↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 長政の帳面

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/125

第78話 橋は三日で詰まる


【豊臣家滅亡まで 残り5,644日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り305日】


 長政を、大坂の町に連れ出した。


 淀殿は、もちろん反対した。最後は、清正が駕籠の脇に付き、正則が後ろに付き、三成が刻限を紙に書いて、ようやく許しが出た。刻限は、昼八つまで。一刻でも過ぎたら、次はない。


「なぜ、町へ」


 長政が、駕籠の外から聞いた。


「いきのこる、じょうけんを、みたいから」


「城ではなく、町で」


「しろだけ、のこっても、いえは、のこらない」


 朝の大坂は、船で埋まっていた。米。薪。塩。魚。布。薬種。そして、人。川を物が流れ、橋を人が流れる。城は、町から吸い上げる。町は、城が守る秩序を使う。どちらか一つでは、生きられない。


 駕籠を降りて、歩いた。清正が、半歩前を歩いた。正則は、団子屋の前で三度止まりかけ、三度とも清正に襟首をつかまれた。


 長政は、歩きながら、店の数を数えていた。荷の種類。船の喫水。人足の疲れ具合。橋板の傷み。見る場所が、家康に似ていた。だが、家康は治めるために見る。長政は、逃げるときのためにも見る。


「戦になれば、この橋は、三日で詰まりまする」


 長政が、天満の橋の袂で言った。


「どうして」


「人が、一斉に城から離れまするゆえ」


「しろに、はいるんじゃ、ないの」


「兵は、入りまする。民は、出まする」


 その通りだった。籠城では、物語のように人が城に集まるのではない。兵糧を食う者を、外に出す。外に出された者は、どこへ行くのか。


 長政が、指差した。


「寺。蔵。河原。親類の村。……どれも、足りませぬ」


「じゃあ、いま、きめる」


 長政が、俺を見た。


「戦を防ぐために、逃げる先を、決めるのでございますか」


「うん」


「矛盾しておりまするな」


「ほめてる?」


「かなり」


 町の者には、戦という言葉は使わない。火事。大水。流行り病。そのときの逃げ先。同じ仕組みが、戦にも使える。


「拾様は、戦の支度を、平時の仕組みに、変えようとしておられる」


「いくさの、ためだけの、したくは、いくさを、よぶ」


 兵糧を積めば、相手は戦の支度と見る。兵を集めれば、相手も集める。だが、火事の逃げ道、病人を分ける小屋、大水のときの高台は、町を強くする。そして、戦のときにも、人を救う。


「なにが、おきても、いきのこる、ほうほう」


「……黒田家では、昔から、しておりまする」


 長政は、橋の下の流れを見ていた。


 黒田家は、はじめから大きな家ではなかった。主君を替え、土地を替え、戦を越えて、生き残ってきた家だった。


「裏切り者と、後の世では、書かれることも、ございましょう」


 俺が言う前に、長政が言った。


「きに、する?」


「いたしまする」


 また、即答だった。


「されど、滅んだ家は、自分の書き物を、書けませぬ」


 重い言葉だった。


 市の角で、一人の女が、長政に頭を下げた。三十くらいの、痩せた女だった。背中に、小さな子を負っていた。


 朝鮮から戻った兵の妻だった。夫は、片足を悪くしているという。黒田家から、扶持を受けているらしい。


 長政は、女の名を知っていた。子の数も、夫の今の役目も知っていた。


「ぜんいん、おぼえてるの?」


「全員では、ございませぬ。帳面が、覚えておりまする」


 人は忘れる。決まりが覚える。


 女は、俺にも頭を下げた。


「若様。……夫が、生きて、戻れました」


 俺は、何もしていなかった。太閤の戦を、止められなかった。この世に来たときには、もう、終わりかけていた。


「……もどれて、よかった」


 それしか、言えなかった。


 女は、泣いた。背中の子が、母の泣き声に驚いて、泣き出した。正則が、慌てて団子屋に走り、串を一本買ってきて、子に握らせた。子は、泣き止んだ。正則は、得意そうだった。清正は、今日だけは、正則の襟首をつかまなかった。


