第59話 壁の向こう
【豊臣家滅亡まで 残り5,687日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り348日】
評議の日、俺は、隣の部屋にいた。
出ない、と言った。出ていない。隣の部屋にいるだけだ。六つの子供が、襖一枚向こうの評議に、耳を澄ませている。我ながら、情けなかった。
議題は、《異国役物故者覚》の使い方。集まったのは、三成、清正、正則、片桐且元、長束正家。俺はいない。利家もいない。家康もいない。この顔ぶれだけで、一つの問題を最後まで扱うのは、初めてだった。
隣の部屋には、俺のほかに、もう一人いた。
「……ははうえ、どうして」
淀殿は、脇息にもたれて、茶を飲んでいた。
「秀頼が、朝から廊下を行ったり来たりしておりますので」
見つかっていた。
「さんぽ」
「同じ三間を、二十七往復いたしました」
数えられていた。
「うんどう」
「襖に耳を付ける運動が、ございますか」
ない。俺は、黙って座った。淀殿は、平気な顔で茶を飲み続けていた。侍女が、俺の前にも白湯を置いた。淀殿付きの侍女は、俺が二十七往復するのを、全員で見ていたらしい。皆、目を伏せて、口元だけが笑っていた。
「しんぱいじゃ、ないの」
「何がです」
「ひょうぎが、こわれたら」
「壊れれば、また開けばよいでしょう」
淀殿は、あっさりと言った。
「人が死ねば、戻りませぬ。襖が壊れれば、直せます」
正則の評価が、襖と同じになっていた。だが、正しかった。
襖の向こうから、声が聞こえてきた。
「だから、名を全部載せろと言うておるのじゃ!」
正則だった。大きい。襖が、かすかに震えた。
「名の確かめられぬ者も、おりまする」
三成。平らな声。
「不明と載せればよかろう」
清正。低い。
「そのつもりにございます」
「ならば最初からそう言え!」
「今、申しました」
いつもどおりだった。俺は、思わず膝を浮かせた。淀殿の扇が、すっと俺の膝の前に出た。
だが、机を叩く音はしなかった。
しばらくして、且元の穏やかな声がした。
「遺族の申し出だけで載せれば、偽りの申し出も出ましょう」
「確かめる者を、二人」
正家。
「戦場では、二人も生き残らぬことがある」
清正。
「一人の場合は、所属の大名の証文を添えていただく」
三成。
「大名が、証文を出さぬときは」
正則。
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。襖の向こうで、誰も口を開かなかった。
俺は、立ち上がりかけた。答えは分かっている。寺の過去帳。船の名簿。村の庄屋の書付。間接の証拠を、いくつか重ねればいい。前の世なら、会議室のホワイトボードに書いて、五分で終わる話だ。
言いたかった。すぐに。今すぐ。
淀殿が、俺の袖をつかんだ。
「お待ちなさい」
「でも」
「考えております」
襖の向こうは、まだ静かだった。
「……利家殿は」
淀殿が、茶碗を置いた。
「答えを、すぐには、お出しになりませなんだ」
「……しってる」
「秀頼は」
淀殿は、俺を見た。
「早すぎます」
胸に、刺さった。
前の世でもそうだった。会議で一番に答えを言う。周りは頷く。優秀だと言われる。そして、その答えを出す人間がいなくなった途端、誰も答えを出せない組織が残る。答えを持っていることは、優秀に見える。だが、答えを先に言うことは、周りが考える時間を奪うことでもあった。
劉禅の国の丞相も、そうなりかけた。全部自分で決めた。全部正しかった。五丈原で血を吐いて倒れたとき、指揮を王平に渡す決まりがなければ、何も残らなかったはずだ。
襖の向こうで、三成の声がした。
「証文の出ぬ場合は」
一呼吸。
「仮に載せる、といたします」
「仮?」
清正。
「扶持は、半分」
「半分では足らぬ!」
正則。
「後で確かめられたならば、残りを出しまする」
「確かめる期限を、決めねばなりますまい」
且元。
「一年」
正家。
「遠国では、一年では足りぬ。肥後から、朝鮮で死んだ者の村を回るだけで、半年かかる」
