第69話 九十と一
【豊臣家滅亡まで 残り5,671日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り332日】
三日後、数字が出た。
【豊臣家組織診断】
奉行衆と武断派の対立 71 → 68
知らせの正確さ 54 → 63
異を唱えた数 0 → 7
対立が、三下がった。正則の感情制御と、同じ幅だった。
知らせは、良くなった。異を唱えた数は、七に増えた。良いことだった。問題が増えたのではない。見えるようになったのだ。
【主要な者の休養】
1回
増えていなかった。そこは、見なかった。
そして、最後の一行。
【関ヶ原級全国内戦 発生見込み】
91% → 90%
一。一だけ。
俺は、その数字を、長いこと見ていた。
「何か、ございましたか」
三成が、横から声をかけてきた。数字は俺にしか見えない。だが、俺の顔は、三成にも見える。
「……ううん」
「悪い数字にございますか」
「とても」
清正も、正則も、来ていた。三人の間は、少し良くなった。知らせも良くなった。休みも、一度は取った。
それでも、内戦の見込みは、ほとんど変わらなかった。
「なぜじゃ」
正則が言った。
「わしらは、少しは、仲良うなったぞ」
「仲良うは、なっておりませぬ」
三成が、すぐに訂正した。
「お前は、そういうところじゃ」
清正が言った。
以前なら、ここで正則が怒鳴った。今は、一度、大きく息を吐いた。感情制御、二十六。頑張っていた。
「……では、殺し合うほどでは、なくなった」
正則が、言い直した。
「はい」
三成も、認めた。
それでも、国は動いている。
家康は、縁組みを進めていた。伊達。福島。蜂須賀。太閤の禁じた大名同士の縁組みを、一度咎められても、やめなかった。徳川との縁の話は、黒田の家にまで及んでいるという噂があった。
会津では、上杉が城を築き、道を広げている。直江兼続という男が、それを差配している。伏見からは、上洛を促す丁寧な書状が、もう三通、会津へ送られた。
毛利は、黙っている。宇喜多の家中は、ざわついている。島津は、遠くで様子を見ている。朝廷も、寺社も、堺の商人も、みんな、次の世の形を読もうとしている。
「わしらが、争わずとも」
清正が、低く言った。
「内府殿と治部が争えば、それで、終わりじゃ」
三成は、否定しなかった。
「拙者が退けば、内府殿の専横を、止める者がおらぬようになりまする」
正しかった。
「内府殿が退けば、誰が、諸大名をまとめる」
清正が言った。
正しかった。
三成が要る。家康も要る。同じ天下に、要る者が二人いる。そして、二人の正しさは、同時には成り立たない。
「だから、あぶない」
俺は言った。三人が、俺を見た。
「わるいひとなら、とめやすい。よくが、ふかいひとなら、はじを、しめせる。うそなら、あかしで、くずせる。でも、ただしいひとは、じぶんから、ひかない」
三成の顔が、固くなった。
「……退くべきと、仰せにございますか」
「ちがう。ひかなくても、いっしょに、いられる、しくみを、つくる」
「いかように」
答えは、まだなかった。
だが、向きは見えた。仲良くさせるのではない。同意させるのでもない。三成と家康が、互いを嫌い、互いを疑い、互いに正しいまま、同じ国にいられる仕組み。
権を分ける。見張る者を置く。期限を決める。破ったときのことを決める。異を唱える道を残す。そして、どちらか一方が、完全には勝てないようにする。
人質。誓紙。連署。朝廷のお墨付き。いくつもの大名の保証。縁組み。共同の裁き。この世で使えるものは、全部使う。
「まず、いえやすどのが、なにを、こわがってるか、しる」
三成が、不満そうに言った。
「天下を、奪えぬことにございましょう」
「それだけなら、もっと、はやく、へいを、あげてる」
家康は、待つ。待って、相手が自分を必要とするようになるのを待つ。何も恐れていない者は、そこまで待たない。家康も、何かを失うのを、恐れている。
