第94話 清正の答え
【豊臣家滅亡まで 残り5,429日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り90日】
城に戻ると、清正が待っていた。
大坂の屋敷から、朝一番に上がってきたのだという。家康から、肥後へ戻り九州を固めよ、と命じられていた。会津には行かない。だが、家康の側に立つ者として、西の端を押さえる役だった。
清正の後ろに、鎧櫃が一つ、置いてあった。国へ帰る者の荷だった。
「拾様」
清正は、深く頭を下げた。
「みつなりが、うごく」
「承知しておりまする」
「……いえやすどのに、つく?」
清正は、すぐには答えなかった。
【人物評価:加藤清正】
豊臣家への忠誠 96
徳川家康への信用 61
石田三成への信用 18
家来を生かして帰す責め 100
すぐ戦に出る気持ち 43
入り組んでいた。
「治部は、内府殿を討つと、申しておるのでございましょう」
「とよとみの、まつりごとを、もとに、もどすって」
「同じことにございます」
「きよまさは、いえやすどのを、まもるの」
「違いまする」
即答だった。
「じゃあ」
「治部に、天下を、預けられぬのでございます」
三成への恨みに聞こえた。だが、清正の顔は、怒っていなかった。
「わけを、きかせて」
清正は、鎧櫃に、手を置いた。
「朝鮮で、治部は、正しい数を出しました」
「うん」
「船の数。米の量。兵の減り。帰る順」
「うん」
「されど、その数が届くまでに、人は、死にました」
清正の指が、鎧櫃の蓋の上で、ゆっくりと動いた。
「治部は、あとから、全部を書き残しました。十二人の名も、仮名で、書き取った。あれは、要ることでございます」
清正は、否定しなかった。
「されど、戦の真っ最中に、最後に決める者として、治部を、信じることはできませぬ」
三成は、全体を見る。清正は、今いる兵を見る。どちらが正しいのではない。最後に決める者として、誰に命を預けるか、だった。
「いえやすどのなら、しんじられる?」
「内府殿は、兵を帰す道を、先に作りまする」
家康との将棋。長政の退き道の帳面。同じ答えだった。
「……いえやすどのが、とよとみけを、うばうと、しても?」
清正の手が、鎧櫃から離れた。
「それは、許しませぬ」
「どうやって」
「拾様を、お守りしまする」
「いえやすどのに、つきながら」
「はい」
矛盾ではなかった。清正にとって、三成を止めることと、秀頼を守ることは、同じ方を向いていた。家康に従う。だが、豊臣を滅ぼす命には、従わない。
「……きよまさ」
「は」
「拾が、みつなりの、ほうに、つけって、めいじたら」
清正は、俺を見た。
長い沈黙だった。
「……御命には、従いませぬ」
胸が、痛んだ。
「どうして」
「六つの拾様が、治部に囲まれて、そう御命じになったと、世は、見まするゆえ」
正しかった。俺の命には、俺の心だけでなく、周りの影が付く。
「じゃあ、どうしたら、拾の、めいれいだと、しんじる」
清正は、少し考えた。
「治部のおらぬところで。御方様も、奉行も、御側の者もおらぬところで。もう一度、お命じくだされ」
「それなら」
「それでも、従えぬことは、ございまする」
正直だった。
「なにに」
「拾様が、御自身を危うくなさる命には」
忠臣とは、主の命に従う者ではない。主を守るために、主の命に逆らう者でもある。
「……きよまさ。おねがいが、ある」
「御命を」
「めいれいじゃ、ない」
清正の眉が、わずかに動いた。
「いえやすどのに、ついても。みつなりを、ぎゃくしんって、よばないで」
「……難しゅうございます」
「どうして」
「味方を集めるには、敵の名が、要りまする」
それが、戦だった。相手を、間違っている者ではなく、悪い者にする。
「じゃあ、せめて。とよとみけへの、ぎゃくしんとは、よばないで」
清正は、黙った。
「みつなりは、とよとみけを、まもろうと、してる」
