↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第二部「関ヶ原を起こすな」                                    第一章 佐和山の三成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/125

第56話 鮎の頭


【豊臣家滅亡まで 残り5,704日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り365日】


 落ち鮎は、十二尾あった。


 清正の家来が、桶に入れて担いできた。朝のうちに川で獲ったのだという。まだ、桶の中で一尾が跳ねていた。


「肥後の鮎ではございませぬが。淀川のも、悪うはござらぬ」


 清正は、そう言って、台所の者に焼き方を細かく指図した。塩は振りすぎるな。串は背からではなく口から。焦がすのは尾だけ。朝鮮の城で、兵に食わせる飯の段取りまで自分で見ていた男だ。魚一尾にも手を抜かない。


 昼の膳は、俺の居間に用意させた。広間ではない。評議の席でもない。畳六枚の、狭い部屋。


 三成は、約束の刻限ちょうどに来た。一瞬の遅れもなかった。


 清正は、先に座っていた。三成が入ってきても、立たなかった。三成も、頭を下げただけだった。


「……本日は」


 三成が、何か言いかけた。窓の外を見た。雑談の試行が、始まろうとしていた。


「湿気の話なら、要らぬ」


 清正が言った。


 三成が、固まった。


「片桐が、わしのところにも来た。湿気七分と、鞍の話をしておった」


「……さようでございましたか」


「あれは、雑談ではない」


「では、何でございましょう」


「知らぬ。されど、鞍の話は、役に立ったそうじゃ」


 三成は、少しだけ、ほっとした顔をした。


 鮎が運ばれてきた。こんがりと焼けて、腹の塩が白く光っていた。


 清正は、串を持つと、ためらいなく頭からかぶりついた。骨ごと、ばりばりと噛んだ。


 三成は、串を持ったまま、じっと鮎を見ていた。箸で、身を骨から外そうとしていた。背の皮を剥がし、中骨をそっと持ち上げ、腹の小骨を一本ずつ抜いていく。算用のような手つきだった。


