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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第六章 会津の夏

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第93話 白紙の制度


【豊臣家滅亡まで 残り5,430日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り91日】


 夜明け前、駕籠は、城を出た。


 供は、ほんの数人だった。目立てば噂になる。噂になれば、三成が秀頼を担いでいる、と見られる。


 三成の大坂屋敷は、城から遠くない。それでも、駕籠の中で、六つの体は悲鳴を上げた。腰が痛い。足が痺れる。眠い。国の大事と、子供の体は、両立しない。


「拾様。少し、お休みになられませ」


 駕籠の外から、弥七が言った。付いてくると言って聞かなかったのだ。


「やすまない」


「お顔の色が」


「まつりごとは、かおいろで、とまらない」


 言ってから、利家の顔を思い出した。体を無視するな。休め。


「……すこしだけ、とめて」


 駕籠を、辻の脇に止めさせて、ほんの少しだけ、目を閉じた。国の大事でも、休みは要る。


 三成の屋敷に着いたとき、東の空が、うっすらと白み始めていた。


 三成は、起きていた。起きていたというより、寝ていなかった。


「……来られると、思うておりました」


 三成は、驚かなかった。


「なら、おしろで、まってて」


「時が、ございませぬ」


「拾にも、ない」


 部屋には、書状が積み上がっていた。毛利。宇喜多。上杉。小西行長。島津。長宗我部。まだ返事の来ない封。もう出た使い。途中で止められる使い。止められない使い。


 部屋の隅に、もう一人、座っていた。白い頭巾。大谷吉継だった。


「……よしつぐ」


「拾様。夜分に、ようこそ」


 吉継は、見えない目で、こちらを向いて、頭を下げた。


「わしも、止めに参った口にございます。……止まりませなんだが」


 吉継は、静かに笑った。


 俺は、三成の前に座った。


「みつなり。拾の、なまえで、へいを、あつめないで」


「豊臣家を、守る兵にございます」


「拾が、のぞんでない」


 三成は、俺を見た。


「……拾様は、六つにございます」


「しってる」


「天下の行方を、お一人でお決めになるには、幼うございます。申し上げにくいことにはございますが」


「いま、いった」


 三成が、一瞬だけ、困った顔をした。


「じゃあ、だれが、きめるの」


「奉行衆」


「ぜんいん、おなじ、いけん?」


 沈黙。


「大老衆」


 さらに沈黙。


「御方様」


「……正式な政の役は、ございませぬ」


「いえやすどの」


「止める相手に、ございます」


「みつなり」


「奉行として」


「ぶぎょうは、てんかの、へいを、うごかせる?」


 三成は、答えなかった。


 誰にも、全部の権がない。だから、皆が、自分の権を、広く読む。


「みつなり。みつなりの、はんだんが、まちがってるとは、いわない」


 三成の眉が、わずかに動いた。


「いえやすどのに、けんが、あつまりすぎてるのは、あぶない」


「ならば」


「でも。みつなりが、とよとみけの、なまえで、だいみょうを、あつめたら。いえやすどのと、おなじことを、する」


 三成の顔が、固まった。


「……同じでは、ございませぬ」


「もくてきは、ちがう」


「はい」


「やりかたは?」


 長い沈黙だった。


「……違いませぬ」


 三成は、唇を噛んだ。


「では、何もせず、内府殿に政を渡せ、と」


「ちがう」


 俺は、懐から、夜のうちに書かせた書状を出した。


 《豊臣家の合同評議を、もう一度、置く》

 《大老・奉行・主な大名の代表で、期限を切って評議する》

 《会津討伐を、いったん止めるよう、求める》

 《諸大名の、勝手な兵の動きを、禁ずる》

 《決まるまで、戦の動きを、凍らせる》


 三成が、読んだ。


「内府殿が、従うと、お思いでございますか」


「おもわない」


「では」


「みつなりも、したがわないかも、しれない」


「ならば」


「ふたりとも、ことわった、って、かきものが、のこる」


「書き物で、兵は、止まりませぬ」


「こんやは、とまらないかも、しれない」


「では」


「いくさの、あとに、とよとみけが、のこるために、いる」


 三成が、顔を上げた。


「……戦の、あと」


「うん」


「負けると、お考えにございますか」