「やり方が、間違っておりまする」
「うん」
「それでも」
「うん」
清正は、深く、息を吐いた。
「……承知いたしました」
「ほんとうに?」
「治部を、愚か者とは、呼びまする」
「それは」
「それは、譲れませぬ」
逆臣ではなく、愚か者。低い成果だった。だが、零ではなかった。
「もうひとつ」
「まだ、ございまするか」
清正が、少し嫌そうな顔をした。
「いくさが、はじまったら。にげみちを、ふさがないで」
「敵兵の、でございますか」
「うん」
「逃がせば、また戦いまする」
「にげみちが、なかったら。しぬまで、たたかう」
清正は、目を伏せた。蔚山の冬を、思い出したのかもしれなかった。
「くだった、ひと。ぶきを、すてた、ひと。けがを、した、ひと。ころさないで」
「内府殿の命に、背くことに、なるやもしれませぬ」
「そのときは、拾の、なまえを、つかって」
清正が、顔を上げた。
「……先ほど、御名を使うな、と」
「へいを、あつめるためには、つかわないで。へいを、かえすためには、つかって」
清正は、しばらく、俺を見ていた。
そして、笑った。
「難しい主に、なられましたな」
「とうさまよりは、かんたん」
「それは、ございませぬ」
即答だった。
清正は、鎧櫃の蓋を開けて、中から、小さな包みを一つ取り出した。
「拾様。これを」
包みの中には、石が一つ入っていた。拳ほどの、灰色の、角の取れた石だった。
「……いし?」
「蔚山の城の、石垣の石にございます。帰るときに、一つだけ、持って帰り申した」
清正は、石を、俺の手のひらに載せた。冷たかった。重かった。
「あの冬、この石の上で、兵が、何人も眠りました。眠ったまま、起きなかった者もおりまする」
「……どうして、拾に」
「拙者は、肥後に帰りまする。次にいつ大坂に上れるか、分かりませぬ」
清正は、石から目を離さなかった。
「石垣は、嘘をつきませぬ。……拾様が、迷われたとき、これを握ってくだされ。冷たいうちは、まだ、兵が帰っておらぬということにございます」
俺は、石を、両手で握った。いつまで経っても、温まらなかった。
清正は、家来に鎧櫃を担がせた。肥後へ帰る。家康の側へ。
戸口で、清正は、一度だけ振り返った。
「拾様」
「うん」
「……治部に、伝えてくだされ」
「なにを」
「生きて、戻れ、と」
言葉を、失った。
清正は、三成を信じていない。許してもいない。それでも、死んでほしいわけではなかった。
「……じぶんで、いって」
「今は、会えば、斬るやもしれませぬ」
「かんじょうせいぎょ、まさのりより、たかいよね」
「何の話にございまする」
「なんでも、ない」
清正は、去っていった。
俺は、懐に手を当てた。干し飯の袋が、二つ、そこにあった。三成が置いていった袋。
清正の言葉を、どうやって三成に届ければいいのか、分からなかった。
清正の足音が遠ざかったあとも、しばらく、石を握っていた。
懐には、三成の干し飯の袋が二つ。手の中には、清正の石垣の石が一つ。二人は、同じ部屋にいられない。だが、二人の置いていったものは、今、同じ六つの子供の体の上に、並んでいた。
【人物評価:加藤清正】
徳川方に付く 確定
豊臣家に敵対する 否
石田三成への警戒 55
石田三成に生きていてほしい 64
俺は、手の中の石を、もう一度、握り直した。
「……どうじに、なりたつの」
成り立つ。人間だから。
【主な者たちの答え】
石田三成 今動かねば、動けなくなる
加藤清正 今治部を止めねば、兵を預けられぬ
【次に答える者】
福島正則
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.5% → 97.4%
俺は、天井を見た。
「……つぎが、いちばん、はなしが、ながそう」
廊下の向こうから、もう、大きな声が聞こえていた。
「拾様ぁっ!」
思った通りだった。会津へ向かう行列から、一人だけ、引き返してきたらしかった。




