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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第三章 内府を知る

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73/123

第73話 何のために


【豊臣家滅亡まで 残り5,655日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り316日】


「皆で目指すもの、とは」


 三成が聞いた。


 その問いが出た時点で、嫌な予感がした。


「とよとみけが、なんのために、あるか」


 正則が、笑った。


「決まっておる。拾様を、お守りするためじゃ」


 清正も、頷いた。


 三成は、少し違う顔をした。


「天下の政務を、安んずるためにございます」


 二つ。もう、違っていた。


 淀殿なら、太閤の天下を、秀頼に渡すため、と言うだろう。北政所なら、太閤の作った泰平を壊さないため。家康なら、天下を二度と乱世に戻さないため。大老衆なら、自分の家を守りながら、豊臣の秩序に加わるため。商人なら、道と市を守るため。百姓なら、年貢が増えすぎないため。兵なら、帰る場所を守るため。


 豊臣家の目的は、一つではなかった。


「それは、悪いことか」


 正則が言った。


「いくつも、あるのは、わるくない。どれが、さきか、きまってないのが、あぶない」


 たとえば、家康が縁組みを進める。豊臣の威光を守るなら、止める。天下の泰平を守るなら、認めることもある。秀頼の身を守るなら、家康と手を組む。太閤の遺志を守るなら、家康を抑える。


 同じ一つの出来事で、答えが変わる。


 評議が長いのは、人が愚かだからではない。目的が違うからだ。しかも、誰も、自分の目的を口に出さない。忠義。義。御為。天下。同じ言葉の下に、別のものを隠している。


「ためす」


 俺は、三人に、一枚ずつ紙を配った。


 《とよとみけに とって、いちばん だいじな もの を ひとつ かけ》


 三人とも、少し考えてから、書いた。


 正則。《拾様》


 清正。《拾様と、家臣の、命》


 三成。《公儀の継続》


 似ていた。だが、違った。


 俺も、書いた。


 《とよとみけの そんぞく》


 正則が、紙をのぞき込んだ。


「拾様と、豊臣家は、違うのでございますか」


 違う。


 俺が死んでも、家が残ることはある。俺が生きていても、家が回らないことはある。


 前の世で、自分がいなくても回る会社を作ろうとした。社長が休んでも、倒れても、給金が払える会社を。だが、この世では、六つの俺自身が、豊臣家の旗だった。切り離せない。


「拾様」


 三成が、静かに言った。


「豊臣家の存続とは、天下を保つことに、ございますか」


「……わからない」


 三人が、黙った。


 主君が、分からないと言った。


 だが、本当に、分からなかった。天下を失っても、豊臣家が残れば、それは勝ちなのか。領地を減らしても、家来を守れれば、勝ちなのか。名前だけが残って、何の自由もなければ、勝ちなのか。戦って勝って、日本がもう一度乱れたら、勝ちなのか。


 今、決めるには、俺は幼すぎた。体だけではない。知っていることも、見てきたことも、足りなかった。


「きめるまえに、さいていげんを、きめる」


 俺は、祐筆に書かせた。


 《豊臣家 仮の目的》

 一、秀頼の命を守る

 二、家臣と領民の命を、いたずらに失わない

 三、天下の大きな戦を避ける

 四、太閤の遺したものを独り占めせず、次の世に残す

 五、この目的は、折を見て見直す


 正則が、四つ目を見て、眉を寄せた。


「独り占めせず、とは」


「てんかは、とよとみ、だけの、ものじゃ、ない」


 清正が、俺を見た。三成は、紙から目を離さなかった。


 危うい言葉だった。天下人の子が、天下は自分の家のものではないと言う。淀殿が聞けば、怒る。


「拾様」


 三成が、静かに言った。


「これは、太閤殿下の御遺志と、違うやもしれませぬ」


「うん」


「……よろしいのでございますか」


「とうさまの、いしが、とよとみけを、ほろぼすなら」


 言いながら、喉が詰まった。


「……かえる」


 部屋が、静かになった。


 父を、否定した。初めてだった。


 秀吉は、大きな人だった。人を集めた。戦を終わらせた。決まりを作った。熱い手で、俺の手を握って、秀頼を頼むと、何度も何度も言った。


 だが、自分が死んだあとを、仕上げなかった。大老と奉行。秀頼への忠誠の誓紙。それは、仕組みに見えた。本当は、秀吉一人に向けた約束の束だった。秀吉がいない今、誰が読むかで、中身が変わる。


