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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第五章 五つの空席

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82/125

第82話 決めない大大名


【豊臣家滅亡まで 残り5,610日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り271日】


 毛利輝元。世の評判は、決められない人。大大名なのに、人に流される人。


 だが、数字は、少し違った。


【人物評価:毛利輝元】

慎み深さ 97

家中の同意を重んじる 99

一人で決める力 11


 最後の一行だけが、致命的だった。


 毛利家は、一人の家ではない。吉川。小早川。福原。安国寺恵瓊。国の土豪たち。重臣たち。大きな寄り合いだった。


 輝元が一人で決めれば、速い。だが、決めたあとで、家中が動かない。決める前に、全員に聞けば、動く。ただし、決まる頃には、世の中が変わっている。


 大老の評議の決め方への返事は、こうだった。


 《家中の評定を経て、返事いたす》


 十日。二十日。ひと月。返事は来なかった。


 その間に、家康は、訴えを二つ裁き、縁組みの願いに三つ返事を出し、街道の修繕を命じた。


 速さは、力だった。


「毛利殿を、大坂へ呼べ」


 正則が言った。


「呼んでおりまする」


 三成が答えた。


「では、なぜ来ぬ」


「来るかどうかを、毛利家で、話し合うておられまする」


 正則が、天井を見上げた。


「来る話をするために、来られぬのか」


 その通りだった。笑えなかった。


 毛利家の使いが来た。三人。同じ家の使いなのに、言うことが違った。


 一人目。


「輝元公は、豊臣家を、お支えする御心にございます」


 二人目。


「ただし、毛利家の安泰が、第一にございます」


 三人目。


「徳川殿との争いは、避けるべきにございます」


 全部、正しかった。


「もうりけとしての、いけんは」


 三人が、顔を見合わせた。


「評定中に、ございます」


 終わらなかった。


 俺は、毛利家の決め方を、図にさせた。誰が、誰に考えを出すか。誰が止めるか。誰の許しが要るか。祐筆が三人がかりで二日かけた図は、畳二枚分になった。


 三成が、図の前で、黙って立っていた。長いこと、黙っていた。


「……どう」


「美しゅうございます」


「どこが」


「全員の考えが、残らず書き残されまする」


「きまらない」


「決まりませぬ」


 三成が、認めた。


 毛利家の強みは、一人の独り走りを防げること。一族を納得させられること。大きく負けても、家が残ること。元就公以来の、寄り合いの家の作り方。


 弱みは、危ういときに遅いこと。責めが散らばること。最後に、誰が決めたのか分からなくなること。


「かみを、かいて。てるもとどのに」


 祐筆が、筆を構えた。


 《みんなの さんせいを まつ ひつようは ない》

 《はんたいの いけんは かきのこす》

 《きめたあと、いつ みなおすかを、さきに きめる》


 全員が頷く決め方ではなく、戻れる決め方。決めたことを、永遠の忠義にしない。


 返事は、思ったより早く来た。


 《拾様の案は、毛利家には、難しい》


 失敗か、と思った。続きがあった。


 《されど、試しとうござる》


 毛利家の評定。議題は、大老の評議に出るか、否か。賛成。反対。条件付きの賛成。


 輝元は、全員が頷くのを、待たなかった。


「出る」


 ただし、条件を付けた。


「徳川殿との、じかの争いは、議題にせぬ」


 反対の考えは、書き残した。三月のちに、見直すと決めた。


 評定は、終わった。家来たちは、不満を残した。だが、去らなかった。決めたあとも、異を唱えられるからだ。


 数日後、毛利輝元が、大坂城に上がってきた。


 大行列だった。豪華な装束。数え切れない供。そして、ひどく疲れた顔。


「拾様。お待たせいたした」


「おまちしました」


 嫌味ではなかった。本当に、待ったのだ。


 輝元は、苦笑した。


「皆を納得させるのは、難しいものでござる」


「なっとく、させなくても、いいのでは」


