第91話 終わりの条件
【豊臣家滅亡まで 残り5,431日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り92日】
三成が帰った翌朝、夜が明ける前に、書状を一通、書かせた。
宛先は、家康だった。
家康は、その日の昼、会津へ発つ前の挨拶に、本丸に上がってくることになっていた。豊臣家からは、餞別として、黄金と米を贈る。秀頼の名代として出陣する大老への、当然の礼だった。
その餞別に、書状を一通、添える。
祐筆は、夜中に叩き起こされて、目をこすりながら筆を取った。
《上杉を咎める根拠。討伐を終える条件。諸大名を動かす期限。これらを、豊臣家に、お示し願いたく候》
祐筆が、書き上げた書状を読み返して、首をかしげた。
「拾様。……終える条件、とは」
「いくさを、やめる、じょうけん」
「始める前に、でございますか」
「はじめるまえに、しか、きめられない」
戦は、始める理由ばかりが語られる。終える条件は、曖昧なまま始まる。上杉が詫びれば終えるのか。景勝が上洛すれば終えるのか。城を壊せば終えるのか。領地を減らすまで続けるのか。
終える条件がなければ、勝つまで続く。勝つことの中身が決まっていなければ、相手が消えるまで続く。
朝餉は、ほとんど喉を通らなかった。淀殿の侍女が、粥を運んできた。利家の粥と、同じ薄さだった。俺は、それだけは、全部食べた。
昼過ぎ、家康が、本丸の広間に上がってきた。本多正信が、後ろに控えていた。
家康は、旅装束だった。軽い陣羽織に、脚絆。すぐにでも馬に乗れる格好だった。
「拾様。これより、会津征伐へ参りまする」
「……ごくろうさま」
黄金と米の目録が、家康の前に置かれた。家康は、深々と頭を下げて、それを受け取った。
そして、目録の下の書状に、気づいた。
家康は、その場で封を切った。読んだ。
少し、笑った。
「……終える条件、か」
正信が、眉を上げた。
「妙な言葉にございますな」
「いや」
家康は、書状を膝の上に置いた。
「良い問いじゃ」
家康は、しばらく、何も言わなかった。広間の外で、蝉が鳴いていた。
正信が、家康の手元の書状を、横目で見ていた。細い目が、さらに細くなっていた。六つの子供が、戦の終わらせ方を聞いてきた。そのことを、どう読むべきか、測っている顔だった。
「拾様。上杉中納言が上洛し、城の普請と兵の支度のわけを明らかにすれば、討伐は要り申さぬ」
「ほんとうに、へいを、もどす?」
「戻しまする」
「なおえどのが、あやまらなくても?」
「景勝が来れば、それでよろしい」
はっきりしていた。筋が通っていた。
「……そのあいだに、だれかが、うごいたら」
家康の目が、俺を見た。
一瞬だった。だが、その一瞬で、分かった。家康は、知っている。三成が、昨日、この城に来たことを。何を話したかまでは知らなくても、三成が動こうとしていることは、知っている。
「……動くでござろうな」
家康は、静かに言った。
「では、なぜ、ひがしへ、いくの」
「だからこそ、参るのでござる」
正信が、目を伏せた。
家康が大坂に残れば、三成は動けない。だが、上杉のことも、終わらない。家康が東へ行けば、三成は動く。
罠のように見えた。
「……さそってる?」
家康は、答えなかった。
誘う。その言葉は、半分だけ正しかった。三成が動かず、家康が上杉を片付けて戻れば、家康の力は、さらに大きくなる。三成が動けば、誰が敵で誰が味方か、はっきりする。どちらに転んでも、家康は得をする。
だが、家康は、それを勝ちとは思っていないように見えた。
「治部が動かねば、豊臣家は、静かに、終わりまする」
家康は、言った。
「動けば」
正信が、続けた。
「戦に、なりまする」
「……いえやすどのは、どっちが、いい」
家康は、長いこと、答えなかった。
「……戦は、望みませぬ」
「うん」