「治部」


「は」


「頭から食え」


 三成は、手を止めた。


「頭から、でございますか」


「鮎は頭から食うものじゃ」


「骨が、刺さりませぬか」


「刺さらぬ。頭から食えば、骨は刺さらぬ。骨を抜こうとするから、刺さるのじゃ」


 三成は、しばらく鮎と清正を見比べていた。やがて、覚悟を決めたように、頭からかじった。


 噛んだ。


 止まった。


「……刺さりました」


「刺さったか」


「刺さりました。上顎に」


「……個人差があるな」


 清正が、真面目な顔で言った。俺は、茶碗で顔を隠した。肩が揺れるのを止められなかった。


 三成は、指で上顎の骨を取りながら、恨めしそうに清正を見た。清正は、知らぬ顔で二尾目に取りかかっていた。その口元が、わずかに緩んでいた。


「きよまさ。こじんさ、って、いうんだ」


「わしが言うたのではござらぬ。昔、殿下が申された。殿下は、頭から食うて、よう骨を刺しておられた」


 清正は、串を置いた。


「刺さるたびに、個人差じゃ、と仰せになった。……それで、皆、笑った」


 部屋が、少し静かになった。


 二尾目を食べ終えたところで、清正が、懐から紙を出した。


「治部。これを見よ」


 肥後の治水の見積もりだった。白川と緑川の堤。朝鮮から戻った兵を、そのまま普請に回す。扶持の代わりに、仕事を出す。清正らしい案だった。


 三成は、紙を受け取ると、鮎の串を置き、目を細めた。空気が、変わった。


「……人足の数が、多うございます」


「帰った兵を、遊ばせておけぬ」


「普請の費用が、肥後の年貢の三割に当たりまする。この三割で、城の蔵が」


 三成は、そこで口を閉じた。


 札のことを、思い出したのだ。一、相手が守るもの。


「……清正殿は、帰った兵を、食わせようとしておられまする」


 清正の眉が動いた。


「そうじゃ」


「拙者が守りたいのは、来年、洪水が来たときの、肥後の蔵にございます。結論。普請は、二年に分けていただきとうございます。理由は」


 三成は、指を三本立てた。


「一つ。一度に三割は、蔵が持ちませぬ。二つ。兵の中には、傷を負うて普請に耐えぬ者がおりまする。その者の損耗を――」


「損耗と書くな」


 清正の声が、低くなった。


 三成が、止まった。


「兵は、損耗ではない。怪我をした者じゃ。足をなくした者じゃ。目が見えなくなった者じゃ。……帳面に、損耗と書くな」


 部屋の空気が、張り詰めた。鮎の串が、皿の上でかたりと鳴った。


 三成は、紙を見下ろしていた。長いこと、そうしていた。


 俺は、口を挟まなかった。挟めば、それで終わる。六つの子供が「なかよく」と言えば、二人は黙る。黙って、それぞれの屋敷に帰って、腹の中にしまう。しまったものは、四百日後に、関ヶ原で出てくる。


「……では、何と書けば、ようございますか」


 三成が、言った。


 清正が、顔を上げた。


「損耗と書かぬなら、何と書くか。拙者には、分かりませぬ。帳面には、一言で書かねばなりませぬ。一人ずつの事情を書けば、紙が千枚要りまする」


 責めている声ではなかった。本当に、分からないのだ。


 清正は、しばらく黙っていた。


「……傷兵、でよい」


「傷兵」


「損耗は、物に使う言葉じゃ。刀が欠けた。船が沈んだ。兵は、物ではない。傷兵と書け。それなら、読んだ者が、人の顔を思い出す」


 三成は、筆を取った。紙の端に、小さく書いた。《損耗→傷兵》


「……承知いたしました。以後、傷兵と」


「うむ」


 清正は、それだけ言って、三尾目の鮎に手を伸ばした。


 三成は、その手元を見ていた。それから、自分の皿の二尾目の鮎を見た。


 頭から、かじった。


 噛んだ。今度は、止まらなかった。


「……刺さりませなんだ」


「そうか」


 清正は、鮎を見たまま言った。


「治部。普請は、二年でよい。ただし、傷兵の扶持は、一年目に全部出せ」


「それでは、一年目の蔵が」


 三成は言いかけて、止まった。指を折って、何か数えた。


「……一年目に、全部。承知いたしました。蔵の不足分は、拙者が大坂の蔵から回しまする」


「できるのか」


「できるところから、申しております」


 清正が、初めて、まともに三成の顔を見た。


【人物評価・補足:石田三成】

言い換え能力 新規 8


【人物評価・補足:加藤清正】

石田三成への警戒 71 → 68


 三。小さい。だが、損耗という一語が、傷兵という一語に変わった。それだけで、清正の数字が動いた。


 食べ終えた串を、清正は、きちんと皿の端に揃えて並べた。六本。三成の皿には、二本。俺の皿には、一本と、半分残った鮎。


「拾様。残されますか」


「……ほね、こわい」


 清正は、少し考えてから、俺の鮎を取り上げた。頭と骨をきれいに外して、身だけを皿に戻した。太い指が、驚くほど器用に動いた。


「殿下にも、こうしてお出ししておりました。殿下は、頭から食えと仰せになるくせに、ご自分の鮎は、拙者に骨を取らせておられました」


「……ずるい」


「ずるいお方でございました」


 清正は、笑った。三成も、下を向いたまま、小さく笑った。


 同じ人の、同じずるさを、二人とも知っている。膳を挟んで、二人は、初めて同じものを思い出していた。


 帰り際、清正は、桶に残った鮎を、三成の家来に持たせた。


「干して食え。佐和山は、魚が少なかろう」


「琵琶湖がございます」


 三成が言った。


「……湖の魚と、川の鮎は、違う」


「さようでございますか」


「違う。食えば分かる」


 三成は、少し考えてから、頭を下げた。


「……いただきまする」


 数日後、佐和山から書状が届いた。いつもの四行。最後の一行だけ、字が少し小さかった。


 《鮎、干して食し候。頭より食えば骨刺さらず。個人差あり》


 俺は、その書状を、清正の次の書状と一緒に、文箱にしまった。清正の書状の最後の一行は、こうだった。


 《治部に、傷兵の名を送る。十二通》


 十二通。俺は、その数字を、しばらく見ていた。


【本日の豊臣家滅亡確率】

97.9% → 98.1%


 少し上がった。十二通という数字が、何を意味するか。三成が、名を読むということだ。名を読めば、三成は、たぶん、もう「損耗」とは書けなくなる。その代わり、何かを抱えることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。