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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 長政の帳面

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76/119

第76話 信じる範囲


【豊臣家滅亡まで 残り5,649日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り310日】


 将棋の翌日、黒田長政が、一人で城に上がってきた。


 約束はなかった。だが、昨日の対局を見ていた者は多い。見ていない者も、中身を知っている。噂というのは、漏れるものではない。流す者がいるものだ。


「黒田甲斐守にございます」


 長政は、深く頭を下げた。評議の席では何度も見た顔だった。だが、二人きりで向き合うのは、初めてだった。


 三十を少し過ぎた頃。若くはない。老いてもいない。甲冑を着れば大将に見える。座敷に座れば、商人にも見える。顔が柔らかい。声が低い。相手が話し出すまで、急がない。


 いつか、稽古の席で家康の真似をして、広間を沸かせた男だった。あのときの背の丸め方は、似すぎていた。見ていなければ、あそこまで似せられない。


【人物評価:黒田長政】

統率 90

武勇 82

知略 88

政務 86

交渉 93

生き残りの判断 100


 最後の一行が、不穏だった。


「きょうは、なに」


「拾様に、御礼を申し上げとうて」


「なんの」


「朝鮮から戻った兵の、名寄せと、扶けにございます」


 三成が作った帳面。清正が集めた現場の話。正則が聞いた家族の訴え。豊臣家の小さな決まりが、黒田家の兵にも届いていたのだ。


「おれいは、さんにんに」


「申し上げました」


 長政は、穏やかに答えた。


「石田殿には、書状で。加藤殿には、屋敷へ伺うて、じかに。福島殿には、酒を一樽」


 隙がなかった。相手ごとに、礼の渡し方を変えていた。


 隣に控えていた三成が、ぴくりと動いた。


「……同じ礼を、なぜ、相手によって変えるのでございますか」


 長政は、三成を見た。笑わなかった。怒りもしなかった。


「受け取る方が、違いまするゆえ」


 三成は、黙って書き留めた。


「それだけ?」


 長政は、一度、目を伏せた。


「もう一つ。内府殿との将棋のことを」


 やはり。


「どこまで、きいた」


「拾様が二局お負けになり、一局引き分け。戦乱を防ぐことについて、話されたと」


 ほぼ、全部だった。


「だれから」


「申し上げられませぬ」


「どうして」


「次から、教えてもらえなくなりまする」


 筋が通っていた。


「ながまさは、いえやすどのの、みかた?」


 三成が、俺を見た。清正も正則も、今日はいない。


 長政は、困ったように笑った。


「難しい問いに、ございますな」


「かんたんに、こたえて」


「簡単に答えれば、誤りまする」


 不思議と、腹が立たなかった。三成が同じことを言えば、腹が立つ。中身は同じなのに。長政は、相手に考える間を渡すのだ。


「徳川家に、敵意はございませぬ。豊臣家への恩を、忘れてはおりませぬ。黒田家を、滅ぼすつもりも、ございませぬ」


 三つ。全部、本当だろう。そして、どちらにも、命を預けていなかった。


「おとうさまは、なんて」


 黒田官兵衛。今は如水と名乗る。秀吉が恐れたとも言われる男。


「父は、誰も信じるな、と申しまする」


「さびしい、おしえ」


「続きが、ございます」


 長政は、膝の上で指を組んだ。


「誰も信じぬ者は、誰からも信じられぬ、と」


「じゃあ、どうするの」


「信じる範囲を、決めまする」


 俺は、少し身を乗り出した。


「はんい」


「命を預ける。金を預ける。秘め事を預ける。家族を預ける。……同じ信用では、ございませぬ」


 前の世の言葉なら、権限の管理だった。全部を一人に渡さない。要る分だけ、渡す。


「いえやすどのには、なにを、あずける」


「戦のあとの、秩序を」


「とよとみけには」


 長政は、俺を見た。


「正しき名を」


 家康は、秩序を作れる。豊臣家は、人が納得する名を持っている。片方だけでは、国は動かない。


「みつなりには」


 長政は、ほんの少しだけ、隣の三成に目をやった。


「書き物を」


「きよまさには」