「それができれば、苦労はいたしませぬ」


 この人は、決められないのではなかった。決めたあとに家が割れることを、知りすぎているのだ。


「てるもとどのは、じぶんは、なにを、のぞむの」


 輝元が、止まった。


 長い沈黙だった。家中の考えでもない。毛利家の損得でもない。この人自身の望み。聞かれ慣れていない顔だった。


「……戦を、したくありませぬ」


「じゃあ、いくさを、さけるために、なにを、する」


 また、沈黙。


 戦をしたくない。それだけでは、戦は避けられない。何を譲るか。何を守るか。誰を説き伏せるか。決めなければならない。


 輝元は、膝の上の手を見ていた。大きな、柔らかい手だった。刀より、筆を持つことの多い手だった。


「……拾様。わしは、臆病でござろうか」


「おくびょう」


 周りの者が、息を止めた。毛利の供の者が、腰を浮かせかけた。


「おれも、いくさが、こわい」


 輝元が、顔を上げた。


「いえやすどのも、いくさの、あとを、こわがってる。きよまさは、へいが、かえらないのを、こわがる。みつなりは、ちつじょが、こわれるのを、こわがる」


 恐れのない者など、いない。問題は、恐れていることではない。恐れを、決めない理由にすることだった。


「おくびょうな、ひとが、さきに、にげみちを、つくったら。たくさんの、ひとが、いきのこる」


 輝元は、しばらく、俺の顔を見ていた。


 それから、深く、頭を下げた。額が、畳に付くほど。


「……長う生きて参りましたが、臆病を褒められたのは、初めてでござる」


「ほめてない」


「褒められたと、思うておきまする」


 輝元は、顔を上げて、少しだけ笑った。疲れた顔が、ほんの少し、若く見えた。


 帰り際、輝元は、供の者たちの前で、はっきりと言った。


「大老の評議には、わしが、じかに出る。名代は立てぬ」


 供の者たちが、ざわめいた。評定では、そこまで決めていなかったのだ。


「……今、決め申した。反対は、書き残しておけ」


 輝元は、そう言って、少しだけ、胸を張った。


 大老の評議。二つ目の座布団が、埋まった。宇喜多秀家。毛利輝元。まだ、三つ空いている。


【毛利家の決める速さ】

28 → 41


【毛利家の中の不満】

33 → 46


 良くすれば、別の数字が悪くなる。当たり前のことだった。変えるということは、全員を幸せにすることではない。不満を言えるまま、動けるようにすることだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.0% → 95.8%


 その日の夕方、輝元は、帰る前に、城の台所に立ち寄った。


 供の者が慌てて止めようとした。大老が台所に入るなど、聞いたことがない。


 輝元は、干し柿の吊るしてある軒下で、足を止めた。


「……太閤殿下が、よう、これをくださった」


 誰に言うともなく、輝元は言った。


「わしが評定で決められぬと、殿下は笑うて、干し柿を一つ投げてよこされた。食うておる間に、考えよ、と。……食い終わる頃には、殿下が、もう決めておられた」


 輝元は、一つ、干し柿を取った。台所の女が、慌てて頭を下げた。


「今は、食い終わっても、誰も、決めてはくれぬ」


 輝元は、干し柿を懐に入れて、少しだけ笑った。


 輝元が帰る前、廊下で、一人の僧が俺に近づいてきた。毛利の使いの一人。安国寺恵瓊だった。


「拾様。……輝元公は、本当に、決めてしまわれた」


 恵瓊は、困ったように笑った。


「拙僧どもが三月かけて決めさせようとしたことを、拾様は、一枚の紙で」


「……こまる?」


「困りまする」


 恵瓊は、はっきり言った。


「決める主は、拙僧どもの手を離れまするゆえ」


 目が、笑っていなかった。


 慎み深さは、平時には強みだった。そして、関ヶ原の前の夜には、命取りになりかねない。この先、輝元を西軍の総大将に担ぎ上げるのは、この僧だった。


【人物評価:安国寺恵瓊】

毛利家の外交を握る度合い 87

輝元が自分で決めることへの警戒 新規表示


 輝元が決められるようになると、困る者がいる。


 決める人を作ると、決めさせたかった人が、動き出す。


 恵瓊は、深々と頭を下げて、輝元の行列の後を追っていった。その背中は、僧衣なのに、武将のように見えた。


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