第84話 大老の終わり
【豊臣家滅亡まで 残り5,560日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り221日】
春先、大老衆の評議が、開かれた。
納戸から、座布団が五枚、出された。女房たちが、前の晩のうちに、干して、はたいて、畳の目に揃えて並べてくれた。
徳川家康。前田利長。毛利輝元。上杉景勝。宇喜多秀家。
実際に座ったのは、宇喜多秀家、毛利輝元。そして、上杉の名代と、前田の名代と、徳川の名代。
二人が本人。三人が名代。今までより、ずっとよかった。
「はじめます」
三成が、議題を読み上げた。
一、大名同士の縁組みの届け出。
二、兵を動かすときの、前もっての知らせ。
三、領地の訴えの裁き方。
四、急ぎのときに、誰が決めるか。
議題の一。縁組み。
「内府は、諸家の安んずるために、縁組みを進めとうございまする」
徳川の名代が言った。
「太閤殿下の御遺命では、勝手な縁組みは、禁じられておりまする」
輝元が言った。
「届け出が、要りまする」
秀家が言った。
「急ぎの縁組みも、ござる」
徳川の名代が言った。
「縁組みに、急ぎは、ございませぬ」
三成が言った。
正しかった。だが、空気が悪くなった。
「えんぐみを、とめるんじゃなくて。まえもって、じょうけんを、たしかめる」
誰と誰か。領地の約束はあるか。人質はあるか。兵を出し合う約束を含むか。書き物にする。仮に、決まった。
議題の一。決まった。小さな一歩だった。
議題の二。兵の動き。
「国の内の、城の普請と、道の普請も、知らせねばなりませぬか」
上杉の名代が聞いた。
「大軍を動かすなら、知らせるべきでござる」
徳川の名代が言った。
「大軍とは、何人から」
止まった。千人か。三千人か。五千人か。兵ではなく人足なら。武器を持たないなら。道の普請なら。国境の見張りなら。決まりが、なかった。
三成が、細かい基準を出した。輝元が、国によって事情が違うと言った。秀家が、知らせるだけなら広くてもいいと言った。徳川の名代が、知らせを受け取るのは誰か、と聞いた。
秀頼か。奉行衆か。大老衆か。家康か。
決まらなかった。議題の二は、先送りになった。
議題の三。領地の訴え。奉行衆が調べ、大老衆が裁く。これまでの形だった。だが、大老が来ない。名代は、領地を減らす裁きまでは、権を持っていない。本人に戻す。返事を待つ。その間に、訴えた者は、家康にじかに訴える。家康は、先に返事を出す。
議題の三は、決まりの上では、決まった。実際には、動かない。
議題の四。急ぎのとき。一番大事で、一番難しかった。
「急ぎのときは、一番近く、一番兵を動かせる者が、片付けるべきでござる」
徳川の名代が言った。家康のことだった。
「それでは、急ぎを理由に、何でも決められまする」
輝元が言った。
「急ぎかどうかは、何人かで、決めるべきにございます」
上杉の名代が言った。
「それを待っておっては、急ぎに間に合いませぬ」
秀家が言った。
全員、正しかった。また、全員が正しかった。
「さきに、うごけるひとが、かりに、かたづける」
俺が言った。
「ただし、なのかの、うちに、かきものと、わけを、だす。たいろうの、はんぶんより、おおくが、はんたいしたら、とりけす」
「戦は、七日で、終わることもござる」
徳川の名代が言った。
「おわったあとでも、たしかめる」
「終わったことは、戻せませぬ」
「もどせなくても、つぎを、とめられる」
沈黙が落ちた。
家康は、あとから確かめられる力を、好まない。当たり前だった。力を持つ者は、速さを求める。見張りは、速さを遅くする。だが、見張りのない速さは、独り占めになる。
評議は、昼を越えた。冷めた飯と、味噌汁と、漬物が出た。正則がいたら、酒を出せと言っただろう。呼ばなくてよかった。
昼過ぎ、広間の外が、急にざわついた。
戸が開いた。
徳川家康、本人だった。
広間が、凍りついた。徳川の名代が、畳に額をこすりつけるように、下がった。