「豊臣家の一番の欠けは、決める権でございましょうか」


 三成が聞いた。


「ちがう」


「財」


「ちがう」


「軍」


「ちがう」


「では」


 俺は、仮の目的の紙を、持ち上げた。


「とうさまが、いなくなったあと。なにを、めざすかを、だれも、きめてないこと」


 秀吉が、目的だったのだ。秀吉を勝たせる。秀吉の命を果たす。秀吉に褒められる。秀吉の天下を広げる。その人が死んだ。残った者たちは、手段だけを続けている。兵を持つ。城を持つ。金を集める。命を出す。何のためかは、誰も分かち合っていない。


「内府殿は、目的を、持っておられる」


 清正が言った。


「徳川家を、残す」


 三成が言った。


「戦を、終わらせる」


 正則が言った。


「家来を、守る」


 清正が付け足した。


 全部、つながっていた。徳川家の目的は、完全でなくても、徳川の家来には分かっている。豊臣家の目的は、一人ずつ違う。


 だから、家康は速い。豊臣は、遅い。


 午後、奉行衆に、仮の目的を見せた。


 前田玄以は、天下の泰平を掲げたことを褒めた。長束正家は、費えの責めがはっきりしないと言った。増田長盛は、徳川を刺激しないかと心配した。浅野長政は、「太閤殿下の御遺志」という言葉がないことを咎めた。


「いれますか」


 三成が、俺に聞いた。


「いれない」


「なぜ」


「だれも、とうさまの、いしを、おなじように、せつめい、できないから」


 太閤の遺志。便利な言葉だった。自分の考えを、死んだ者の口から言わせることができる。それを止めなければ、評議は永遠に終わらない。


 新しい決まりを、一つ足した。


 《亡き人の意向を理由にするときは、書状・書き物・何人かの証言を示すこと》


 正則が、笑った。


「太閤殿下まで、治部の書類地獄に、お入りになるのか」


 三成が、答えた。


「亡き方ほど、書き物が要りまする」


 その通りだった。


 奉行衆が帰ったあと、三成が、仮の目的の紙を、自分の手で書き写していた。


「どうして、うつすの」


「佐和山に、持って帰りまする」


「どうして」


 三成は、筆を止めずに答えた。


「拙者の家中にも、見せとうございます。……拙者の家の者も、何のために拙者に仕えておるのか、たぶん、一人ずつ違いまする」


 島左近の顔が浮かんだ。主人に内緒で、謝罪文の下書きを送ってきた家老。あの男は、何のために、三成に仕えているのだろう。


「さこんは、なんて、いうかな」


 三成は、初めて筆を止めた。


「……左近は、殿が危なっかしいゆえ、と申しまする。いつも」


「……そっか」


 危なっかしいから、仕える。それも、立派な目的だった。


 夜、数字が開いた。


【豊臣家の一番の欠け 特定】

皆で目指すものがないこと

崩れへの寄与 36%


 決める権より、財より、大きかった。


【仮の目的 分かち合えている割合】

中枢の家臣 22%


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.9% → 96.5%


 下がった。と思ったら、もう一行出た。


【徳川家康 豊臣家への警戒】

41% → 47%


 目的をはっきりさせただけで、家康の警戒が、上がった。


【理由】

自ら動ける家に変わりつつあるのを、察知


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.5% → 96.7%


 強くなれば、警戒される。弱ければ、呑まれる。


 そのとき、廊下を急ぐ足音がした。淀殿付きの侍女だった。顔が、青かった。


「拾様。……御方様が、お呼びにございます」


 仮の目的の紙の写しを、誰かが奥に届けたらしかった。


「ははうえは、おこってる?」


 侍女は、答えなかった。


 答えないことが、答えだった。


 三成と清正と正則が、同時に立ち上がった。


「供をいたす」


「ついて参りまする」


「わしも行くぞ」


 三人の声が、きれいに重なった。


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