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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 長政の帳面

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第79話 勝つ者ではなく


【豊臣家滅亡まで 残り5,639日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り300日】


 数日後、評議を開いた。


 議題は、一行だけだった。


 《豊臣家は、何を勝ちとするか》


 集まったのは、三成、清正、正則、黒田長政、淀殿、奉行衆の何人か、大名の使者。そして、京から、北政所が来てくれた。


 北政所が大坂城に来るのは、京の屋敷に移ってから初めてだった。輿から降りた北政所は、まず台所をのぞき、干し柿の吊るし方に一言注文をつけてから、広間に入ってきた。変わっていなかった。


 利家なら、この顔ぶれを、何も言わずに座らせただろう。俺たちは、席順を決めるだけで、半刻かかった。


「黒田殿は、いずこに」


 三成が聞いた。


「きゃくぶん」


「物を申す権は」


「ある」


「決める権は」


「ない」


「書き物を見る権は」


「いちぶ」


「細かい」


 正則が言った。


「こまかく、しなかったから、としいえどのが、しんだあと、くずれた」


 正則は、黙った。


 淀殿と北政所は、並んで座った。二人が並んで座るのは、伏見城で太閤の枕元に並んで以来だった。淀殿は、扇をまっすぐ膝の上に置いていた。北政所は、手を膝の上で重ねていた。どちらも、相手の方を見なかった。広間の空気が、そこだけ、少し冷えていた。