「みつなりが、かっても、とよとみけが、まけることが、ある」


「何を、仰せに」


「いえやすどのを、たおした、あと。だれが、てんかを、おさめるの」


「拾様が」


「むっつ」


 自分で言った。


「みつなりが、かわりに、きめる?」


「……要るならば」


「きよまさは、したがう?」


 沈黙。


「まさのりは」


 沈黙。


「もうりは」


 沈黙。


「しまづは」


 沈黙。


 吉継が、部屋の隅で、小さく咳をした。


 家康を倒す。それは、問題を片付けることではない。巨大な仲立ち役を、一人、消すことだった。


「みつなり。かったあとの、くみが、ない」


「作りまする」


「いつ」


「戦の、あとに」


「おそい」


 三成が、拳を握った。


「では、今、作ってくださいませ」


 俺は、白い紙を一枚、三成の前に置いた。


「……何を」


「いえやすどのが、いなくなった、あとの。きめる、しくみ」


「今」


「うん」


「兵を、動かす前に」


「うん」


 三成は、白い紙を見た。筆を取った。


 奉行衆。大老衆。秀頼。淀殿。諸大名。誰に、拒む権を与えるか。誰が、兵を動かすか。誰が、領地を裁くか。誰が、年貢を決めるか。誰が、責めを負うか。


 筆が、動かなかった。


 三成ほどの男でも、書けなかった。秀吉がいたから、要らなかったものだった。


 長い時が過ぎた。外で、鶏が鳴いた。


「……わかった?」


 三成は、長いこと、黙っていた。


「……分かり申した」


「じゃあ」


「それでも」


 三成が、言った。


「動きまする」


 胸が、落ちた。


「どうして」


「今、動かねば。その仕組みを作る余地すら、なくなるからにございます」


 理屈は、崩れなかった。


 三成は、自分の案の欠けを分かった。分かったうえで、もっと大きな危うさを避けるために、欠けのある案を選ぶ。


 吉継が、静かに言った。


「……拾様。こやつは、昔から、こうでございます。分かった上で、崖へ行く」


「……よしつぐは、それでも、いくの」


 吉継は、少し黙った。


「友が、崖へ行くのでございます。わしが先に落ちて、下で受け止めてやらねば」


【人物評価:大谷吉継】

石田三成への友情 100

自分が生き残る見込みへの関心 4


 四。低すぎた。


「……みつなり。さいごに、ひとつだけ、やくそく、して」


「何を」


「とよとみけに、したがわない、ひとを、すぐに、ぎゃくしんって、よばないで」


「されど」


「まよってる、ひとに、にげみちを、のこして」


 三成は、長いこと、考えた。


「……期限を、設けまする」


「なんにち」


「三日」


「なのか」


「長すぎまする」


「いつか」


「よっか」


「むいか」


 三成が、俺を見た。


「……拾様。交渉の仕方が、雑にございます」


「ときが、ないから」


 結局、五日になった。


 三成を、止められなかった。だが、すぐに敵と決めつけるのを、五日、遅らせた。


 たった五日。この先の歴史では、五日あれば、一つの国が敵になる。五日あれば、一人が踏みとどまる。


 帰り際、三成が、門の前まで出てきた。


「拾様」


「うん」


「もし、拙者が、敗れましたら」


「まける、まえていで、うごかないで」


「それでも」


 三成は、自分の書き物の束を、振り返った。


「書き物を、残してくださいませ」


「のこす」


「拙者の、正しさではなく」


 三成は、少しだけ、笑った。


「拙者の、間違いも」


 その言葉は、六つの俺には、重すぎた。


【石田三成 挙兵】

止める 失敗

敵とみなすまでの猶予 0日 → 5日


【豊臣家が残る見込み】

17% → 20%


【本日の豊臣家滅亡確率】

97.8% → 97.5%


「……いくさの、みこみじゃ、なくて。のこる、みこみが、あがるの」


 答えは、出なかった。


 帰りの駕籠の中で、弥七が、小さな包みを差し出した。


「拾様。門を出るとき、治部様の御家来が、これを拾様に、と」


 包みの中には、干し飯の袋が、二つ入っていた。一つは、空だった。もう一つは、口の紐が、一度も解かれていなかった。


 添え書きは、なかった。


「……おとどけ、いたしましょうか。治部様に、お返しに」


「……ううん」


 置いていったのだ。自分が戻らなかったときのために。いつか、江戸のまつに、返してくれ、と。


 俺は、二つの袋を、懐にしまった。三成がいつも入れていた、一番奥の場所に。


 重かった。


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