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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第二部「関ヶ原を起こすな」                                    第一章 佐和山の三成

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第54話 話し方の稽古


【豊臣家滅亡まで 残り5,708日】

【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り369日】


 研修、という言葉は、この時代にない。


「けいこ」


 と呼ぶことにした。最初は「政務説明稽古」と名づけた。長い。正則が「話し方の稽古でよい」と言った。採用した。


 場所は大坂城の小広間。集まったのは、石田三成、増田長盛、長束正家、前田玄以、黒田長政、加藤清正、福島正則、宇喜多秀家。そして俺。淀殿は、見物だった。本人がそう言った。


「なぜ、武断の方々まで、話し方を学ぶのでございますか」


 三成が言った。


「治部の話を、聞く稽古じゃ」


 正則が答えた。


「聞く側に稽古が要るとは、申しておりませぬ」


「もう始まっておるではないか」


 始まっていた。悪い見本が、目の前で。


 机の前に、木の札を五枚並べた。


 一、相手が守るもの。二、こちらが守るもの。三、結論。四、理由は三つまで。五、頼みは一つ。


「これは、何でございます」


 長盛が聞いた。


「じゅんばん。このじゅんで、はなす」


 三成が、手を挙げた。六つの子供の稽古で、四十近い男が手を挙げている。妙な景色だった。


「結論は、最初ではないのでございますか」


「みつなりは、さいしょに、けつろんでも、いい」


「では、この札の順は」


「ひとによる」


 三成の眉間に、皺が寄った。曖昧指示耐性、一。


「基準を、定めてくださいませ」


「あいてが、おこってるときは、まもるものが、さき。おこってないときは、けつろんが、さき」


「怒っておるか否かは、いかにして」


「かお。こえ。つくえを、たたく」


 全員が、正則を見た。


「わしを見るな」


 皆、少し笑った。正則本人も、つられて笑っていた。三成は笑わずに、札の裏に細かく書き足していた。《怒りの判定 声の大きさ/話す速さ/打つ所作》。そこまで書かなくていい。