「とよとみけの、かちを、きめる」


 淀殿が、扇を置いた。


「天下を守ることです」


 思ったとおりだった。清正が、頷いた。正則も、強く頷いた。


 三成は、少し考えてから言った。


「太閤殿下の御置目を、保つことにございます」


 決まりと秩序。


「拾様を、お守りすること」


 清正。


「豊臣を軽う見る者を、黙らせること」


 正則。それは勝ちではなく、腹立ちの片付け方だった。


 北政所が、静かに言った。


「皆が、生きて、次の正月を迎えることでは、ございませぬか」


 広間が、少し静かになった。


 長政は、まだ口を開いていなかった。


「ながまさ。いけんを」


「よろしゅうございますか」


「そのために、よんだ」


 長政は、全員を見た。淀殿。北政所。三成。清正。正則。最後に、俺。


「勝つ者を決める前に、生き残る者を、決めるべきかと存じまする」


 正則が、眉をひそめた。


「何じゃ、それは」


「誰が勝っても、残す者にございます」


 長政は、一つずつ、数えた。


「拾様。御方様。豊臣家の子。家来の家族。町人。百姓。傷ついた兵。降った者。……敵方の、民」


「敵まで、か」


 清正が、長政を見た。


「戦のあと、同じ国で、暮らしまする」


 その通りだった。どちらかが勝って、負けた方を皆殺しにすれば、国の半分が荒れる。負けた方を全部敵にすれば、国が二つに割れる。


「勝ち負けの前に、残す範囲を決めれば、戦の仕方が、変わりまする」


 長政は、続けた。


「敵の民を残すなら、村を焼かぬ。降った者を残すなら、退き道を開けておく。家来の家族を残すなら、当主一人で、決めぬ」


 三成の筆が、止まった。


「当主一人で、決めぬ」


「大名は、家来に、何を賭けるのかを、説いて聞かせる」


 皆で決める世ではない。この時代に、それはできない。だが、少なくとも、当主の気持ち一つで、全員を死なせない。


「そのようなことをすれば、兵が迷いまする」


 清正が言った。


「迷わぬ兵は、死ぬまで進みまする」


 長政が答えた。


 清正の顔が、変わった。朝鮮。退けの命が遅れて、死んだ兵。進めと言われて、進み続けた兵。


「まよいを、めいれいいはんに、しない」


 俺が言った。


「されど、軍は、命で動きまする」


 三成が言った。


「めいれいの、まえに、おわりの、じょうけんを、きめる」


 どこまで取るまで、ではない。兵糧がここまで減ったら。死者がここまで出たら。季節がここまで来たら。条件がそろえば、戻る。


「たたかうまえに、どこで、やめるか、きめる」


 正則が、不満そうに腕を組んだ。


「勝てるところで、やめることも、あるのか」


「ある」


「なぜじゃ」


「かちつづけたら、あいては、ほろびるまで、たたかうから」


 家康と豊臣。片方が全部勝とうとすれば、もう片方は、全部負けるのが怖くて、降りられない。


「負けぬためには」


 北政所が言った。


「相手を、負けさせすぎては、ならぬのですね」


 核心だった。家康を追い詰めすぎない。三成を追い詰めすぎない。清正たちを、選べないところまで押し込まない。


「されど」


 淀殿が、扇を取った。


「豊臣が譲れば、徳川は、さらに求めまする」


 正しかった。何の条件もない譲り方は、弱さと読まれる。


「ゆずるんじゃない。のこす、じょうけんを、さきに、きめる」


「何を、残すのです」


「とよとみけ。ひでより。ははうえ。けらい。まち。たみ。……ほこり」


 淀殿が、書き足させた六つ目の言葉だった。


「天下は」


 淀殿が聞いた。


 広間の全員が、俺を見た。


 難しかった。ここで天下を守ると言えば、家康と戦う理由が残る。天下を捨てると言えば、豊臣家に人が集まる理由が崩れる。


「てんかを、ひとつの、いえの、ものに、しない」


 淀殿の目が、鋭くなった。三成の筆が、止まった。


「とうさまの、つくった、ちつじょを、とくがわだけにも、とよとみだけにも、ひとりじめ、させない」


「では、誰が治める」


 清正が聞いた。


「やくめを、わける」


 豊臣の正しき名。徳川の実務。大名の国。朝廷の威光。町の商い。一つに集めない。まだ、形にはなっていない。だが、向きはあった。


「そのような天下は、弱うございます」


 淀殿が言った。


「ひとりが、しんだら、くずれる、てんかより、つよく、する」


 秀吉の天下。家康の天下。英雄が作った天下は、英雄が死ぬときに揺れる。決まりが分けて支える天下なら、一人が死んでも、全部は止まらない。


 長政が、深く頭を下げた。


「その天下であれば、黒田家は、生き残れまする」


 三成が、長政を見た。


「……豊臣への忠義ではなく」


「はい」


「生き残るために」


「はい」


 以前の三成なら、ここで否定していた。


「それで、戦を避けられるなら、使うべきにございます」


 長政が、少し目を見開いた。


「石田殿に、そう申していただけるとは」


「拙者も、少しは、学びました」


 正則が、笑った。


「雑談の成果か」


「違いまする」


 即答だった。変わらないところもあった。


 評議は、夕方まで続いた。決まったことは、六つだった。


 一、秀頼と家臣団を残すことを、一番とする。

 二、国じゅうの戦を避ける。

 三、戦が起きたときは、戦わぬ者を守る。

 四、負けた者の退き道と、降る条件を、先に決めておく。

 五、豊臣の誇りを守る。

 六、天下を独り占めせず、役目を分けた秩序を目指す。


 六つ目だけは、全員一致ではなかった。淀殿は、保留。清正は、条件付き。正則は、よく分かっていない。だが、誰も、反対はしなかった。


 三成が、読み上げた。


 《誰かを残らず倒すことではなく、豊臣家と、それに属する者が、次の年も、暮らしを続けられること》


 長かった。だが、要る長さだった。


【課題 書き換え】

旧:関ヶ原級の内戦を止めよ

新:関ヶ原級の内戦を、できる限り止めよ。起きたときは、豊臣家と民を残せ


【豊臣家が残る見込み】

9% → 15%


【関ヶ原級全国内戦 発生見込み】

89% → 88%


【内戦が起きたときに、豊臣家が生き残る見込み】

11% → 34%


 大きく、上がった。


 戦を止める努力だけでは、足りない。止められなかったときにも生き残る仕組みを作る。それが、本当の備えだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.3% → 95.9%


 評議が終わって、北政所が、帰りの輿に乗る前に、淀殿の前で足を止めた。


「茶々殿。……拾は、よい子に育っておりますね」


 淀殿は、しばらく黙っていた。


「……わたくしの子にございますゆえ」


 北政所は、少し笑って、輿に乗った。


 その直後、廊下を、使いの者が走ってきた。


「拾様! 大老衆の評議が、開けませぬ!」


 毛利殿は国元の意見待ち。上杉殿は返事なし。宇喜多殿は家中騒動。前田殿は徳川を警戒して動けず。徳川殿は、諸大名の訴えを、独自に裁いている。


 大老衆。決まりはある。名前もある。人もいる。だが、動いていなかった。


【大老衆の働き】

38% → 19%


 長政が、使いの話を、横で聞いていた。


「拾様。次に生き残らせねばならぬのは、決まりにございますな」


 人だけではない。決まりも、放っておけば、死ぬ。


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