第81話 若き大老の迷い
【豊臣家滅亡まで 残り5,620日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り281日】
宇喜多秀家。二十代の後半。大老の中で、一番若い。
幼いうちに父を亡くし、太閤に引き取られて育った。太閤の養女の豪姫を妻にしている。俺にとっては、兄のような人だった。
【人物評価:宇喜多秀家】
豊臣への忠誠 96
志 94
家中の束ね 表示不能
「表示不能」
数字を、見直した。
【注記】
当人の権が、家中で分かち合われていません
どういうことだろう。大名である。大老である。五十万石を超える国の主である。なのに、自分の家の中で、権が通っていない。
暮れも押し詰まった頃、秀家の使いが、城に来た。若い侍だった。顔色が悪かった。
「主は、大坂へ上りたいと、望んでおりまする」
「じゃあ、どうして、こないの」
使いは、床を見た。
「家来が、二つに割れておりまする」
宇喜多家の騒動。この先を、俺は知っている。書物の一行で。だが、書物の一行は、本当は、何百人の暮らしだった。
古くからの家来。新しく取り立てられた者。国の土豪。奉行。寺。商人。誰の命を聞くかで、真っ二つに割れていた。
「ひでいえどのの、めいれいは、とおらないの」
「通りまする」
「じゃあ」
「出せば、その時に、半分が去りまする」
命を出せないのではない。命を出せば、家が壊れるのだ。
利家の言葉を思い出した。仲良くさせるな。仲が悪くても、話せる道を残せ。宇喜多家には、道がなかった。
数日後、秀家が、自分で大坂に来た。大老としてではなかった。供を三人だけ連れて、夜、裏門から入ってきた。
「拾様。……お恥ずかしい」
秀家は、俺の前で、深く頭を下げた。二十代の大名が、六つの子供に。
「はじじゃ、ない」
「家中も治められぬ者が、天下の評議に出るなど」
「かちゅうを、ちゃんと、おさめてるひとなんて、ほんとうに、いる?」
秀家が、顔を上げた。
「……内府殿は、治めておられまする」
痛い比べ方だった。
「いえやすどのも、はんたいするひとを、けしてきた」
言ってから、強すぎたと思った。秀家の顔が、固まった。
「けすのが、おさめることなら、ひでいえどのにも、できる」
兵を出す。反対する者を追い出す。領地を取り上げる。首を取る。この世では、当たり前のことだった。
「でも、それをしたら。うきたけは、のこっても、うきたけの、ひとたちは、のこらない」
秀家は、長いこと黙っていた。
「……では、どうすれば」
聞かれた。困った。前の世なら、家中の仕組みの立て直し。権の割り振り。見張り役。人の登用の決まり。だが、家来は、雇い人ではない。土地を持っている。兵を持っている。縁組みを持っている。何代も前からの恨みを持っている。辞めますと一言言って、済む話ではない。
「まず、あらそってることを、ひとつに、しないで」
秀家が、首をかしげた。
「一つでは、ないのでございますか」
一つではなかった。禄のこと。人の取り立て。信心のこと。古い者と新しい者。領地の境。奉行の権。秀家との近さ。それぞれを、別々の議題に分ける。
「ぜんぶを、ちゅうぎが、あるか、ないかで、きめないで」
反対した者は、不忠。賛成した者は、忠臣。そう分けた途端、歩み寄りが、裏切りになる。
秀家は、紙に書いた。若い。素直だ。それが強みで、危うさでもあった。
「拾様なら、どちらを、選ばれまする」
古い者か。新しい者か。
「えらばない」
「選ばねば」
「さきに、なにを、えらぶのかを、きめる」
人を選ぶ前に、争うところを選ぶ。誰を残すかではなく、何を守るか。
秀家は、苦笑した。
「拾様は、難しいことを、簡単そうに、申されまする」
「かんたんじゃ、ない。おれも、しっぱい、してる」
利家を救えなかった。三成と清正たちを、まだ本当には和解させられていない。大老の評議も、開けない。