家康は、空いていた自分の座布団に、ゆっくりと座った。
「拾様。遅れて参り申した」
偶然では、なかった。評議の運びを、全部聞いてから、来たのだ。
【人物評価:徳川家康】
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嫌な百だった。
家康は、書き留めを読んだ。速かった。
「よう、ここまで、決められましたな」
褒めていた。同時に、決まらなかったところを、見ていた。
「急ぎのときの決め方。拾様の案で、よろしゅうござろう」
意外だった。
「ただし」
来た、と思った。
「七日のうちに、大老の半分より多くの返事がなければ、認めたものとみなす」
上杉の沈黙を、賛成に変える案だった。
「ちんもくは、どういじゃない」
すぐに言った。景勝の筆の字が、頭に浮かんでいた。
家康の目が、細くなった。
「では、返事をせぬ者のために、天下を止めまするか」
「とめない。かりに、きめたことは、うごく。でも、みとめた、とは、よばない」
言葉の違いに見える。だが、大事だった。仮の決め事と、認められた決め事は、違う。仮の決め事が積み重なって、誰も異を唱えられなくなれば、それが、いつの間にか本当の決め事になる。
家康は、少し笑った。
「拾様は、言葉に、厳しゅうござるな」
「ことばで、くにが、うごく」
この先、鐘に刻まれた文字一つで戦が起きることを、俺は知っている。家康は、まだ知らない。だが、言葉が刀になることは、知っている男だった。
「……では、仮、ということに、いたしましょう」
決まった。
大老の評議。四つの議題のうち、二つと半分が決まった。初めてだった。成功の、はずだった。
評議が終わって、皆が帰ったあと、家康だけが残った。広間に、俺と家康と、二人だけになった。三成は、戸の外で待っていた。
「拾様。本日は、良い評議でござった」
「ありがとう」
「されど」
家康は、五枚の座布団を、一枚ずつ見た。
「次も、同じ顔ぶれが、集まりましょうかな」
答えられなかった。
宇喜多の家は、まだ割れている。毛利は、次の評定が要る。上杉は、名代を育て始めたばかりだ。前田は、母を差し出すかどうかで、徳川と睨み合っている。そして家康本人は、来るかどうかを、自分で決める。
「決まりは、人が従う間だけ、決まりでござる」
「ひとが、したがわなくても。もどれる、みちが、のこれば、きまり」
家康は、返事をしなかった。立ち上がって、ゆっくりと、帰っていった。
家康が帰ったあと、戸の外で待っていた三成が、入ってきた。
「……内府殿と、何を」
「きまりの、はなし」
「内府殿は、何と」
「きまりは、ひとが、したがうあいだだけ、きまり、って」
三成は、黙って、五枚の座布団を見た。
「拙者は、決まりがあれば、人は従うものと、思うておりました」
「うん」
「……従わせる者が、おらねば、従わぬのでございますな」
三成の声は、静かだった。太閤がいて、利家がいて、初めて動いていた決まり。三成は、その上で、ずっと仕事をしてきたのだ。
その夜、数字が開いた。
【大老衆の評議】
開けたか 成功
決まったか 一部成功
次も同じ顔ぶれで開ける見込み 17%
【大老衆という仕組みが、働かなくなるまで】
推定 120日
「……みじかい」
声が、出た。
隣にいた三成が、顔を上げた。
「何が、でございましょう」
「……なんでも、ない」
言えなかった。
大老衆は、今日、初めて少しだけ、働いた。そして同時に、分かった。大老衆を救うことが、目的ではない。大老衆がなくなっても、力が一人に集まらない仕組みを作らなければならない。人を座布団に戻すだけでは、足りない。座布団そのものを、作り直さなければならない。
【本日の豊臣家滅亡確率】
96.0% → 96.3%
その晩、女房たちが、五枚の座布団を、また納戸にしまった。
一枚だけ、しまう前に、俺は、自分で手に取った。家康の座布団だった。まだ、少し温かかった。
決まりは、まだ、ある。だから、誰も、それが終わり始めていることに、気づいていなかった。




