で死んだ者。海に消えた者。名簿に載らなかった者。正則は、その全員を、覚えている。酒を注いで回った小屋の、眠れない兵たちの顔を。


 この男の怒りは、忘れられない者たちの形をしていた。


「……わかった」


 俺は言った。


「ひとつ、たのみが、ある」


「何なりと」


「いくさばで、みつなりを、みつけても。まず、はなして」


 正則は、目を見開いた。


「……戦場で、でございますか」


「まさのりたちは、ひょうぎの、へやでは、はなせなかった」


「……はい」


「じゃあ、いくさばで、はなすしか、ない」


 我ながら、最悪の仲直りの案だった。前の世の会社なら、人事部に呼び出される。


 だが、正則は、笑わなかった。


 深く、頭を下げた。額が、畳に付くほど。


「……承知、いたし申した」


 顔を上げた正則の目が、赤かった。泥と日焼けのせいだけでは、なかった。


「それと、もう一つ」


「まだ、ございまするか」


「めいれいじゃ、ない。おねがい」


「……何でございましょう」


「のみすぎないで」


 正則は、しばらく黙ってから、大きく頷いた。


「戦の前の晩だけは、飲みませぬ」


「まえのばん、だけ?」


「……前の前の晩も」


「のこりは?」


「……努めまする」


 いつか三成が言った、努力目標という言葉を思い出した。


 正則が発つ前に、台所に握り飯を作らせた。縁側で、二人で食べた。正則は、三つ目を頬張りながら、急に、手を止めた。


「……拾様。一つ、誰にも申しておらぬことが、ござる」


「うん」


「朝鮮の、釜山の港で。わしの隊の兵糧が、三日、届かなんだことがあった」


 正則は、握り飯を見ていた。


「四日目の朝、船が一艘、着いた。米が、五十俵。わしの隊だけに。……送り状には、治部の印があった。されど、帳面のどこにも、その五十俵は、載っておらなんだ」


「……のってない?」


「あとで、蔵の者に聞いた。治部が、自分の禄米から、出したのじゃと。帳面に載せれば、他の隊が、なぜ福島だけと騒ぐ。だから、載せなんだ、と」


 正則は、握り飯を、一口かじった。


「あやつは、それを、わしに一度も言わなんだ。わしも、礼を言わなんだ。……言えば、あやつを、嫌えなくなるゆえ」


 正則は、残りを口に押し込んで、立ち上がった。


「今のは、酒の席の話じゃ。忘れてくだされ」


「……のんでない」


「では、水の席の話じゃ」


 廊下の端に、淀殿が立っていた。いつから、そこにいたのか分からなかった。


 正則は、慌てて膝をついた。


「お、御方様」


「正則」


 淀殿は、それだけ言って、少し黙った。


「……生きて、戻りなさい」


 正則は、額を床にこすりつけた。しばらく、顔を上げなかった。


 日が暮れる前に、正則は発った。馬に乗る前に、一度だけ振り返った。


 正則は、鞍に手をかけてから、もう一度、振り返った。


「拾様。……わしは、少しは堪えられるようになりましたかな」


 驚いた。正則が自分から、怒りを抑えられているかを尋ねたのは初めてだった。


「……まえより、すこし」


「まだ、たりないか」


「うん。まだ、すぐ、おこる」


「上がる見込みは」


「まさのりしだい」


 正則は、少し考えた。


「では、戦場で、治部の顔を見て、斬りかからなんだら。いくつ上がる」


「……いっぱい」


「いっぱいか」


 正則は、満足そうに頷いた。


「数は、治部に数えさせよ。あやつは、数を間違えぬ」


「拾様。治部に、何か、伝えることは」


 俺は、少し考えた。懐に、干し飯の袋が二つあった。三成が置いていったものだった。


「……ない。まさのりが、じぶんで、いって」


「わしが?」


「いくさばで。まず、はなして、って、いった」


 正則は、ぐっと詰まった。それから、馬の腹を蹴った。


「……何を話せばよいのか、道々、考えまする!」


 大声が、夕暮れの城下に響いた。道を歩いていた者たちが、何事かと振り返った。


 正則の馬の蹄の音が聞こえなくなるまで、門の前に立っていた。


 弥七が、横で言った。


「福島様は、馬の上でも、大きな声で、独り言をおっしゃっておられました」


「なんて」


「飯は食うたか、と。……それから、いや、違う、と。何度も」


 正則は、本当に、道々、三成に何を言うか、考えているのだった。


 その夜、数字が開いた。


【人物評価:福島正則】

豊臣家に刃を向ける見込み 8%

石田三成を殺そうとする心 3%

怒りが暴れる見込み 71%


 最後だけ、高かった。


 正則の答えは、味方でも、敵でもなかった。戦を終わらせる側へ行く。ただし、仲間を殺す側には、ならない。


 この時代で、それは、十分に、勇気の要る答えだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

97.4% → 97.3%


 寝る前に、清正の石を握った。冷たかった。


 正則は、今夜、どこで眠るのだろう。東へ向かう街道のどこかで、馬を休ませて。酒を飲まずに。眠れずに。


 弥七が、布団を敷きながら、ぼそりと言った。


「福島様は、お城の井戸の水を、三杯も召し上がりました」


「うん」


「井戸番が、酒より水の減りが早い殿様は初めてだと、申しておりました」


 俺は、布団の中で、少しだけ笑った。井戸番は、明日から、正則の水の杯数を数えるのだろうか。三成が聞いたら、きっと帳面に書き留める。笑ったら、少しだけ、泣きそうになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。