「……拾様も、しくじられるのでございますか」
「まいにち」
「それは……心強うございまする」
なぜだろう。だが、分かる気がした。しくじらない主君は、家来を黙らせる。しくじりを認める主君は、知らせを引き出す。
宇喜多家に、仲立ちを送る話になった。三成の名が挙がった。帳面の整理なら、三成に勝る者はいない。そして、好感度十七。仲立ちには、最悪でもあった。
「治部殿を、お願いしたい」
秀家が言った。
俺は、驚いた。
「いいの」
「嫌われるのを、恐れぬ者が、要りまする」
三成は、隣で、何の表情もしていなかった。
【人物評価・補足:石田三成】
頼られた嬉しさ 88
顔に出せ。
三成は、一人では行かなかった。一人の男を、連れていった。
大谷吉継。敦賀の城主。三成の、古い友だった。白い頭巾で顔を覆っていた。病を得て、目がほとんど見えないという。それでも、声は穏やかで、よく通った。
「治部が、人に頼まれて出かけるとは、珍しい。わしは、見物に参る」
吉継は、そう言って笑った。
「……見物ではない。記録係じゃ」
三成が、むっとして言った。三成が、誰かに対して、むっとした顔をそのまま見せるのを、初めて見た。
【人物評価:大谷吉継】
政務 92
人望 90
石田三成への友情 100
百。友情の百。家康の待機能力と同じ数字だった。この城で、三成にこの数字を持っている人間は、たぶん、この人しかいない。
二十日ほどして、知らせが届いた。三成の字だった。
《争いの種 二十三》
《和解できるもの 十一》
《権を分ければ片付くもの 七》
《同じ家にいられぬもの 五》
数にすると、戦が、問題の寄せ集めに変わる。だが、家中の気持ちは、数では消えない。
二通目の書状は、吉継の口述を、三成が書き留めたものだった。
《古い家来の一人が、申した由。我らが欲しいのは、正しい割り振りではない。若殿が、我らを要ると、言うてくださることだ、と》
秀家は、その言葉を読んで、自分から、家中の評定に出たという。
「わしは、太閤殿下に育てられた。ゆえに、新しい者を取り立てることが、正しいと思うておった」
古い家来たちが、黙った。
「されど、正しいことと、皆を要らぬ者にすることは、同じではなかった」
若い大老が、家来に、頭を下げた。
全部は、片付かなかった。去る者もいた。罰を受ける者もいた。だが、半分が去る先の形は、少し変わった。
【宇喜多家の割れる見込み】
78% → 59%
まだ、高かった。
その知らせを読んで、豪姫から、淀殿のもとに、短い文が届いた。秀家の妻。太閤の養女。淀殿とは、太閤の家で、同じ時を過ごした人だった。
《殿が、家来に頭を下げました。わたくしは、それを、誇りに思います》
淀殿は、その文を、俺に見せてくれた。見せたあとで、少しだけ、目元を扇で隠した。
年が明けて、秀家から、書状が来た。
《大老の評議に、出まする》
俺は、笑った。一人、来る。五つの空席のうち、一つが埋まる。
だが、同時に、別の数字が出た。
【人物評価:宇喜多秀家】
豊臣家への忠誠 96
自分の家を守る気持ち 18
低すぎた。この人は、豊臣のためなら、自分の家を壊しかねない。
忠義は、美しい。だからこそ、危うい。
秀家の書状の最後には、もう一行あった。
《拾様も、毎日しくじっておられると伺い、救われ申した》
【本日の豊臣家滅亡確率】
96.2% → 96.0%
三成が大坂に戻ってきた日、吉継も一緒に、俺に挨拶に来た。
「拾様。治部は、宇喜多の家で、三度、雑談を試みましてございます」
「……どうだった」
「三度とも、天気の話にございました。雲の量を、割で申しておりました」
三成が、横で咳払いをした。
「……四度目は、鞍の話にいたしました」
「それは、雑談ではない」
吉継が、頭巾の下で、楽しそうに笑った。三成は、むっとした顔のまま、少しだけ、口の端を動かした。




