第52話 いなくなったら困るか
【豊臣家滅亡まで 残り5,717日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り378日】
「必要ございませぬ」
問いの下書きを佐和山に送ると、三成から、たった一行の返事が来た。
《拙者の評判は、政務に関わりなし》
即答だった。約束したはずなのに、書状になると、また元に戻っている。
俺は、返事を書かせた。
《関わる。正しい案は、正しければ、通ると いったが、通っていない》
五日後、返事が来た。
《承知》
二文字だった。悔しさが、墨の濃さに出ていた。
問いは、九つにした。玄以と一緒に考えた。「治部少輔をどう思うか」とだけ聞けば、悪口の言い合いになる。だから分けた。
一、仕事は正確か。二、約束を守るか。三、説明は分かりやすいか。四、相談しやすいか。五、一緒に働きたいか。六、困ったときに助けを求められるか。七、良いところ。八、直してほしいところ。九、治部少輔がいなくなったら、困るか。
名は書かせない。字の読めない者には、別の部屋で口で聞く。聞く役は、三成の部下ではない者にする。
大名、奉行、祐筆、蔵の役人、小姓、台所の者、使いの者、足軽、町の商人。百二十七人に聞いた。
聞き取りの間、俺も何度か、玄以について回った。
台所の年配の女は、しばらく考えてから、こう言った。
「治部様は、怖うございます。目も合わせてくださいませぬ。……されど、台所の薪代だけは、一度も削られませなんだ。寒い朝に火を惜しむと、飯がまずうなる、と申されて」
蔵の役人は、「帳面を一文字でも間違えると、三日は夢に出る」と言った。小姓は、「一度だけ、笑うたのを見ました。算用が合うたときに」と言った。
名は書かせない決まりだったが、書かなくても分かる答えもあった。
《酒を減らせと言うな》
「……これは」
玄以が、紙を持ち上げた。
「まさのり」
「福島殿でございますな」
別の紙には、こうあった。
《石垣の話を、最後まで聞け》
「きよまさ」
「加藤殿でございますな」
名を伏せる仕組みは、正則と清正には、あまり意味がなかった。
十日後、玄以が、結果をまとめた紙を持ってきた。
一、仕事は正確か。正確、百二十一。
二、約束を守るか。守る、百十八。
三、説明は分かりやすいか。分かりやすい、三十一。
四、相談しやすいか。しやすい、九。
五、一緒に働きたいか。働きたい、十四。
六、困ったときに助けを求められるか。求められる、六。
「……ろく」
数字を見て、声が出た。百二十七人のうち、困ったときに三成を頼れると答えたのは、六人だけだった。
七、良いところ。
《米が遅れたことが一度もない》《不正を見逃さない》《賄賂が通じない》《字がきれい》《朝が早い》
八、直してほしいところ。
《皆の前で誤りを言う》《目を見ない》《礼を言わない》《笑わない》《話が長い》《もっと短く》《もっと短く》《短く》
同じ注文が、何度も並んでいた。
そして、九。治部少輔がいなくなったら、困るか。
困る、百十九。
俺は、紙を持ったまま、しばらく動けなかった。玄以も、何も言わなかった。百十九という数字の横で、九と六という数字が、ひどく小さく見えた。
嫌われている。頼りにもされていない。それなのに、いなくなると困る。三成という男の形が、この一枚の紙の上に、そのまま出ていた。
七の欄の最後に、一つだけ、たどたどしい字の答えがあった。口で聞いた答えを、聞き役が書き取ったものだった。
《足軽の給金を、一度も間違えなかった。母が病のとき、前借りを許してくださった。礼を言いに行ったら、規則にあるゆえ、と言われた。規則にあっても、許さぬ奉行は多い》
同じ時に、三成の自己評価も届いていた。三成自身が、同じ九つの問いに答えたものだった。
三、説明は分かりやすいか。《分かりやすい》