「されど、終わらぬ二つの政は、もっと、望みませぬ」
豊臣家が、威光を持つ。徳川家が、実務を持つ。中心が二つある国は、平時には動く。危うい時には、割れる。
家康は、書状を畳んだ。
「拾様は、分かっておられる」
「なにを」
「戦を止めるには、始める理由ではなく、終える条件を、決めねばならぬことを」
家康は、立ち上がった。
老いてはいなかった。五十の後半。だが、時が限りのないものではないことは、誰よりも知っている顔だった。
秀頼は、六つ。家康が待てば、秀頼は育つ。豊臣の威光は、若い体を得る。家康が急げば、豊臣家は反発する。
待つことにかけては、この国で一番の男が、初めて、待つことが危うくなっていた。
「拾様。一つだけ、お約束いたしましょう」
「なに」
「わしは、豊臣家に、弓を引きませぬ」
家康は、そう言って、頭を下げた。
【徳川家康の言葉】
真偽 判定不能
数字は、出なかった。嘘だとも、本当だとも。
家康は、この言葉を、本当のつもりで言っているのかもしれない。豊臣家に弓は引かない。三成に弓を引く。三成が豊臣家の名を使えば、それは、豊臣家ではなく、三成への弓になる。
言葉は、どこまでも、正しかった。
家康が広間を出ていくとき、戸口で、正信が一度だけ振り返った。
「拾様。……よう、お寝みなされませ。お顔の色が、よろしゅうござらぬ」
正信は、そう言って、家康の後を追っていった。
敵方の家老に、心配された。
敵、と思ってから、少しだけ、違う気もした。正信は、今日、家康に、止まる形を作ると言った男だった。その男が、俺の顔色を見ていた。
家康の一行が本丸を下がったあと、三成の言葉を思い出していた。
明後日の朝、御返答を。
それは、もう、明日の朝のことだった。家康は、今日、発つ。三成は、明日の朝、答えを持ってくる。その間に、家康の行列は、伏見を過ぎ、近江に入る。佐和山の、すぐそばを通る。
三成の城の前を、家康が通る。
この先を、俺は知っている。三成は、家康が佐和山の前を通るときに、襲わなかった。吉継に止められたとも、機を逃したとも言われる。その夜、三成が何を考えていたのか、誰も知らない。
「……みつなり。いま、なにを、かんがえてる」
誰もいない広間で、声に出して言った。
返事は、なかった。
家康が座っていた座布団が、まだ、少しだけ窪んでいた。旅装束の脚絆が、畳に擦れた跡が、二本、残っていた。
俺は、その跡を、指でなぞった。家康は、もう一度、この城に戻ってくる。そのとき、どんな顔で、ここに座るのだろう。
夕方、家康の行列が、大坂を発った。法螺貝が鳴った。馬が引かれた。旗が立った。荷駄が動いた。何万の兵が、東へ向かう。
城の高いところから、それを見ていた。行列は、ゆっくりと、夕日と反対の方へ、遠ざかっていった。
【徳川家康 会津出陣】
目的:上杉の件の片付け
付いてくる効き目:石田三成方の見える化/豊臣家の決める力の見極め
「……ついてくる、ききめの、ほうが、こわい」
三成の書状は、まだ来ない。約束の朝まで、あと六刻。
城の下の町では、行列を見送る人々が、道の両側に並んでいた。手を合わせる者もいた。泣いている女もいた。夫か、息子か、兄が、あの行列のどこかにいるのだ。
会津は、遠い。戻ってくるのは、秋か。冬か。それとも。
「秀頼」
振り返ると、淀殿が立っていた。いつから、そこにいたのか分からなかった。
淀殿の手には、家康の返書の写しがあった。誰かが、もう、奥に届けていたのだ。
「……お話がございます」
淀殿は、そう言って、踵を返した。ついてこい、という意味だった。
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.2% → 97.4%
遠くで、法螺貝が、もう一度だけ鳴った。低く、長く、城の石垣に当たって、跳ね返ってきた。そして、消えた。




