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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 長政の帳面

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第77話 退き道の帳面


【豊臣家滅亡まで 残り5,646日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り307日】


 三日後、長政は、また来た。


 今度は、分厚い帳面を抱えていた。


「なに、それ」


「退き道にございます」


 帳面には、諸国の城と、街道と、川と、兵糧蔵と、渡し場と、寺と、逃げ込める村が、びっしりと書き込まれていた。戦になったら、どこへ逃げるか。どこで兵を解くか。どこに傷ついた者を預けるか。どの家の妻子が、どこにいるか。


 三成が、帳面をめくった。速かった。一枚めくるごとに、目の色が深くなっていった。


「……何のために、お作りになった」


「戦を止められなんだときに、死ぬ者を、減らすためにございます」


「負けることを、前に置いておられる」


「勝つことも、負けることも、両方、前に置いておりまする」


「縁起が悪い」


 清正が言った。今日は、清正も正則もいた。


 正則が、横から帳面をのぞき込んだ。


「酒蔵まで書いてあるぞ」


「傷の手当てに使いまする」


 長政が答えた。


「飲む分ではないのか」


「それも、少しは」


 正則が、深く頷いた。納得するところではなかった。


「ながまさ。どうして、これを、おれに、みせるの」


「拾様が、戦を止めようとしておられるゆえ」


「とめられないと、おもってる?」


「止める努力と、止められなんだときの備えは、両立いたしまする」


 筋が通っていた。どこまでも、筋が通っていた。


【人物評価:黒田長政】

理に適う判断 100

気持ちを合わせる力 42

損を早く切る判断 98

面子より実益 96


 清正の眉が、動いた。数字は見えないはずだった。だが、空気で感じるらしい。


「お主」


 正則が言った。


「負ける前から、負けたあとを、考えるのか」


「はい」


「腹が立つ」


「承知しておりまする」


「承知して、直さぬのか」


「直せば、家来が死にまする」


 正則が、言葉を失った。


 長政は、好かれようとしない。嫌われる理由を、分かっている。分かったうえで、変えない。三成に似ていた。だが、違った。三成は、正しさを説明する。長政は、相手が納得しなくても、選べる道を残しておく。


「この帳面を、豊臣家で預かりとうございます」


 三成が言った。


「条件が、ございます」


「何でございましょう」


「戦の支度に、使わぬこと」


 三成が、長政を見た。


「街道と蔵の書き物は、戦に使えまする」


「使えまする」


「だからこそ、条件を」


「守られる保証は」


「ございませぬ」


「では」


 長政は、帳面を閉じた。


「お渡しいたしませぬ」


 沈黙が落ちた。


 三成は、預かる権を求めた。長政は、使い道を限ることを求めた。前の世なら、情報の取り扱い規程と呼ぶものだった。この世で、そんな話をしている。


「みるひとを、きめる」


 二人が、俺を見た。


「みつなり。おれ。それと、げんさく」


「なぜ、医師が」


 清正が聞いた。


 曲直瀬玄朔。太閤の病を最後まで診た医師で、今は俺の脈も取っている。穏やかな顔の老人だった。


「にげる、ばしょと、けがにんを、はこぶのに、くすしの、はんだんが、いる」


「戦に使わせぬのは、いかにして」


 長政が聞いた。


「みたひとを、かきのこす。だれが。いつ。なんのために、みたか」


 三成の目が、光った。書き残せると聞くと、元気になる男だった。


「破った者は」


「つぎから、みられない」


 長政が、少し考えた。


「拾様も、でございますか」


「うん。おれも、やぶったら、みない」


 三成が、俺を見た。太閤の子。豊臣家の当主。六つ。その子が、自分に縛りをかけている。


「……拾様。本当に、お守りになれまするか」


「とめて」


「誰が」


「みつなりが」


 三成が、黙った。


 この城には、まだ、秀頼を止める役がなかった。家康には、本多忠勝がいる。本多正信がいる。止める者と、止まる形を作る者が。豊臣家には、秀頼が間違えたとき、それを口に出せる者が、正式にはいなかった。


