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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第五章 五つの空席

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第83話 沈黙は同意にあらず


【豊臣家滅亡まで 残り5,565日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り226日】


 上杉景勝から、返事が来なかった。


 一度ではない。三度、書状を出した。三度とも、返事はなかった。使いを送った。「思案中」。それだけだった。


「怒っておるのか」


 正則が言った。


「景勝殿は、平素から、多くを語られませぬ」


 三成が答えた。


「便利じゃな。何を考えておっても、黙っておれば済む」


「福島殿は、少し、黙ることを学ばれるべきにございます」


「喧嘩か」


「助言にございます」


 成長していなかった。


【人物評価:上杉景勝】

統率 92

忍耐 95

口数 7

黙っているだけで人を圧する力 99


 最後のは、能力なのだろうか。


 困るのは、景勝の沈黙を、周りの者が、好き勝手に訳してしまうことだった。


 三成に近い者は言う。景勝殿は、家康を警戒しておられる。家康に近い者は言う。景勝殿は、謀反を企んでおる。どちらでもない者は言う。景勝殿は、まだ決めておられぬ。上杉の家来は言う。殿は、すべて承知しておられる。


 誰も、本人の言葉を聞いていなかった。


 直江兼続から、長い書状が届いた。景勝の書状ではない。兼続の書状だった。


 文は明快だった。筋が通っていた。家康への用心。会津の城と道の普請。国の仕置。豊臣への忠節。全部、書いてあった。


 書いてありすぎた。


「これは、かげかつどのの、いけん?」


 三成は、答えなかった。


「かねつぐどのの、いけん?」


「……両方にございましょう」


「どこまでが、どっち」


 分からなかった。


 できる補佐役が、主君の沈黙を埋める。外から見れば、一つの考えに見える。中では、少しずつ違うのかもしれない。


 前の世でもあった。社長が黙る。側近が説明する。その説明が、いつの間にか、社長の考えになる。社長も、直さない。会社は、側近の訳で動いていく。


「あいに、いく」


 淀殿が、即座に言った。


「なりませぬ」


「かげかつどのが、おれに、なにかするとは――」


「思いませぬ。道中です」


 母は、いつも、相手ではなく、その周りの危うさを見る。正しかった。六つの子供が会津まで行くなど、できるはずがなかった。


「じゃあ、えらばせる」


 俺は、祐筆に、短い書状を書かせた。


 《へんじは、みっつから、えらんで ください》

 《一 たいろうの ひょうぎに でる》

 《二 かわりの ひとを だす》

 《三 でない わけを、じぶんの ふでで かく》


 思ったことを自由に書け、というのをやめた。選べるようにした。


 雪の中を、書状が会津へ向かった。半月ほどして、返事が来た。


 《三》


 一文字だった。いかにも、本人らしかった。


 そして、その下に、景勝自身の筆で、数行。


 《国の仕置、いまだ定まらず》

 《軽々しく上れば、家中を乱す》


 短かった。だが、本人の言葉だった。


 景勝は、家康が憎くて来ないのではなかった。自分が留守にした間に、移ったばかりの会津の国が崩れるのを、恐れていたのだ。越後から会津へ、国ごと移ってきて、まだ二年も経っていない。


