第85話 相談の行き先
【豊臣家滅亡まで 残り5,555日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り216日】
大老衆の評議は、終わらなかった。
解散したのではない。廃されたのでもない。ただ、次の日取りが、決まらなかった。
決まりの名前だけが残って、決めることは、別の場所で行われるようになった。
朝から、書状が届いた。一通ずつ、読んでいった。
縁組みの届け。領地の境の争い。関所の通り方。家来の処分。寺の訴え。堤の修繕。
本来なら、豊臣家が決めることだった。だが、書状の多くに、同じ一文があった。
《内府様にも、御意見を伺いたく》
徳川家康。大老の筆頭。俺の後見役。そして、実際に、最後に決める者。
誰も、家康が天下人だとは、まだ言わない。だが、決めてほしいと頼む先が、少しずつ、家康に集まり始めていた。
俺は、机の上に、紙を三枚並べさせた。一枚目は、豊臣家に届いた相談の数。二枚目は、家康にじかに送られた相談の数。三枚目は、両方に送られた相談の数。
三成が、黙って、数字を書き込んでいった。三成は、この頃、奉行衆の手伝いという名目で、佐和山と大坂を行き来していた。
先月。豊臣のみ、二十八。徳川のみ、十一。両方、九。
今月。豊臣のみ、十七。徳川のみ、二十三。両方、十五。
入れ替わっていた。たった、ひと月で。
「……あかしんごう」
思わず、口に出た。
三成が、首をかしげた。
「赤い、合図にございますか。赤い旗は、攻めかかれの合図にございまするが」
違う。四つ辻の赤い灯りは、まだ四百年先の話だった。
「あぶない、って、いみ」
「なぜ、赤なのでございましょう」
「めだつから」
「黄では、いけませぬか」
「……いまは、そこは、だいじじゃない」
三成は、納得していない顔をした。だが、紙に目を戻した。
「相談の流れが、徳川殿へ、移っておりまするな」
「うん」
「されど、内府殿は、大老の筆頭にございます。豊臣の政の仕事を、代わりに片付けておられるだけ、とも言えまする」
その通りだった。
家康は、豊臣を倒せという命を、一つも出していない。豊臣の名を、一度も否定していない。ただ、止まった仕事を、片付けている。相談を受け、返事を出し、仲立ちをし、責めを負う。
人は、仕事が動くところに集まる。力は、決めてくれるところに集まる。
豊臣家は、名ばかりの本店だった。家康は、実際に動いている出店だった。そして、客が、出店にじかに相談し始めた。
前の世で、何度も見た形だった。本社が決裁に手間取っている間に、現場が、勝手に頼れる決め手を作る。最初は、便宜。次に、慣わし。最後には、権になる。
「とめますか」
三成が言った。
「なにを」
「諸大名が、内府殿へ、じかに書状を送ることを」
止めることは、できた。豊臣家の名で。だが、止めても、相談は止まらない。表から見えなくなるだけだ。
「とめない」
「なぜ」
「いえやすどのが、ほんとうに、しごとを、してるから」
三成の目が、少し細くなった。三成は、家康を信用していない。だが、仕事をしている者を、仕事をしているという理由で罰することは、三成にもできなかった。
「では、何を、なさいまする」
「とよとみけも、きめる」
「誰が、でございましょう」
また、その問いだった。
誰が決めるのか。秀吉なら、秀吉が決めた。利家がいれば、利家がまとめた。今は、俺は六つ。淀殿は、正式な政の役ではない。三成は奉行。家康は大老。大名たちは、それぞれの国を持つ。誰も、全体を決める資格と力を、両方同時には持っていなかった。
視界に、数字が出た。
【豊臣家の政の働き】
威光 S
財 A
軍 B
決める力 E
相談が豊臣家に届く割合 43%
【警告】
実務の権が、表に出ないまま、よそへ移りつつあります
赤い字だった。本当に、赤信号だった。