「かりに、みつなりを、かきものの、ばんにんにする。おれが、まちがえたら、とめる」


 清正が、嫌そうな顔をした。


「石田殿が、拾様を、止めるのでございますか」


「うん」


「止まりますか」


 正則が聞いた。


「……がんばる」


「不安じゃ」


 正直だった。


 長政が、帳面を半分に分けた。


「試しに、一部を、お預けいたしまする」


 全部ではなかった。だが、信用は、全部か無かではない。範囲を決める。長政の教えを、そのまま使った。


 そのあと、長政は、大名の家を一つずつ説明した。


 毛利。家中の考えが、割れている。上杉。徳川への用心が強い。宇喜多。秀家殿は豊臣への恩が深い。だが、家中が落ち着かない。島津。大坂の命より、国の事情を先にする。前田。利長殿は、母君と家を守らねばならぬ。小早川。秀秋殿は、立場が弱く、誰かに認められたがっている。


「ひとを、かずで、みてるの?」


 長政は、首を横に振った。


「数で見られるところだけを、数で見ておりまする」


「みえないところは」


「怖がりまする」


 意外な答えだった。


「分からぬものを、分かったことにする方が、危うございます」


 俺の数字と、同じだった。数字は見える。だが、心の全部は見えない。


「……理に適うとは、何でございましょう」


 三成が聞いた。


 長政は、少し考えた。


「冷たいことでは、ございませぬ」


「では」


「誰に、どの痛みを負わせるか。先に、数えることにございます」


 部屋が、静かになった。


「一人を救うために、百人を死なせることもある。百人を救うために、一人を見捨てることもある。どちらも、正しいとは申しませぬ。ただ、選ばぬことも、選んだことになりまする」


 利家が死んだあと、豊臣家は、選ばなかった。だから、家康が選んだ。長政は、それを見ていた。


「ながまさは、きらわれるの、きにしない?」


「気にいたしまする」


 即答だった。


「嫌われぬよう、できるだけ、説明いたしまする。それでも、要るときは、嫌われまする」


 正則が、腕を組んだ。


「わしは、嫌われとうない」


 全員が、正則を見た。


「何じゃ」


「しょうじきで、いい」


 俺が言った。


「石田殿は」


 長政が、聞いた。


 三成は、少し考えた。


「以前は、気にしておりませなんだ。今は、要る相手に、要る以上には嫌われぬよう、努めておりまする」


 清正が、小さく笑った。


「要る相手とは」


「加藤殿にございます」


 清正の笑いが、止まった。正則が、盛大に噴き出した。長政も、少しだけ笑った。三成だけが、真面目な顔のままだった。


 部屋の空気が、ゆるんだ。長政は、それを、じっと見ていた。見て、何かを帳面に書き足していた。


 帰り際、長政は、俺の前で膝をついた。


「拾様。理に適う者を、信じすぎてはなりませぬ」


「ながまさの、こと?」


「はい」


「どうして」


「前提が変われば、答えも変わりまする」


 今日の味方が、明日の敵になる。裏切りではない。前提が、変わるのだ。


「じゃあ、どう、しんじるの」


「前提を、分かち合うてくださいませ」


 分かりやすかった。そして、怖かった。だが、扱えた。


【人物評価:黒田長政】

前提を分かち合えたとき 92

前提が見えないとき 31


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.7% → 96.5%


 帰り際、玄朔が呼ばれて、帳面の閲覧の決まりを聞かされた。老医師は、目を細めて聞いていた。


「逃げ道と、傷ついた者を運ぶ道。……太閤殿下の枕元では、誰も、そのような話をなさいませなんだ」


 玄朔は、そう言って、帳面の表紙に、そっと手を置いた。


 その夜、俺は、半分だけ預かった帳面を開いた。逃げる道。傷ついた者の道。負けた者の道。


 豊臣家では、勝つ道ばかりが語られてきた。だが、国を残すのは、負けたときにも、人が帰れる道なのかもしれなかった。


 帳面を閉じる前に、三成の字で、最初の一行が書き込まれていた。


 《閲覧 拾様 子の刻 目的:学び》


 子の刻、と書いてあった。三成は、もう、俺を止め始めていた。


 子の刻は、午後11時〜午前1時のことのことである。



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