「現場を」


「まさのりには」


「気持ちを」


 正確だった。


「……黒田殿は、ご自身には、何を預けられまする」


 三成が、聞いた。


 長政は、三成を見た。


「退き道を」


 三成の筆が、止まった。


「皆様は、前へ進む方々にございます。誰かが、戻る道を見ておかねば、全員が崖に向かって進みまする」


【人物評価:黒田長政】

生き残りの判断 100


 臆病ではなかった。退くことだけを考える男でもない。進む前に、戻れるかを見る。それが、この男の役目だった。


「ちかいうちに おおきな、いくさ がおこるかも」


 俺が言うと、長政の顔が、初めて変わった。


「……それを、どこから」


「よそく」


「誰の」


「拾の」


 六つの子供の予測。普通なら笑う。長政は、笑わなかった。


「いつ」


「いちねん、いない」


「わけは」


「いえやすどのと、みつなりの、たいりつ」


 三成が、眉をひそめた。


 長政は、首を横に振った。


「違いまする」


「なにが」


「内府殿と石田殿だけなら、戦にはなりませぬ」


「じゃあ」


「皆が、自分の家を守るために、どちらかを選ぶからでございます」


 戦は、二人が起こすのではない。百の家が、百の事情で、同じ場所に集まるから起きる。


「……黒田殿は、どちらを、選ばれまする」


 三成が、聞いた。まっすぐすぎる問いだった。だが、要る問いでもあった。


「今は、選びませぬ」


「いつ、選ばれる」


「選ばねば、家来が死ぬときに」


 三成の顔が、硬くなった。


「義ではなく、家来で、決めるのでございますか」


「当主でございますゆえ」


 長政の答えは、短かった。


「豊臣家への恩は、ございます。太閤殿下への忠義も、ございます」


「ならば、なぜ」


「死ねと命じられるのは、拙者一人では、ございませぬ」


 家来。足軽。荷を運ぶ者。その妻。その子。当主の忠義一つで、何千人もの暮らしが決まる。


「忠義を、軽う見ておるのではございませぬ」


 長政の声が、少し低くなった。


「重すぎるゆえ、軽々しく口にせぬのでございます」


 三成は、何も言わなかった。


 長政が帰ったあと、三成に聞いた。


「どう、おもった」


「信用できませぬ」


 即答だった。


「どうして」


「最後まで、自分の家を先にいたしまする」


「とうしゅなら、あたりまえ」


「太閤殿下の下で、大名になった者にございます」


 三成の正しさ。長政の正しさ。また、二つあった。


「……されど」


 三成が、少し間を置いた。


「嘘は、申しておりませなんだ」


「うん」


「信用できぬことを、隠さぬ者でございます」


 それは、信用の一つの形なのかもしれなかった。


【人物評価:黒田長政】

豊臣家への忠誠 62

徳川家への信用 68

黒田家を残す責め 100

敵か味方か 分類不能


 また、分類不能だった。この国は、分類できない人間でできている。


【注意】

黒田長政がどちらを選ぶかは、多くの大名の判断を動かします


 長政を味方にする方法は、忠義を求めることではない。豊臣家と一緒に生き残る方が、筋が通っていると、示すことだった。


 長政が帰る前、俺は一つだけ聞いた。


「いえやすどのの、まね。どうして、あんなに、にてたの」


 長政は、少し驚いた顔をしてから、笑った。


「長う、見て参りましたゆえ」


「どれくらい」


「内府殿が、茶を飲まれる前に、必ず一度、湯呑みの縁を指でなぞられることに気づくまで、三年」


 三年。この男は、家康を三年見て、癖一つを覚えたのだ。


「拾の、くせは?」


 長政は、少しだけ考えた。


「拾様は、答えにくい問いのあと、必ず、左の袖をつままれまする」


 俺は、自分の左手を見た。袖を、つまんでいた。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.8% → 96.7%


 その夕方、正則から、書状が届いた。


 《黒田から酒が一樽届いた。うまい。されど、なぜ虎之助には樽でないのか。解せぬ》


 解せぬのは、たぶん、正則だけだった。


 翌朝、清正から、四行の書状も届いた。最後の一行はこうだった。


 《黒田より、礼に、石工を三人借り受けたし、と。樽より、よほど気が利く》


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