第57話 十二通
【豊臣家滅亡まで 残り5,700日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り361日】
十二通の書状は、佐和山に着いた日のうちに、三成の手で全部読まれたらしい。
それから七日、三成からの書状が止まった。
五日ごとに、欠かさず四行ずつ届いていた書状が、止まった。関ヶ原まで、一年を切ろうという頃だった。佐和山で三成に何かあったのか。家康が動いたのか。病か。俺は、毎朝、使いの者が来るたびに廊下まで出た。
八日目の朝、ようやく届いた。
四行ではなかった。一枚の書状と、下書きの束が、一緒に包まれていた。
使いの者が、困った顔をしていた。
「治部様が、下書きは捨てよと仰せでしたが、御家老の島左近様が、これも拾様にお見せせよと。……治部様には、内密に」
島左近。三成が、自分の禄の半分を割いて召し抱えたという男。主人の下書きを、主人に内緒で送ってくる家老がいる。三成の周りにも、そういう人間がいるのだ。
俺は、下書きの束をほどいた。
一枚目。
《加藤主計頭殿。先般の傷兵名簿、確かに受領いたし候。ついては、記載の誤り三箇所を下記に》
朱で、大きく線が引いてあった。三成自身の朱だった。
二枚目。
《加藤主計頭殿。拙者、これまでの儀について、謝罪いたしたく候。ただし拙者は、帳面の上では間違っておりませぬが》
また朱線。「間違っておりませぬが」の横に、小さく《不要》と書いてあった。
三枚目。
《加藤主計頭殿。謝罪いたし候。理由は三つ。一つ》
朱線。《理由を述べるは謝罪にあらず》
四枚目。五枚目。六枚目。一枚ごとに、少しずつ短くなっていた。
十一枚目。
《加藤主計頭殿。申し訳なく候》
朱線。《短すぎ。何に対してか不明》
俺は、下書きの束を膝に置いて、天井を見た。
七日。三成は、七日かけて、謝罪の書状を十一回書き直していたのだ。書状が止まったのは、病でも家康でもなかった。謝り方が分からなかったのだ。
「……みつなり」
笑っていいのか、泣いていいのか、分からなかった。両方だった。
最後に、清書が一枚あった。
《加藤主計頭殿
十二通の書状、すべて拝読いたし候。
名を、読み候。
拙者、これまで、兵の名を聞くことを避けて参り候。名を聞けば、数が数でなくなり、仕事が手につかなくなることを、恐れていたのでござる。
それゆえ、数のみを見て、名を見ず、清正殿の御家中の方々に、多くの無礼をいたし候。
申し訳なく候。
名は、覚え申した。
石田治部少輔》
俺は、その書状を、三度読んだ。
名を聞けば、仕事ができなくなることを、恐れていた。
三成は、冷たいのではなかった。怖かったのだ。数字の向こうにいる人の顔を見たら、自分が崩れる。崩れたら、米が遅れる。米が遅れたら、もっと人が死ぬ。だから見なかった。見ないことで、自分を守っていた。そして、見ないことで、清正を傷つけていた。
「……これ、きよまさに、おくったの?」
「は。同じものを、同じ日に、肥後の御屋敷へ」
三日後、清正の返事の写しが、今度は清正本人から届いた。清正は、三成宛ての返事を、わざわざ俺にも見せてきたのだ。
一行だけだった。
《聞け》
「……きけ?」
清正の書状の方は、いつもの四行だった。
《治部より書状来たる》
《名を聞くのが怖いと申す》
《ならば、聞かせる。当家へ来させよ》
《鮎はもうない》
十日後、三成は、清正の大坂屋敷に行った。
俺もついていった。行きたいと言ったら、淀殿が珍しく反対しなかった。「見物は、よいことです」と言った。見物という言葉を、淀殿は最近よく使う。
清正の屋敷の一室に、十二人の男と女が集まっていた。朝鮮で死んだ兵の、父や母や妻や兄だった。清正が、国元から呼んでいたのだ。
三成は、部屋の入口で、足を止めた。
