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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 長政の帳面

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第75話 内府と将棋


【豊臣家滅亡まで 残り5,650日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り311日】


 家康から、将棋の誘いが届いた。


 冬の挨拶に大坂城へ上がるついでに、拾様と一局、指しとうござる。書状には、そう書いてあった。


 俺は、書状を三度読んだ。


「将棋、でございますか」


 三成が言った。


「うん」


「なぜ、でございましょう」


「将棋がしたいからであろう」


 正則が答えた。


 三成は、正則を見た。


「内府殿が、拾様と、ただ遊びたいと。本気で思うておられますか」


「思うておらぬ」


 正則は、即答した。


 成長だった。少しだけ、正則が物を考えるようになったことを、たぶん喜ぶべきなのだろう。


「断りまするか」


 清正が聞いた。


「ううん。さす」


 淀殿の書状が、まだ文箱にあった。家康を悪人と思うな。敵を知るのは、兵法の常だ。だが、家康を知ることは、家康の弱みを探すことではない。家康が何を勝ちと考えているかを、知ることだった。


 当日、本丸の書院に、盤が置かれた。


 家康は、約束の刻限より先に来て、座っていた。俺を待たせない。それだけで、もう政だった。


「拾様。今日は、天下の話は、いたしませぬ」


 家康は、深々と頭を下げた。


 絶対にする。


「将棋だけで、ござる」


 絶対に違う。


 家康の後ろには、二人が控えていた。一人は、痩せた、目の細い老人。本多正信。もう一人は、岩のような体の武将。本多忠勝。こちらは、三成と清正。


 正則は、連れて来なかった。理由は、盤をひっくり返すかもしれないから。本人には、言っていない。


 そして、書院の隅には、松と鶴の屏風が立っていた。その下から、見覚えのある裾が、少しだけはみ出していた。


 家康は、屏風を一度だけ見て、何も言わなかった。


「拾様は、将棋を、なさいまするか」


「すこし」


 前の世では、取引先の役員と指した。だが、この世の将棋は、俺の知っているものと、少しだけ違った。


 家康が、駒の動きを説明し始めた。丁寧だった。丁寧すぎた。説明しながら、俺が何を知っていて、何を知らないかを、測っている。


【人物評価:徳川家康】

新規表示:教えるふりをして測る 100


 嫌な百だった。


「では、拾様から」


 先手をもらった。年下への心遣い。同時に、俺が何を攻めるかを見る手だった。


 最初の一手を、真ん中に指した。


 家康は、受けた。速くもなく、遅くもなく。俺が前に出ると、少し引く。引いた先には、別の駒がいる。駒を取れば、こちらも取られる。得をしたようで、盤全体では、家康の形が整っていく。