徳川の家。家来。江戸にいる跡継ぎ。孫。もう一度来るかもしれない乱世。自分が死んだあとのこと。
その恐れを、弱みとして使うのではない。条件に、変える。
「みつなり」
「は」
「いえやすどのの、きめたことを、あつめて」
「どの、でございましょう」
「ぜんぶ」
三成の目が、少し輝いた。人を嫌っているときでも、書き物を集めるのは正確な男だった。
「縁組み。領地の争い。寺社。商人。兵の動き。人質」
「いえやすどのが、なにを、じぶんで、きめて。なにを、ひとに、まかせて。なにを、あとまわしに、したか」
三成は、もう書き始めていた。
「とらのすけ」
「は」
「とくがわの、しろと、みちを、みて」
「承知。弱いところを、でございますな」
「ちがう」
清正が、不満そうな顔をした。
「どこに、みちを、とおしてるか。どこに、ひょうろうを、おいてるか。たたかうため、だけじゃなくて、おさめるための、つくりを、みて」
清正は、少し考えてから、頷いた。
「まさのり」
「おう」
「とくがわに、ちかづく、だいみょうと、はなして」
「説き伏せるのか」
「ちがう。どうして、ちかづくか、きいて」
正則が、得意そうに胸を張った。
「酒を飲めば、大抵のことは聞き出せる」
「のみすぎないで」
「難しい注文じゃ」
感情制御、二十六。酒の量の制御は、まだ数字にすら出ていない。
「拾様は」
三成が聞いた。
「何を、なさいまする」
「おれは――」
言いかけて、止まった。
全部を集めて、全部を読んで、全部を決める。そう言えば、また主人公依存度が上がる。
「……ははうえと、いえやすどのに、あう、じょうけんを、つくる」
三成が、不安そうな顔をした。
「危のうございます」
「だから、ひとりじゃ、いかない」
利家は、もういない。だが、利家がいなくても、相手を同じ部屋に座らせる方法を、作らなければならない。
【新たな課題】
内府の盤
目的:徳川家康の、本当の勝ち筋を見極めよ
期限:百二十日
失敗したとき:全国規模の内戦の見込み 上昇
その下に、小さな注意書きが出た。
【注意】
相手の理を分かることは、相手に同意することではありません
分かっている。
悪人なら、まだ楽だった。家康は、悪人ではない。有能で、筋が通っていて、家来を守り、先のことを考えている。だから、怖い。
「つぎに、みるのは」
俺は言った。
「とくがわいえやすの、いちにち」
正則が、首をかしげた。
「一日、でございますか」
「うん。あさ、おきて。なにを、たべて。だれに、あって。なにを、きめて。なにを、きめないか。そこに、いえやすどのの、てんかが、ある」
清正が、低く笑った。
「拾様は、妙なところを、御覧になりますな」
「しろの、いしがきばかり、みてるひとに、いわれたくない」
正則が笑った。三成の口元も、一分ほど動いた。
【関ヶ原級全国内戦阻止 成功率】
10% → 11%
【本日の豊臣家滅亡確率】
96.6% → 96.7%
笑いが収まっても、九十という数字は、消えなかった。皆が正しい。だから、誰も止まらない。
評議のあと、三人が帰っていくのを、門まで見送った。
清正と正則は、並んで歩いていった。三成は、少し離れて、後ろを歩いていた。門を出たところで、正則が振り返って、何か三成に怒鳴った。三成が、何か言い返した。清正が、二人の間に入った。
声は、聞こえなかった。だが、刀に手をかける者は、いなかった。
三人の影が、夕日の中で長く伸びて、一つの塊のように見えた。
九十。この三人がいても、九十。この三人がいなければ、たぶん、百だった。
その夜、伏見の家康から、書状が届いた。
《拾様、近頃、夜更かしの由。子は、よく寝ねば、背が伸びませぬ》
俺は、書状を持ったまま、しばらく固まっていた。
誰が知らせたのか。家康の目は、大坂城の中まで届いていた。