「さいしょの、おだい。こめぐら」


 城下の米の値が上がった。蔵の米を出したい。だが、全部出せば後がない。相手役は正則。説明する役は三成。


 正則が、三成の前にどかりと座った。もう楽しそうだった。


「治部。わしは、城の米を全部出せと申す」


「不可能です」


 三成が答えた。一呼吸で、失敗した。


「ふだ」


 俺が言った。三成が、札を見た。


「……福島殿が、守ろうとしておられるもの」


「いって」


「城下の者の、食にございます」


 三成は、正則を見た。


「福島殿は、城下の者を飢えさせぬため、蔵米を出すよう、求めておられまする」


 正則が、少し胸を張った。認められるのは、嬉しいらしい。


「拙者が守りたいのは、来月の城下の者の食にございます。結論。三日分ずつ、分けて出しまする。理由は三つ」


 三成は、指を三本立てた。そして、四本目を立てかけて、俺の顔を見て、下ろした。


「……一つ。全部出せば、来月、城の蔵が空になりまする。二つ。商人が、次の値をさらに上げまする。三つ。三日ごとに値を見れば、足りぬときにすぐ足せまする」


 正則が、黙って聞いていた。


「頼みは一つ。福島殿の御家中から、町の米屋を見て回る者を、一人出していただきとうございます」


 正則は、しばらく三成を見ていた。


「……それなら、よい」


 広間が静かになった。昨日までなら、同じ中身で、机が壊れていた。


「本当に、よいのか」


 清正が言った。


「中身は同じだ。されど、今のは、腹が立たなんだ」


 正則は、自分でも不思議そうな顔をしていた。


 三成は、札を見下ろしていた。


「……中身は、何も変えておりませぬ」


「うん。じゅんばんを、かえただけ」


 三成の顔に、何かがゆっくりと広がっていった。怒りでも、喜びでもなかった。長いあいだ解けなかった算用の答えが、一つ出たときの顔だった。


 次の稽古は、黒田長政が相手役を買って出た。


「わしが、内府殿をやりましょう」


 長政は、背を丸め、腹の前で手を組み、ゆっくりと目を細めた。


「……治部殿。その件、しばし、待ちましょう」


 広間が、どっと沸いた。似すぎていた。正則が腹を抱えて笑い、秀家が膝を叩いた。淀殿まで、扇で顔を隠していた。


 三成だけが、真剣な顔で札を見て、答えた。


「内府殿は、待つことで、何を守っておられるのでございますか」


 長政の笑みが、すっと消えた。


「……それは、本物の内府殿に、聞いていただきたい」


 長政は、背筋を伸ばして、元の座に戻った。


 次は、本物の案件だった。朝鮮から戻った加藤家の兵、二十二名の不明の件。相手は、本物の清正。


 三成は、札を見ずに話し始めた。


「清正殿は、船で亡くなった兵の家が、扶持を待たずに済むよう、急いでおられまする」


 清正が、腕を組んだまま聞いていた。


「拙者が守りたいのは、名が確かめられぬために、別の家が受け取れなくなることを、防ぐことにございます。結論。二十二名の名を、十日のうちに、改めて出していただきとうございます。理由は三つ」


 一つ。死んだ者と、傷を負った者を、一緒にしないため。二つ。役を変えれば働ける者を、捨てないため。三つ。誤った家に出して、別の家を待たせないため。


「頼みは一つ。加藤家から、戦場を知る者を一人、名簿改めに出していただきたい」


 三成は、そこで口を閉じた。付け足さなかった。待った。三成にとって、一番難しい仕事だった。


「……一人では足りぬ。二人出す」


 清正が言った。


「不要に」


 三成は言いかけて、止まった。


「……では、二人を。ただし、一人は算用のできる方を」


 清正が頷いた。まとまった。


 横から、正則が言った。


「わしも、二人出す」


「福島殿には、まだ、お願いしておりませぬ」


「今、したことにせよ」


 三成は、少し考えた。


「……では、二人を」


 簡単だった。昨日まで、同じ話で机が壊れそうになっていたのに。


【人物評価・補足:石田三成】

説明理解率 41 → 54

相談容易性 9 → 11

好感度 12 → 13


「……いち」


「何が、でございましょう」


「すこし、あがった」


「何が」


「なんでも、ない」


 一。誤差かもしれない。だが、零ではない。十三という数字が、これほど嬉しく見えたのは初めてだった。


【関ヶ原級全国内戦阻止 成功率】

9% → 10%


【本日の豊臣家滅亡確率】

98.2% → 98.0%


 淀殿が、見物の席で、そっと扇を閉じた。


「治部。今のは、ようございました」


 三成は、固まった。淀殿に褒められたのは、たぶん初めてだった。どう返せばいいのか分からない顔をしていた。


 俺は、三成に、口の形だけで伝えた。


――どう、いたしまして。


「……どう、いたしまして」


 三成は言った。完璧な発音だった。淀殿が、扇の陰で吹き出した。


 稽古が終わって皆が立ち上がる中、三成は、帰り支度をする清正の前に、ぎこちなく立った。


 何か話さなければ、と思っているのが、横から見ていても分かった。


「……清正殿」


「何だ」


「本日は」


 三成は、窓の外を見た。


「昨日より、雲の量が、二割ほど少のうございますな」


 清正は、長いこと三成の顔を見ていた。


「……そうだな」


 それだけ言って、清正は出ていった。


 三成は、その背中を見送ってから、俺の方を振り返った。


「今のは、雑談にございましたか」


「……ちょっとだけ」


 雲の量を二割で言う雑談は、たぶん、この国で三成にしかできない。


 稽古が終わると、正則が酒を出そうとした。


「稽古のあとは、酒じゃ」


「まだ。つぎが、ある」


 三成が、嫌な予感の顔をした。


「次は、何でございましょう」


「ざつだん」


 三成が、止まった。清正と正則が、同時に顔を見合わせた。二人とも、あの日の魚の話を思い出したのだ。


「雑談とは、何の目的で行うのでございますか」


 全員が、笑った。俺は、頭を抱えた。


 その夜、三成の書状には、四行目が足されていた。《雑談の目的、ご教示願いたし》


 目的を聞いてくるあたりが、実に三成だった。


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