 政と同じだった。


「拾様」


 家康が、駒を動かしながら言った。


「豊臣家は、この先、何をなさるおつもりで」


 天下の話はしない、と言った。十四手で破った。


「いきのこる」


 家康の指が、止まった。ほんの一瞬だった。


「勝つ、ではなく。生き残る、と」


「うん」


「……誰に、でございますかな」


 良い問いだった。家康に。時代に。内側の崩れに。太閤の遺したものの重さに。答えはいくつもあった。


「だれかに、かつことを、もくてきに、しない」


 家康は、小さく笑った。


「それは、難しゅうござる」


「かつほうが、かんたん?」


「敵を決めれば、皆が、同じ方を向きまする」


 家康の駒が、俺の前に出てきた。攻めではない。道を塞ぐ手だった。


「敵をなくした家は、内を見まする。内を見れば、違いが見える。違いが見えれば、争いまする」


 太閤が死んでから、豊臣家で起きていることだった。


「とくがわけは、なにを、てきに、してるの」


 正信の細い目が、さらに細くなった。忠勝は、盤を見たまま動かなかった。


 家康は、すぐには答えなかった。一手、駒を引いた。


「戦乱に、ござる」


 模範の答えだった。だが、嘘ではなかった。


「せんらんを、ふせぐためなら。とよとみけを、ほろぼす?」


 書院の空気が、止まった。


 三成が、息を吸った。清正の手が、膝の上で固まった。正信が、俺を見た。忠勝が、家康を見た。屏風の下の裾が、ぴくりと動いた。


 家康だけが、盤を見ていた。


「拾様。将棋では、王を取れば、終わりまする」


「うん」


「国は、王を取っても、終わりませぬ」


 家康は、駒を一つ、盤に置いた。


「残った者が、次の王を、作りまする」


「じゃあ、ぜんぶ、とるの」


「全部取れば、国が、なくなりまする」


 家康は、少し疲れた顔をした。一瞬だけだった。天下の内府ではなく、六十年近く戦い続けてきた老人に見えた。


「わしは、豊臣家が、恐ろしいのではござらぬ」


「じゃあ」


「豊臣家を担いで、戦を始める者が、恐ろしいのでござる」


 この先を、俺は知っている。秀頼を旗に立てる大名。浪人。旧恩の者。家康が死んだあと、秀忠に不満を持つ者たち。豊臣家は、自分から戦わなくても、そこにあるだけで、戦の理由になる。


 家康の勝ち筋が、少し見えた。


【徳川家康の勝ち筋 推定】

自分が死んだあとも、国じゅうの戦を、二度と起こさせないこと


 盤を見た。家康の王は、奥にいた。周りを、駒がきっちりと守っていた。俺の王は、前に出すぎていた。


 父の豊臣家と、同じだった。王が前に出て、全部を決める。王が倒れれば、守りの形が何も残らない。


「いえやすどの」


「何でござる」


「いえやすどのが、しんだあと。とくがわけは、うごく?」


 今度は、正信の指が動いた。忠勝の眉が、わずかに上がった。


 家康は、笑わなかった。


「動かしまする」


「だれが」


「秀忠が」


「ひでただどのが、まちがえたら」


 沈黙。家康が、考えていた。将棋の手ではなく、答えを。


「……家臣が、止めまする」


「とめられる?」


 忠勝が、初めて口を開いた。


「止めまする」


 腹の底から出る声だった。書院の襖が、少し震えた。


 家康は、忠勝を見て、少し笑った。


「この男は、止めるでしょうな」


「まさのぶどのは」


 正信が、初めて困った顔をした。


「拙者は……止めるのではなく、止まる形を、作りまする」


 良い答えだった。家康は、人を置いている。自分が死んだあと、跡継ぎを止める人を。豊臣家には、まだ、秀頼を止める人がいない。


 盤の上で、俺の攻めは、家康の王に届かなかった。気がつくと、俺の王の逃げ道が、一つもなかった。


「詰みにござる」


 負けた。


 だが、何手前で負けたのか、分からなかった。それが、家康の怖さだった。


「もういっきょく」


 家康が、笑った。


「お強い」


「まけた」


「負けて、もう一度と言える者は、強うござる」


 二局目。俺は、王を前に出さなかった。守りを作った。家康は、少し嬉しそうだった。孫に将棋を教える祖父の顔に、一瞬だけ、見えた。


 その日の結果。二敗、一引き分け。勝ちはなかった。


 家康が帰ったあと、屏風の陰から、淀殿が出てきた。


「……引き分けの一局。あれは、内府が手を緩めました」


「わかってる」


「悔しゅうございますか」


「すこし」


 淀殿は、盤の上の俺の王の駒を、指でつまんで、奥に置き直した。


「王は、奥に置くものです」


 その夜、三成が、盤の駒の並びを、紙に書き写して持ってきた。三局分、一手残らず。


「拾様の負けは、四十一手目にございます」


「……わかるの」


「分かりませぬ。されど、内府殿が、四十一手目のあと、一度だけ、白湯を飲まれました。それまで、一度も飲まれなかったのに」


 三成は、人の心は読めない。だが、人の手は、見ていた。


【徳川家康を分かっている度合い】

21% → 37%


【徳川家康 豊臣家への警戒】

51% → 54%


【理由】

豊臣秀頼を、話の通じる相手と認めた


 子供と思われていた方が、安全だったらしい。だが、もう戻れなかった。


【新たな課題】

豊臣家が担がれない条件を作れ


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.9% → 96.8%


 豊臣家は、戦の理由ではなく、泰平の理由になれる。それを示すしかない。


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