一瞬、帰るかと思った。三成の顔から、血の気が引いていた。十二通の書状を読んで、七日間書き直した謝罪文の、その向こう側にいた人たちが、目の前に座っていた。
清正が、三成の背中を、軽く押した。
「座れ。……聞け」
三成は、座った。
最初に口を開いたのは、白髪の老女だった。
「うちの倅は、弥助と申します」
三成は、筆を取った。紙に、仮名で書いた。やすけ。
「泳ぎが、下手でございました。船が沈んだと聞いて、ああ、あの子は泳げなんだと」
三成の筆が、止まった。止まって、また動いた。《およぎ へた》
隣の若い女が、言った。
「夫は、源太です。字が読めませなんだ。朝鮮から、一度だけ、絵の手紙を寄越しました。山と、船と、猫の絵でした」
《げんた ねこの え》
三成は、一人ずつ、名を仮名で書き取っていった。漢字は使わなかった。当て字を間違えないように、聞いた音のまま書いた。好きだった食べ物。癖。最後に家を出たときの顔。三成は、全部、書いた。
途中で、三成の手が震えだした。紙に、墨の滴が落ちた。三成は、それを袖で拭って、また書いた。
十二人目は、九つくらいの男の子だった。母親の袖を握って、三成をじっと見ていた。
「父ちゃんは、佐吉です」
三成の筆が、完全に止まった。
佐吉。三成の、幼い頃の名だった。
「……佐吉殿で、ございますか」
「うん。父ちゃんは、魚を、頭から食べた」
三成は、しばらく、何も言えなかった。
「……拙者も、先日、頭から食べました」
「骨、刺さった?」
「刺さりました」
男の子が、少し笑った。
「父ちゃんも、よう刺さっとった」
「……個人差が、あるそうでございます」
三成は、そう言って、紙に書いた。《さきち あたまから たべた ほね ささる》
その字が、滲んでいた。
最初に話した白髪の老女が、帰り際、三成の前で膝をついた。
「治部様」
三成の背が、びくりと伸びた。
「倅の名を、書いてくださって、ありがとうございます」
三成は、何か言おうとした。規則にございますゆえ。喉まで出かかっているのが、見ていて分かった。
三成は、それを飲み込んだ。
「……弥助殿の、泳ぎのことも、書きました」
老女は、少し驚いた顔をして、それから、笑った。泣きながら笑った。
「あの子の、下手な泳ぎまで。……それなら、あの子も、ちゃんと、おったことになりますな」
老女が去ったあと、三成は、自分の手を見ていた。礼を受け取った手だった。足軽の母の話を読んだ夜、三成は、礼を受け取らなかったことに気づいた。今日は、受け取った。
聞き取りが終わったのは、日が傾いてからだった。家族たちが帰ったあと、三成は、十二枚の紙を膝の上に揃えたまま、長いこと動かなかった。
清正が、三成の前に、湯呑みを置いた。
「……仕事は、できそうか」
三成は、顔を上げなかった。
「……分かりませぬ」
「分からぬか」
「名を聞けば、仕事ができなくなると思うておりました。……聞いてみたら、やはり、今日は、できませぬ」
清正は、黙っていた。
「されど」
三成は、紙の束を、懐の奥にしまった。干し飯の袋と、足軽の母の紙と、同じ場所に。
「明日は、できまする。この十二人の家の扶持は、拙者が、一日も遅らせませぬ」
清正は、長いこと三成を見ていた。
「……それでよい」
【人物評価・補足:石田三成】
謝罪経験 2 → 3
好感度 13 → 15
【人物評価・補足:加藤清正】
石田三成への警戒 68 → 61
帰りの駕籠の中で、三成は、一言も話さなかった。俺も、話しかけなかった。
城に着く直前、三成が、ぽつりと言った。
「拾様。……懐が、重うございます」
「うん」
「重いのは、よいことでございましょうか」
俺は、少し考えた。
「……わからない。でも、かるいより、いい」
三成は、懐に手を当てたまま、頷いた。
【本日の豊臣家滅亡確率】
98.1% → 97.8%