清正。
「……二年」
正則が、ぼそりと言った。
「二年と、いたします」
三成が言った。
決まった。
俺のいないところで、決まった。完璧ではない。仮に載った家は、不利になる。偽りも出るだろう。二年経っても、証を立てられない家もあるだろう。それでも、あの五人が、反対を出し合い、直し合い、自分たちで決めた。
体から、力が抜けた。
淀殿が、扇の陰で、小さく笑った。
「……なに」
「秀頼は、自分がいなくても事が進むと、寂しそうな顔をいたしますね」
「……してない」
「しております」
淀殿は、扇を閉じた。
「殿下も、同じ顔をなさいました。北政所様が、殿下のいないところで、家中の揉め事をお収めになったときに」
父の顔を、想像した。天下人のくせに、妻に仕事を取られて、拗ねていた顔。
「……ははうえは、どうして、まてたの」
「わたくしは、待つことしか、させてもらえませなんだから」
淀殿は、何でもないことのように言った。
小谷の城。北ノ庄の城。二度、城が落ちるのを、待つことしかできなかった人。その人が、今、六つの息子に、待ち方を教えている。
俺は、何も言えなかった。代わりに、淀殿の袖の端を、少しだけつまんだ。淀殿は、何も言わずに、そのままにさせてくれた。
待つことしかできなかった人は、待つことの重さを知っている。待たされる者が、どれほど怖いかも知っている。それでも、息子に「待て」と言う。
利家も、待つ人だった。家康も、待つ人だ。この国で、待てる人間は、強い。そして、待てない人間は、待てる人間に負ける。前の秀頼は、たぶん、待てなかった。いや、待たされるだけで、待つことを選ばせてもらえなかった。
選べるうちに、選び方を覚えておかなければならない。
【人物評価:豊臣秀頼(拾) 更新】
主人公依存度 63 → 60
注記:初の不在評議にて合意成立
【人物評価:淀殿】
待機能力 新規表示 88
八十八。家康の百には届かない。だが、この城で二番目に高い数字だった。
評議が終わって、襖が開いた。五人が出てきた。
三成が、隣の部屋の俺と淀殿を見て、一瞬、止まった。
「……拾様。いつから、そこに」
「……さっき」
「二十七往復のあとからです」
淀殿が言った。正則が噴き出し、清正が横を向いて咳払いをし、且元は困ったように笑った。三成だけが、真剣な顔で首をかしげた。
「二十七往復とは、何の数でございますか」
「かぞえなくて、いい」
その日の昼、城の台所の前の縁側で、三人が並んで握り飯を食べているのを、見た。
三成と、清正と、正則。
誰が誘ったのかは、分からない。三人とも、何も話していなかった。正則が握り飯を三つ食べる間に、三成は一つを半分だけ食べた。清正は、黙って空を見ていた。
「……本日は、雲が」
三成が、言いかけた。
「二割か」
清正が言った。
「……三割にございます」
「増えたな」
「増えました」
それだけだった。正則が、四つ目の握り飯に手を伸ばしながら、「何の話じゃ」と言った。誰も答えなかった。
【人物評価・補足:石田三成】
好感度 15 → 17
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.5% → 97.2%
その夕方、玄以が、青い顔で一通の書状の写しを持ってきた。
伏見の家康が、会津の上杉景勝に宛てた書状だった。国元に戻ったまま大坂に上らない上杉に、上洛を促す、丁寧な書状。
丁寧すぎた。
【人物評価:徳川家康】
表示可能な項目:健康管理 99/待機能力 100/危機管理 100/贈答精度 100
新規表示:口実作成 計測中
関ヶ原の戦いは、会津から始まる。上杉に上洛を求め、上杉が拒み、家康が会津征伐の兵を起こす。その留守に、三成が挙兵する。
その最初の一枚が、今、俺の手の中にあった。
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.2% → 97.5%
縁側の三人は、もう、それぞれの屋敷に帰っていた。握り飯の皿だけが、夕日の中に残っていた。