 長政は、泣かなかった。だが、女が去ったあと、懐から小さな帳面を出して、何か書いた。


「なにを」


「夫の具合を」


「みたの」


「歩き方を」


 女の話から、夫の足が悪くなっていると読んだのだ。医師を送る、と長政は書いていた。


 理に適うとは、人を数にすることではない。人を忘れないために、数を使うことだった。


 昼、船着き場の飯屋で、飯を食べた。麦飯と、味噌汁と、干した魚。長政は、一粒も残さなかった。食べる速さも、ずっと同じだった。


「おとうさまは、とうさまを、どう、みてた?」


 長政の箸が、一瞬だけ止まった。


「恐れておりまする。嫌うておりまする。敬うておりまする」


 三つ、同時だった。


「太閤殿下は、人を見つける力が、並外れておられた。人を使う力も」


「うん」


「されど、人が去ったあとを、考える暇が、ございませなんだ」


 父への批判だった。だが、否定ではなかった。秀吉は、走り続けた。止まれば奪われる世だった。だから、止まったあとの形を、作れなかった。


「拾様は、太閤殿下を、超えとうございますか」


 前なら、答えに迷った。今は、少し違った。


「……そつぎょう、したい」


 長政が、初めて、はっきりと驚いた顔をした。


「卒業」


「とうさまと、おなじ、かちかたは、いらない、いえに、する」


「太閤殿下の、跡継ぎでは、なくなると」


「とよとみけの、さいしょの、とうしゅに、なる」


 秀吉は、家を興した人だ。俺は、二代目ではない。決まりを持つ豊臣家の、初代になる。


 長政は、長いこと黙っていた。川を、船が一艘、ゆっくりと下っていった。


「……それが、本当に、おできになるなら」


 長政は言った。


「黒田家は、豊臣家と争う理由を、失いまする」


 味方になる、とは言わなかった。争う理由がなくなる。それでよかった。全員を忠臣にしなくていい。戦わない理由を、増やせばいい。


「ぎゃくに、あらそう、りゆうは?」


「豊臣家が、天下を取り戻そうとなさるとき」


「どうして」


「黒田家が、もう一度、全部を賭けることになりまする」


 長政にとって、豊臣家が天下を取り戻すことは、恩返しではなかった。家来の命を、全部もう一度賭ける戦だった。


 家康も、同じことを恐れていた。豊臣家を担いだ、もう一度の戦を。


 ならば、豊臣家が、自分から、天下を取り戻す話を、手放さなければならない。それは、淀殿が、一番嫌うことでもあった。


 城に戻ってから、長政と、逃げる決まりを作った。


 一、火事のときの逃げ先の寺。

 二、大水のときの高台。

 三、流行り病のときに、病人を分ける場所。

 四、戦のときに、戦わぬ者を外に出す道。


 四つ目だけは、表には書かない。だが、仕組みには入れる。


「一つ、足りませぬ」


 長政が言った。


「なにが」


「戻ったあとの、仕事にございます」


 逃げた者が戻っても、店がない。家がない。畑がない。それでは、生きられない。


「たてなおしの、ための、たくわえ」


 米。材木。種。薬。豊臣家と、町と、寺と、商人と、皆で少しずつ出す。


「かったあと、じゃなくて。いきのこったあとを、かんがえる」


「はい」


【大坂の戦わぬ者が生き残る見込み】

算定不能 → 48%


 低い。だが、初めて、数字が出た。


【人物評価:黒田長政】

豊臣家に力を貸す気持ち 46 → 63


【関ヶ原級全国内戦 発生見込み】

90% → 89%


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.5% → 96.3%


 戦を止めるだけではない。戦が起きても、人を生かす道を作った。


【注意】

止めることだけを、成功と数えないでください


 帰りの駕籠の中で、正則が、団子の串を三本、大事そうに握っていた。


「……それ、どうするの」


「虎之助と、治部と、拾様の分じゃ」


「まさのりの、ぶんは」


「さっき食うた」


 城に戻ったのは、昼八つの鐘の、ちょうど鳴り終わる時だった。門の前で、三成が、紙を持って立っていた。


「刻限、ちょうどにございます」


 三成は、紙に丸を一つ付けた。俺は、生まれて初めて、刻限を守って褒められた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。