「拾様。……お顔の色が」
「かずが、あかい、だけ」
「何の数でございましょう」
「こっちの、はなし」
俺は、書状の束を、四つに分けた。今すぐ決めるもの。ひと月のうちでいいもの。詳しい者の考えが要るもの。当の二人で片付けられるもの。
三成が、素早く、分け始めた。手が速かった。一通を手に取って、ひと目で、どの山に置くかを決める。三成の手の中で、紙の山が、みるみる形を変えていった。
「……みつなり」
「は」
「きめるひとを、きめるまえに。なにを、だれが、きめられるか、わける」
三成の筆が、止まった。
「拾様。それは、太閤殿下の御代には、要らなかったことにございます」
「うん。とうさまが、ぜんぶ、きめてたから」
言葉にすると、あまりに当たり前だった。
秀吉は、決まりを作らなかったのではない。秀吉自身が、決まりだったのだ。人の登用。他家との付き合い。戦。裁き。財。褒美。罰。例外。最後の判断は、全部、一人の頭の中にあった。
その頭が、もうない。
赤信号は、家康の野心だけを示しているのではなかった。豊臣家の、空っぽのところを、示していた。
俺は、分け終えた書状の上に、新しい紙を一枚、置いた。
《きめる けんの いちらん》
まだ、白紙だった。
だが、白紙だということが、初めて、目に見えた。
「みつなり。あした、ひょうぎを、ひらく」
「どなたを、お呼びいたしまする」
「きめるひとじゃ、なくて。きめられなくて、こまってるひとを、あつめて」
三成は、少し考えた。
「……前例が、ございませぬ」
「あかしんごう、だから」
「赤信号とは」
「まえのとおりに、して、とまるための、もの」
自分で言って、少し違う気もした。だが、今は、止まるときだった。家康を止める前に、豊臣家が、何も決められないまま進むのを、止めなければならない。
その夜、俺は、布団の中で、昼間の数字を思い出していた。
豊臣のみ、十七。徳川のみ、二十三。
十七通の書状の向こうには、十七の家があった。その家の者たちは、大坂に書状を出すか、伏見に出すかを、きっと何日も迷ったのだ。大坂に出せば、返事が遅い。伏見に出せば、豊臣家に背いたように見える。両方に出せば、両方から疑われる。
迷った末に、伏見に出した二十三の家。あの家々を、責めることはできなかった。俺が同じ立場でも、返事の早い方に出す。
前の世で、取引先に言われたことがある。御社の商品が一番いいのは分かっている。だが、見積もりの返事が三週間来ない。隣の会社は、三日で来る。
三週間と、三日。それだけで、客は移る。忠義も、たぶん、同じだった。
豊臣家が、三日で返事を出せるようにならなければ、書状は、戻ってこない。
眠れないまま、天井の節穴を数えた。二十三あった。三成の部屋の節穴と、同じ数だった。
【本日の豊臣家滅亡確率】
96.3% → 96.6%
その夜、三成が、一枚の紙を持ってきた。
赤い墨で、四角い印が描いてあった。その横に、三成の字で、小さく書き添えてあった。
《赤信号 危うきを示す印》
《黄の場合 未定》
紙の端は、少しだけ焦げていた。灯明の近くで、何度も描き直したのだろう。赤い四角は、定規で引いたように、まっすぐだった。
「……なに、これ」
「分け方の印にございます。今すぐ決めるべき書状には、これを付けまする」
三成は、真顔だった。四百年早い赤信号が、豊臣家の書状の束に、一つずつ、押されていった。
翌朝、正則が、その印を見て言った。
「治部。これは、何の印じゃ」
「危うい、という意味にございます」
「では、わしの書状に付いておるのは」
「危うい、という意味にございます」
正則は、自分の書状を、しばらく、じっと見ていた。
それから、黙って筆を取り、書状の端に、何か書き足した。
《酒の件にあらず》
三成は、それを見て、印の横に、小さく書き足した。
《酒の件なり》