四、相談しやすいか。《しやすい》
六、困ったときに助けを求められるか。《求められる。拙者は、いつでも詰所におる》
玄以が、紙を並べて、長いため息をついた。
「……ここまで違いますと、いっそ清々しゅうございますな」
長盛が、横を向いて肩を震わせていた。笑いをこらえているのか、泣きそうなのか、分からなかった。
「いつでも、つめしょに、いる。だから、そうだんできる」
三成の理屈は、分かる。いつでもいるのだから、いつでも来ればいい。だが、いつでもいる相手に、誰も行かなかった。行けば、皆の前で誤りを言われるからだ。
【人物評価・補足:石田三成】
好感度 12
相談容易性 9
いなくなると困る度 94
数字は、残酷なほど正直だった。そして、残酷なほど正直な数字を、残酷なほど正直に集めたのは、ほかならぬ三成自身の作った問いの形だった。玄以が下書きを見せたとき、三成は九つの問いのうち八つに朱を入れて、もっと細かく分けるよう直してきたのだ。
三成が大坂に来たのは、それから三日後の夜だった。結果を見せると、三成は、一枚ずつ、長い時間をかけて読んだ。
途中で、手が止まった。足軽の母の話のところだった。
「……覚えておりませぬ」
三成は、小さく言った。
「給金の前借りは、規則にございます。規則に沿って許した者の名は、いちいち覚えておりませぬ」
「でも、そのひとは、おぼえてた」
三成は、紙をじっと見ていた。
「礼を言いに来た者に、拙者は、規則にあるゆえと申したのでございますな」
「うん」
「……それは、礼を受け取らなかった、ということでございましょうか」
三成が、自分で気づいた。俺は、何も言わなかった。
三成は、九つ目の答えのところで、また手を止めた。困る、百十九。
「嫌われておるのに、困ると申すのですか」
「そう」
「……分かりませぬ」
「みつなり。すかれろとは、いわない。うそを、いえとも、いわない」
三成が、顔を上げた。
「あいてが、みつなりのはなしを、きけるかたちに、する。いうまえに、あいてが、なにをまもりたいか、きく。できないというまえに、できるところを、いう。まちがいを、なおすとき、みんなのまえで、いわない。ことわるとき、りゆうを、いちぎょう、たす。しんだひとの、いえには、かずのまえに、なまえを、かく。……おれいを、いわれたら、うけとる」
三成は、一つずつ、紙に書き留めていった。気持ちを、手順に変える。それなら、受け入れられるのだ。
「されど。相手の面目を守るために、誤りを直さぬことは、できませぬ」
「なおす。でも、どこで、なおすかを、えらぶ」
三成の目が、少し遠くなった。
「……前田殿も、同じことを申されました」
「うん」
「拙者は、守れませなんだ」
初めてだった。三成が、過ぎたことを、自分の失敗として口にしたのは。
「いまから、まもる」
「間に合いまするか」
答えられなかった。関ヶ原まで、四百日を切っている。気持ちは、掟より変わるのが遅い。憎しみは、記録より長く残る。
「……まにあわせる」
言い切るしかなかった。
【本日の豊臣家滅亡確率】
98.3% → 98.4%
少しだけ、上がった。この紙が回れば、三成がどう見られているか、皆に知られてしまう。それも危うさの一つだった。
帰り際、三成は、足軽の母の話が書かれた一枚だけを、懐に入れていいかと聞いた。
「いい」
三成は、その紙を、干し飯の袋と同じ場所にしまった。懐の一番奥。三成が、大事なものをしまう場所は、どうやらそこしかないらしい。
そして、門を出る前に、振り返って言った。
「拾様。……正しい説明で、なぜ、人は腹が立つのでございましょう」
本当に、分からない顔だった。
「……すぐには、わからないと おもう」
俺は、そう答えた。三成は、深く頷いてから、夜の中へ帰っていった。分からないと言える男に、少しずつなってきている。