「かわりに、かねつぐどのを」


 俺は、また書かせた。


 返事は、早かった。


 《不可》


「……どうして」


 続きがあった。


 《兼続を出せば、会津が動かぬ》


 できすぎる補佐役。本人の傍にも要る。代わりにも要る。一人しかいない。組織の、危ない印だった。


「じゃあ、べつのひとを、そだてて」


 書いてから、無理を言ったと思った。人を育てるのは、十日ではできない。


 返事は、また一行だった。


 《承知》


 本当に承知したのか、不安になった。


 それからひと月ほどして、会津から、若い侍が一人、大坂に上ってきた。二十を少し過ぎたくらい。雪焼けした顔で、手に、一通の書き物を大事そうに抱えていた。


「上杉弾正少弼が、名代にございまする」


 書き物は、名代の権を書いたものだった。議題ごとに、どこまで賛成してよいか。どこまで反対してよいか。どこで、決めずに持ち帰るか。いつまでに、会津に知らせを戻すか。


 きちんと、書いてあった。


 三成が、書き物を手に取って、目を輝かせた。


「……美しい」


 また言った。だが、今度は、俺も同じ気持ちだった。


「かげかつどのは、なんて」


 若い侍は、少し困った顔をした。


「殿は、多くを申されませぬ」


 知っている。


「ただ、この紙を、三度、お直しになりました」


 景勝が、自分で、名代の権の範囲を、三度確かめたのだ。黙っているが、考えていないのではない。外に出す前に、言葉を削りすぎるのだ。


「殿から、これを」


 若い侍が、小さな紙を、もう一枚差し出した。


 景勝の自筆だった。


 《秀頼公へ》

 《沈黙は、同意にあらず》


 それだけだった。


 何度も、読んだ。


 沈黙は、同意ではない。反対とも限らない。謀反でもない。忠誠でもない。ただ、言葉が、外に出ていないだけ。


 人は、空白を恐れる。だから、自分に都合のいい意味を、そこに書き込む。


 俺は、その紙を、三成にも見せた。


 三成は、長いこと、紙を見ていた。


「……拙者は、景勝殿の沈黙を、ずっと、拙者への同意と読んでおりました」


「うん」


「内府殿を警戒しておられる。ゆえに、拙者の味方であると」


 三成は、紙を俺に返した。


「違うのでございますな」


「わからない。でも、ちがうかも、しれない」


 三成の顔が、少し曇った。


 三成は、この先、上杉と手を結ぶ。会津と大坂で、家康を挟み撃ちにする。そう書物には書かれている。本当に、二人が示し合わせていたのかどうか、四百年経っても、誰にも分からない。


 分からないものを、分かったことにする方が、危うい。長政の言葉だった。


「みつなり。かげかつどのの、ちんもくを、かってに、よまないで」


「……承知、いたしました」


 三成は、そう言って、自分の帳面の、上杉の欄に書いてあった《味方》の二文字に、朱で線を引いた。そして、横に、小さく書いた。《不明》


 空欄にせず、不明と書く。三成が、自分で決めた決まりだった。


「ひょうぎの、きまりに、たす」


 《返事がないのを、賛成とみなさない》

 《返事がないのを、反対ともみなさない》

 《期限を過ぎたら、仮に決めて動く》


 沈黙に、勝手な意味を与えない。その代わり、時が来たら、仮に動く。家康の速さ。毛利の同意。上杉の慎み。全部を、少しずつ混ぜた。


 大老の評議。三つ目の座布団。本人ではなく、名代が座る。だが、空席ではない。


【上杉家の知らせが一人に頼っている度合い】

91 → 74


 まだ、高かった。


【徳川家康 上杉家への警戒】

43 → 61


「どうして、あがるの」


「名代を出したからにございましょう」


 三成が言った。


「上杉が、家として動き始めたと、見られたのでございます」


 良くなれば、警戒される。豊臣家と、同じだった。弱ければ、放っておかれる。強くなれば、恐れられる。


【本日の豊臣家滅亡確率】

95.8% → 96.0%


 関ヶ原は、会津から始まる。家康が、上杉を咎め、上杉が拒み、家康が兵を起こす。


 その上杉の、言葉が、少しだけ見えた。見えたことで、家康にとっても、上杉は、よりはっきりとした相手になった。


 評議の日取りが決まると、名代は、そのたびに、会津に早馬を出した。一つ決まるごとに、一通。三成が、その数を数えていた。


「十日で、七通にございます」


「おおい?」


「拙者の、佐和山への書状と、同じ数にございます」


 三成は、少しだけ、嬉しそうだった。


 若い名代は、その夜、城の台所で、冷や飯を三杯おかわりしたという。雪の中を、半月かけて歩いてきたのだ。


 台所の女が、干し柿を一つ、名代の膳に置いた。名代は、それを懐にしまった。会津の殿への土産にするのだ、と言っていたそうだ。


 翌朝、名代は、城を発つ前に、わざわざ俺の部屋まで挨拶に来た。雪焼けした顔が、少し緊張していた。懐のあたりが、干し柿一つ分だけ、ふくらんでいた。


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